第16話 廃村のダンジョン

 まだ朝露が乾き切る前の早朝。

 閑静な町が更に静かに感じる中、俺たちはひっそりと旅館を出て廃村がある山奥へと向かった。

 出るという鹿や猪、そしていないだろうが一応魔物の警戒もしつつ歩いていると、件の一つ目蛙の置物を一つ発見した。


「あれがそうか」


 木の陰に隠れつつ様子を窺ってみる。


「生で見るとなおのこと趣味悪く見えるわ。どんな美的感覚してんの?」

「そんなに酷評するほどか? あれ」

「蛙嫌いだもん」

「思ったより個人的な好き嫌いだった。なら結衣は?」

「平気。いざとなったら手掴みも選択肢に入れられる」

「ひぃー!」

「バカ言ってないで集中。式神を使って接近して見よう」


 小鳥の式神が現れ、羽ばたいて一つ目蛙の置物の上に止まる。

 目に見えての反応はなし。


「どんな感じだ?」

「んー……天音ちゃんの線が当たってるかも。人払いの結界に似てる感じがする」

「なら、側を通ると方向感覚が狂って先に進めなくなるタイプか」

「自分では真っ直ぐ進んでるつもりでも知らないうちに引き返してる奴。周りは似たような景色ばっかりだし」

「じゃあ、結界の楔になっているあれを壊せば解決?」

「うーん。いや、あれに僕ら魔術師を惑わせるほどの力はないからスルーでいいと思う。壊してもいいけど、それが発動条件になって警告が術者に飛ぶ、なんてこともありえる」

「でも、結衣ちゃんは結構危ないかも? 魔術師になってまだ日が浅いし」

「たしかにそうだね。忘れてたけど」


 忘れがちだけど、結衣はまだ魔術師になってまだ一ヶ月と半分程度。

 通常ならようやく魔術を発掘して、その活用法を学んでいる時期だ。

 こうして現場に出て普通に魔術師としての活動が成立しているのは中々に可笑しいことだった。


「じゃあ、私は留守番」

「いや、手を繋いでいけば抜けられるだろ。ほら」

「あ、うん。そうだね」

 差し出した手を取った結衣を連れて止めていた足を前に動かす。

「あっ! ズルい! あたしも!」

「やれやれ」


 結衣の空いた手を取った天音と呆れたように小さく笑う八百人。

 しばらく進み、幾つか蛙の置物の側を通る。

 すると、やはりと言うべきか結衣があらぬ方向に進もうとし始める。


「結衣。そっちじゃない」

「あ、ホントだ」


 それでも一般人よりは遙かに人払いの結界に耐性がある。

 指摘したり声を掛けるとすぐに正気に戻れるみたいだ。

 これなら手を繋いでなくても平気か? と、思い繋いだ手を緩めると、逆にぎゅっと強く握られる。まだ不安みたいだ。じゃあもうしばらく、この結界を抜けるまでは繋いでおくか。


「お、今ので最後っぽいな」


 もう幾つ目かになる蛙の置物の側を通ると、目の前が晴れたような感覚がした。


「みたいだね。ってことは」

「ようやく面が拝めるって訳だな」


 人払いの結界が張られていた以上、この先の廃村に魔法使いか、あるいは魔術連から追放された魔術師のどちらかがいるのは確実になった。

 ここからは更に慎重を期し、八百人の式神のみが先行する。


「廃村を見付けた。人もいる。あれは……魔術師ではないね」

「たしかか?」

「あぁ、全員日本人じゃない」

「外国人は魔術師になれない。確定だな、魔法使いだ」


 本当に見逃していたダンジョンがあり、魔法使いがこちらにやって来ていた。

 目的は明白。こちらの世界への侵略だ。


「数は?」

「五人……いや七人いる。人相はこう」


 八百人の側に小鳥が並び、それぞれの顔が人間のものになる。


「何度見ても気味が悪いな、八百人のこれ」

「蛙よりはマシ」


 天音の中じゃあの蛙の置物はこれ以下なのか。


「人に見付からずに生活してるなら大所帯じゃないってのはわかってたが七人か」

「ダンジョン化しているのは奥にある倉庫みたいだ。中央に広場があって、他の建物は廃村の境界に添うように建ってる。畑らしきものが村の外にあるね。いま広間に出ているのが三人。倉庫に二人。倉庫の両隣の建物に一人ずつだ。魔物の姿はない」


