第15話 田舎町

 陰陽魔術連支部、いつもの待機所に音無さんは突然現れた。


「炙り出すとは?」

「いや、実はね。僕たちが見逃してるダンジョンがあるんじゃないかって話したでしょ?」

「はい。そこから魔法使いがこっちに来ているかもって話ですよね」

 羽下谷さんの件があった時のことだ。

「そ。で、怪しいところが見付かったんだ。三箇所」

「三箇所も……」

「キミ達にはそのうちの一つへ行って本当にダンジョンがあるのか確かめて来てほしい。もし本当にあったら潰しといてね」

「わかりました……でも、よく探し出せましたね」


 手渡された資料を見ると、ダンジョン化している可能性があるのは、山奥にある廃村だとか。最初から潜伏が目的だったのか、ダンジョンから魔物も出てきていないらしい。

 今までは見逃したダンジョンがあっても、その周辺で魔物の目撃例が必ず上がっていた。その場合は魔物の根絶に死ぬほど労力を割くはめになるんだけど、それはさておくとして。

 よくこんなところを絞り出せたもんだ。


「あぁ、それね。実はこの前入ってきた子たちのお陰なんだ」


 俺と結衣でテレビを使って募集をかけた魔術師の卵たち。

 まだ魔術も発掘できていないはずだけど。


「あの子たち、随分とネットに詳しいみたいでね。修業の合間にちょっとやらせてみたらSNSとかそう言うのを駆使して怪しい所を見付けだしてくれたよ。思わぬ収穫って奴さ」

「なるほど」


 この資料の中には衛星写真もある。

 ネット上の不確かな情報からここまで特定できるんだから驚きだ。

 やっぱり人間、やれば出来るんだな。


「残りの二箇所には他の魔術師を向かわせてるから、あとよろしくね」

「はい」


 用件を伝え終わった音無さんは足早に支部を後にした。

 あの人も冠位付きの魔術師で色々と忙しいはず。

 そんな中、わざわざ会いに来てくれているんだ。

 目を掛けて貰っているってことなんだろうな。


「音無さんが何も言わなかったってことは羽下谷さんに悪夢を見せた犯人はまだわかってないってことか」

「悪夢に掛かってた著名人も役職付きもみーんな引っぺがしちゃったし、しばらくは浮上して来ないんじゃない? しよーがないね」

「私たちがダンジョンを破壊すれば、焦って尻尾を見せるかも知れない」

「そこまで含めての炙り出しなのかもね。とりあえず、やるべきことをしよう」

「あぁ、ダンジョン潰しだ」


 四人で支部を出て車に乗り込み、資料にあった廃村へ。

 揺られることしばらく。

 車が目的に近づくごとに建物が少なくなり、自然が多くなっていく。

 落ち葉だらけの道路を抜け、錆び付いたガードレールスレスレを通り、そうして長い時間を掛けて行き着いた先は、件の廃村近くにある小さな町。


「だぁー! やっと付いた-! エコノミークラス症候群になるぅー!」

「なったら俺が魔術でなんとかしてやる」

「えー? 全身の血管がダメになりそう」

「試してみるか?」

「遠慮しときまーす!」


 なんてやり取りをしつつ、周囲を見渡してみる。

 都会と比べると、やはりと言うべきか、殺風景に感じてしまう。

 建物の密度が低いと言うべきか、必要最低限のものしかないというか。

 今日、世話になる旅館もどこか寂れた感じがする。


「荷物は運転手さんが運んでくれるってさ」

「んじゃ、俺たちは情報収集だ」


 廃村が本当にダンジョン化しているなら、この町の誰かが異変に気付いているはず。すこしでも情報があれば踏み込んだ時の生存率が増す。事も有利に運べる。

 今日一日はそれに徹して、踏み込むのは明日だな。

 長時間、車に揺られた疲労もあることだし。


「じゃあ、私はあっち」

「あたしはこっち」

「なら俺はそっち」

「僕は……どっち? どっちでもいいか」


 旅館の駐車場から出発して各々が聞き込み調査に出る。

 町の住人は最初、余所者、それも魔術師を警戒している様子だったが、話してみると気さくでいい人たちだった。

 時折、テレビで見たことがあると、まるで親戚かのように接してくれる人もいて、よく物をくれる。お菓子だったり、おにぎりだったり、おはぎだったり。それをありがたく頂きつつ情報収集も欠かさず行い、気がつけば日が暮れそうになる時間帯。

