下僕と嘘と私
中田カナ
下僕と嘘と私
「君のことが前から気になっていたんだ。もしよければ俺と付き合ってくれないか?」
授業を終えて寮へ帰ろうと歩いていると呼び止められて言われたのがこれ。
同じクラスだけど話したこともない男子学生。
その整った容姿は女子学生に人気があることくらいは知っている。
そんな彼が地味で目立たない私に告白。
思わずため息をつく。
実は罰ゲームによる嘘の告白だと知っているから。
たまたま通りかかって聞こえてきてしまったのだ。
空き教室とはいえ、あんなに大きな声で話していれば誰かに聞かれるとか思わなかったのかな?
今も近くで彼の友人達がこちらの様子をうかがっている気配を感じる。
ここでさっさと終わらせてもいいんだけど、それじゃおもしろくないわけで。
「即答いたしかねますので、お返事は明日でもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ、よい返事を待っている」
「それでは失礼いたします」
内心かなりムカムカしつつ、明日に向けての策を練りつつ帰った。
翌日の放課後。
学院内の噴水のある広場で待ち合わせ。
広くて隠れる場所もないので、彼の友人達は私達の会話を聞き取ることができない。
だからここにした。
「すまない、待たせたかな?」
「いいえ、少し早めに来ただけですから」
噴水前のベンチに並んで腰掛ける。
「それで昨日の返事をもらえないかな?」
さわやかな笑顔と評判の彼だけど、もはや胡散臭いとしか思えないよね。
「その前にお伺いしたいのですが、貴方にはご兄弟はおられますか?」
「?兄と妹がいるが」
それは好都合。
作戦は第2案でいくとしましょうか。
「妹さん、かわいいですか?」
「ああ、年は少し離れているが、素直でとてもかわいらしいんだ」
表情が緩むところを見ると本当にかわいくてしかたないのだろう。
「そんな妹さんがいつか美しく成長して、男にだまされて振られたあげく世間の笑い者にされたらどう思います?」
一瞬の間の後で怒り出す男子学生。
「そんなこと許せるわけがないだろう!うちの家族はそいつをただじゃおかないに決まってる!」
あら、そうですか。
「なら、貴方も私の身内からそういう目に合ってもしかたないですよね?」
「えっ?」
何を驚いているのやら。
「妹にされたら怒るのに、赤の他人なら何をしてもかまわないと?」
「…あ」
表情が抜け落ちた。
ようやく自分がしていることに気がついたようだ。
「実はこれが罰ゲームによる嘘の告白だとたまたま知っていました。ですが、もしも知らなかったらどうなっていたでしょうね?」
「…すまない」
整った顔がなさけない表情に変わる。
「軽い気持ちだったのでしょうが、相手を傷つけるとか考えなかったのですか?」
「…そこまで考えがおよばなかった」
馬鹿じゃないの?
「心の傷は誰にも見えません。された方は男性不信など一生引きずることになるかもしれませんね」
青ざめて声も出なくなったようだ。
「しかも貴方達は何の責任も取らないわけですからひどいものです」
男子学生は立ち上がってすぐに私の前で土下座した。
「すまない!本当に申し訳なかった!」
こちらの声は届かなくても彼の友人達にこの土下座は見えているだろう。
「今回は運良く未遂ですみましたが、二度とこんなことはしないくださいね。それからお友達の皆さんにもよく言い聞かせておいてください」
「わかった、必ず伝えよう」
はい、一件落着と。
「この件はこれでおしまいでよろしいですね?それでは失礼いたします」
ベンチから立ち上がる。
「待ってくれ!貴女にお詫びをさせてほしい」
土下座したまま私を見上げる男子学生。
面倒だなぁ~と思いつつ少し考えてひらめいた。
「では1つだけお願いを聞いていただけますか?」
パッと顔を輝かせる男子学生。
「もちろんだ!」
「貴方もお友達の皆さんも今後一切私に近付いたり話しかけたりしないでください!それではごきげんよう」
呆然とする男子学生を放置してそのまま立ち去った。
静かな生活を邪魔されて怒ってないわけないでしょうが、まったくもう。
いつもの学院生活が戻ってきた…と言いたいところだが、例の嘘告白の男子学生からの視線が時々うっとうしい。
約束があるから向こうから話しかけることは出来ない。
人を介して謝罪の手紙は何度か受け取った。
彼のお友達からの謝罪も同封されていて、一応は目は通したけど返事はしなかった。
だって関わりたくないもの。
王都の学院に入学したら新しい友達がたくさん出来るかと楽しみにしていたけれど、平民の学生はほとんどの貴族から敬遠された。
学院内は誰しも平等というのはやはり建前だったらしい。
ほとんどの貴族学生とは話も合わなそうな感じだったので、今となってはどうでもいいけれど。
一匹狼というのは注目を浴びてしまうらしく、不本意だがよく絡まれたりもした。
やられたらきっちりやり返すのが信条なので、物理で絡まれる方は収まったけどね。
廊下ですれ違ったりすると、やたらと怯えた目で見られるけど気にしない。
言葉で絡まれる方は面倒なので放置。
言いたい奴には言わせておけばいい。
弱い犬ほどよく吠えるっていうしね。
終業式を兼ねた本年度最後の全校集会が終わった。
この学院では1年生は全員共通のカリキュラムだけど、2年からは専門科に分かれる。
私は第一志望の科に無事入れることになった。
成績によっては希望が通らないこともあるんだとか。
明日から学院はしばらく休みに入る。
在校生は休めるけれど、学院は新入生受け入れの準備であわただしくなるのだろう。
私は実家が北の辺境で、かなりの遠方とあって一番休みが長い夏期休暇以外は帰らないことにしている。
いつものように寮に帰ろうと歩いていると、前方に例の嘘告白の男子学生が立っていた。
まだだいぶ距離があるから接近しているとはいえないか。
男子学生は手に持っていたスケッチブックをめくってこちらに見せる。
『すまないが少し時間をもらえないか?』
思わず首をかしげると彼が次々とページをめくる。
『君と話がしたい』
『改めて君に詫びたい』
『噴水広場に来て欲しい』
近付かない話しかけないという約束を守るため、こんなものを用意していたのかと思うとちょっとおかしくなる。
「いいわ、噴水広場へ行きましょう」
少し大きな声で話しかける。
行き先は同じなのに、かなりの距離をとって移動する私達。
広場に到着して私がベンチに腰掛けるけれど、彼は距離をとって立っている。
スケッチブックになにやら書き込んでから私に向ける。
『来てくれてありがとう』
「あはははは!」
ダメだ、おかしすぎる。
急に笑い出した私に不思議そうな顔をする彼。
「いいですよ、今だけ話しても。筆談じゃ時間がかかってしかたないですしね。あと、声を張り上げるのは面倒なので、もう少し近くに来てくださいますか?」
何歩か前に出て近くはなったけれど手が届く距離ではない。
「来てくれてありがとう」
頭を下げる。
「君に改めて詫びたかったんだ」
「私の中ではもう終わったことですから、もう謝罪は不要ですよ?」
ホント、いまさらなんだけど。
「あの後しばらく落ち込んでいて、家族に白状させられてものすごく怒られた」
あら、いいご家族みたいね。
「そして謝罪を言葉だけでなく何らかの形にしたいとずっと考えていた」
「そんなの別にいいわよ?」
未遂で終わったし、金品を受け取るようなものでもないし。
「考えた末に思いついたのは、君の下僕になることだった」
「え、下僕?」
何だそれ。
この人、被虐癖でもあるのかな?