 旅館の駐車場に戻ると他の三人も戻って来ていた。


「累。キミもいろいろと貰ったんだね」

「まぁな。そっちも。おお、結衣は凄いな」

「も、持ちきれない」


 大きめの紙袋を三つも四つも腕にぶら下げて大変そうだ。

 なにをそんなに貰ったんだか。


「ま、結衣ちゃんの可愛さと知名度があればこんなもんよ」

「なんで天音が自慢げなんだよ」


 まぁ、でも物を上げたくなる気持ちもわかる。

 結衣はまだ十六歳だし、いい子だし、この町にはお年寄りが多い。

 孫を構っている感覚になれるんだろう。

 あれもこれもと次々と結衣に渡している姿が目に浮かぶ。

 そりゃ可愛がられるだろうな。


「そろそろ結衣が限界だ。部屋に行こうぜ」

「お、お願い」


 流石に重そうだから紙袋の幾つかを変わりに持って旅館の部屋へ。

 部屋は空いていたので贅沢に一人一部屋。

 とりあえずは俺の部屋で集めた情報を、貰ったお菓子なんかを摘まみながら、共有することにした。


「まずこの町の人たちは廃村に基本近づかないらしい。まぁ、当然だよな。用事なんてないだろうし、あったら今回の候補に挙がらない」

「でも、山には入るから異変があれば気付く。猟友会に話を聞いたよ。なんでもここ一年で鹿や猪の数がぐっと減ったらしい」

「あ、それと関係してあたしが聞いた話だと、キノコとか山菜の収穫量も減ってるって」

「ただ、それはよくあることらしい」

「まぁ、気候とかなにやらの要因で数が変動するのは当たり前か」


 今が不作なだけかも知れない。


「でも、誰かが無断で狩猟したり採取したりしてる可能性もある」


 結衣の言う通り、どちらの可能性も十分ある。


「私が聞いた話だと、山の中で怪しい人影を見た人がいるみたい。この町に住んでいる人たちはみんな知り合いだから、遠目からでも誰かわかるはずなのにって」

「山菜泥棒って線は?」

「一時期、話題になってたね。それで捕まった人もいた」

「あと、変な置物があるみたい」

「置物?」

「写真をくれた」


 紙袋の一つから一枚の写真が取り出される。

 そこに映っていたのは、たしかに変な形の置物だった。


「これは……蛙か? 一つ目の」

「うぇ、趣味わるー」

「周辺の物から大きさを比較するに全長五十センチくらいはありそうだね」

「これが至るところにあるって言ってた」

「それはたしかに怪しいな。俺たちも今まで見たことない類いのものだし、これが仮に魔法使いが置いたものだとして、その意図はなんだと思う?」

「ぱっと思いつくのは警報装置かな。誰かが近づけば術者に知らせが届く。これで狩りもしやすくなるしね」

「あたしは結界の一種って線もあると思うなー。これが結界の楔になって人払いの結界になってるのかも。それなら廃村を見逃してた理由にもなるでしょ?」

「どっちも十分にあり得るな。実際に現地に行ってみないことには答えはわからないが、要注意だな。この置物は」


 やはり事前の情報収集をしておいてよかった。

 踏み行った先でこれがあったら対処に手間取ってたかも知れない。


「鹿や山菜の数が減ったのがここ一年の話。もし本当に廃村に魔法使いが潜んでいるなら、ダンジョンは一年も前からあったってこと?」

「……だとしたら、事態は思ったよりもずっと深刻なのかもな」

「一年。一年かー。一年もあれば色んなことができちゃうねぇ」

「その一環が羽下谷さんの件だとするなら、これから更に続いていくよ」

「侵略か」


 侵略の目的は太古の昔から決まっている。

 人、資源、土地だ。

 それさえあれば侵略行為は発生する。

 たとえ世界を跨いだとしても。


「ま。ここで気を揉んだってしようがない。明日に備えて英気を養おうぜ」

「さんせー! 晩ご飯って何時からだっけ? 楽しみー!」

「温泉も」

「まだ時間があるし、どうしようか。トランプでもする?」

「いいぜ、負けた奴は今度全員になにか奢るってことで」

「累。あたしケーキがいい」

「もう勝った気でいる奴がいるな」


 その後、白熱したばば抜きを終え、美味しい食事にありつき、気持ちの良い露天風呂に浸かり、温かい布団で就寝する。

 そうすれば移動疲れなんて翌朝には吹っ飛び、ベストコンディションで仕事に臨むことが出来た。

 たしかめに行こう。本当にダンジョンがあるのか、魔法使いがいるのかを。



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