「君は平民だろう?学院は平等といいつつも身分差による問題がないわけじゃない。俺は三男とはいえ一応は貴族だから君の力になれると思ったんだ」
ああ、そういうこと。
「だから君が困った時はいつでも俺を呼んでほしい」
その心遣いはありがたいんけど。
「でも、なんで今になって…?」
「新学期からは専門科に分かれるわけだが、俺は騎士科に入ることになっている。君とは同じクラスになることはないだろうから今日が最後の機会だと思ったんだ」
なるほど、そういうことか。
学院の女子学生は貴族であれば多くが淑女科で一部が領地経営科に進む。
この国では女性の爵位継承も認められているのだ。
平民の場合はほとんどが普通科の文系コース。
卒業後の進路は主に文官だったり商会勤務だったりする。
技術者や研究者を目指す普通科の理系コースや騎士科に入る女子学生は極めてまれなのだ。
「本当は友達になりたいと思っていたのだが、あんなことをしでかしていたら無理だろうと考えて下僕にしてもらおうと思いついた」
なんかおもしろいな、この人。
でもまずは言っておかないと。
「誤解があるようなので言っておきますけど、私も騎士科に入りますよ?」
「えっ?!」
すごく驚かれた。
「騎士科に女子学生が3人入るって話、聞いてません?」
「いや、確かに聞いてはいるが、でも君は平民の出だろう?」
武門の家柄の令嬢が入ることはたまにあるけれど、平民女性が入ることはほとんどないらしい。
実際、私の他は南の辺境伯令嬢と王宮騎士団長の令嬢だ。
「確かに私は平民ですけど母は北の辺境伯の末娘、父は北の辺境兵団の団長を務めてます」
「北の辺境?…ち、ちょっと待ってくれ、北の辺境兵団長といえば『鬼神』と呼ばれている方か?!」
「…外ではそう言われてるらしいですね」
いかつい顔だけど母を溺愛していて家族には甘々な父だ。
「ああっ、もう1つ思い出した!北の辺境伯の末娘といえば『氷の剣姫』じゃないか?!」
「…母にはそんな二つ名もあるみたいですね」
家族に鍛えられた剣技からそう呼ばれるようになったのだとか。
父のことが大好きすぎて平民になることも厭わなかった人だ。
「一緒に騎士科に入る女子学生のお2人は入学時から私の出自に気づいていて、声をかけてくださいましたよ」
クラスは違うけど親しくさせてもらっている。
そもそも平民がこの学院に入るためには貴族の後ろ盾が必要。
私の場合は祖父である北の辺境伯。
幼い頃からひたすら剣を握ってきたので、ちょっとは世間の常識を学んでこいと送り出されてしまったのだ。
平民のくせに生意気だなんてちょっかいを出してくる人達は、そのあたりまで考えが及ばないのだろう。
「ちなみに私もそうですけど南の辺境伯令嬢と王宮騎士団長の令嬢も実戦経験がありますよ」
私は現在も北の辺境兵団の所属。
うちは山岳地帯が多くて山賊や密輸などの対応にあたっていた。
南の辺境伯令嬢は主に海賊を相手にしていたので接近戦が得意。
王宮騎士団長の令嬢は遊び相手を兼ねて王女殿下の護衛を務めていて実績も上げている。
なぜそこまで知っているかというと、休みの日はよくみんなで一緒に鍛錬していたから。
私と南の辺境伯令嬢は寮生活だけど、王宮騎士団長の令嬢は王都のお屋敷から通っている。
よくそのお屋敷にお邪魔して手合わせさせてもらっているのだ。
「マジか…」
呆然としている男子学生。
「だから下僕は別に必要ないので、なんならお友達でもいいですよ?貴方、なんだかおもしろいですし」
「おもしろ…いや、まずは下僕から始めさせてほしい。いつか君の役に立てた時、友達に昇格させてもらえればと思う」
「わかりました、それでいきましょう」
互いに右手を差し出して握手を交わし、私は下僕を手に入れた。
無事進級した騎士科の男子学生達が3人も女子学生がいることに浮かれていたのは最初のうちだけだった。
私達3人とも実技が桁違いだったから。
それでも果敢に言い寄る男子学生もいたようだが、
「やはり私よりも強い方でないと、ねぇ?」
と黙って立っていれば可憐な王宮騎士団長の令嬢が言えば、見た目はかわいらしい南の辺境伯令嬢が
「そうですわよねぇ」
で撃沈した。
なお、これに関しては私もお2人と同意見である。
私はというと、下僕となった男子学生があまりに弱いので鍛えることにした。
「踏み込みが甘い!動きも遅い!」
「は、はいっ!」
仮にも私の下僕を名乗るのならば、それなりの強さでいてもらわないと。
だから北の辺境兵団流でビシバシ鍛える。
日々成長が見えるので、これはこれで実は結構楽しかったりする。
1年生の時はまわりの様子を見るためおとなしくしていたけれど、2年になってからはわりと素のままの自分でいる。
私の後ろ盾が北の辺境伯で、さらに孫娘であることもいつのまにか学院内で知られるようになり、平民だからとちょっかいを出してくるのはいなくなった。
過去にあれこれ言っていた連中は、私に気付くとすぐ逃げるようで最近ではほとんど見かけない。
あっという間に騎士科の2年間が終わり、北の辺境伯領へ帰ることになった。
王宮騎士団長の令嬢や南の辺境伯令嬢以外にも友達ができた。
「なんか女と話してる気がしないんだよなぁ」
と男子学生からはよく言われたけど。
そして下僕である男子学生もなぜか北の辺境伯領へついてくることになった。
「もっと自分を鍛えたいんだ。それにいまだに下僕のままだしな」
彼は家族の了承を得て北の辺境兵団に入団。
変なタイミングで知られるよりはと嘘告白の一件を自分から話し、私の身内にかなりしごかれていた。
黙っていればバレないだろうにねぇ。
そして実戦も数多くこなし、めきめきと頭角を現してきた。
やがて選抜隊にも選ばれるほどの実力を身に付けた頃。
「下僕の分際で、と思われるだろうが、どうか俺と結婚してくれないだろうか?」
初めて話した頃とは身体の厚みも顔つきもすっかり変わったけれど、今も変わらず下僕を名乗る彼。
いまや実力は折り紙付きなのにね。
「ねぇ、罰ゲームの嘘告白はどうして私だったの?」
学院に女子学生はそれなりにいたし、平民で人気がある女の子も何人かいた。
「入学して間もない頃、寮の友人達と好きなタイプの話になった時、君が気になると俺が言ったのを友人達が覚えていた。だから君にアタックしろと言われたんだ」
ということは『前から気になっていた』は嘘じゃなかったんだ。
「君は一見普通そうに見えてまとう空気が違って見えた」
1年生の時はできるだけ目立たないようにしていた。
それでも平民だからと目をつけられたりはしたけれど。
「ただ、あの当時は恋愛感情まではなかったと思う」
あ、そうなんだ。
まぁ嘘告白だものねぇ。
「それじゃ今は?」
「かわいらしい見た目に反して剣技は天下一品。
だけど決してそれをひけらかさない。
常に冷静沈着だけど実は小動物などかわいいもの好き。
細やかな気遣いもできるのに男前なところが好きになった」
プロポーズで男前とか言われるのはどうなのよ?
でも、まぁいいか。
王都からはるか遠く離れたこんな地まで来てくれた。
ここまでくればもう縁があったとしかいいようがないだろうから。
「いいわ、結婚してあげる」
「ねぇねぇ、お母さんとお父さんは『れんあいけっこん』だったんでしょ?」
夕食後に台所で食器を洗っていると最近すっかりおませになってきた長女が尋ねてくる。
今は第3子を妊娠中のため辺境兵団では事務と新人教育を受け持っている。
まだ幼い長男はもうとっくに夢の中だ。
「まぁ、そうね」
とりあえず見合いでも政略でもないからね。
「それで2人はどんな風に出会ったの?」
キラキラした瞳を向けてくる。
ふと居間で資料に目を通している夫の方に視線を向けると、妙にあせった表情をしているのがおかしい。
「それはね、王都の学院で1年生の時にお父さんから告白されたのよ」
事実だから嘘は言ってない。
「うわぁ、そうなの?!すてき!」
実際はちっとも素敵じゃないんだけど。
「あのね、お母さんはまだ忙しいから、あとはお父さんに聞いてみてね」
「わかった!ねぇねぇ、お父さ~ん!」
居間へ駆けていく長女。
あとはがんばってね、下僕さん。
下僕と嘘と私 中田カナ @camo36152
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