 ダンジョンから魔物が召喚されていないことは事前にわかっていた。

 用もないのに魔物を出していたら発見のリスクが高まるし食費も掛かる。


「そうか。なら、最初に狙うのは倉庫だな。制圧したら両隣、最後に広間だ。魔法使いを全員捕らえたらダンジョンコアを破壊しよう」

「倉庫を制圧してすぐにコアを破壊、じゃダメ?」

「壊したら物質置換が起こって確実にほかの魔法使いに気付かれる。動揺させることは出来るだろうが、それで逃げに徹されると面倒だ」

「わかった」


 こうするリスクも当然あるが、魔法使いを野に放つ可能性は出来るだけ下げておきたい。


「移動するぞ。八百人、警戒を頼む」

「あぁ、一番安全なルートで行こう」


 村の外側を、なるべく音を立てず、速やかに移動。

 奥にある倉庫の裏手まで見付からずに辿り着く。


「倉庫の天井に穴が空いてる。そこから入れそうだ」


 侵入ルートが決まり、天音が魔術で結界の階段を作る。

 それを登って天井に足を掛けると、大きめの軋んだ音が鳴った。

 気取られたかと思って八百人のほうを見たが、首が横に振られるのを見てほっと安堵する。駆けた足をゆっくり離し、天音に結界で足場を作ってもらい、空いた穴へ。

 初めからこうしておけばよかった。


「俺と結衣で一人ずつだ。いけるな?」

「うん。任せて」

「よし。行くぞ」


 二人で穴から飛び降りた瞬間、天音の結界が倉庫の内部を包む。

 これで内部からの音が遮断され、両隣と外にいる魔術師に存在を気取られづらくなる。

 着地。

 と当時に互いに魔術を発動。


「なッ――」


 跳ね上がった身体能力をフルに使って一瞬で肉薄し、握り締めた拳を鳩尾みぞおちに叩き込む。

 体がくの字に曲がった魔法使いは、その瞬間に意識を刈り取られ、力なく地面に横たわる。

 無力化を確認してすぐに結衣のほうへ振り返ると、魔術人形の回し蹴りが魔法使いを吹き飛ばしている瞬間だった。

 アスファルトの床に転がった魔法使いに意識はなく、立ち上がる様子はない。


「上出来」

「やった」


 結衣とハイタッチを交わしていると、天音と八百人が大きめの鳥の式神にぶら下がりながらゆっくりと下りてきた。


「上手く行ったみたいだね。魔法使いは僕が拘束して置こう」


 蛇の式神が二体、意識のない魔法使いの元へと向かった。

 あれに手足なり口なりを縛られると思うと同情する。


「コアは反応なしか。薄情な奴」

「魔法使いの誰かがスイッチ入れてやんないとやる気でないんじゃないのー?」

「出来ればこのまま破壊されるまでサボってて欲しいけどね」

「だな。さぁ、次だ」


 それから倉庫の両隣にある建物に侵入して魔法使い二人を無力化。

 広間にいる三人に対しては一度、八百人の式神が複数体で襲い掛かり、その隙を突く形で俺と結衣が奇襲を仕掛け、難なく無力化に成功した。


「ちょろいもんだぜ」

「彼らを魔術連に引き渡せば魔法使いたちの狙いもはっきりするね」

「もうわかり切ってるけどなー」

「なにを企んでいるかもわかる。素直に口を割るとは思えないけど」

「ま、そこのところは尋問係に任せとけばいい。あいつらは怖いぞー」


 これで魔法使いはこの場にいる魔法使いはすべて拘束できた。

 あとは倉庫に残してあるダンジョンコアを破壊すれば――


「――敵襲!」


 不意に現れた殺意の気配。

 それを察知してすぐ刀を抜き、頭上から振り注いだ何かを払う。

 刃で弾いたのは、冷気を放つ鋭い氷柱つらら

 だが、狙いは俺たちじゃない。


「野郎、仲間をッ!」


 氷柱は拘束した魔法使いを射貫いていた。

 口封じだ。

 だが、想定が甘かったな。

 俺が弾いた氷柱で生き残った魔法使いが一人いる。


「天音! そいつを絶対に死なせるな!」

「わ、わかった!」

「くそ、一体どこから。式神の目にはどこにも」

「そんなことはどうだっていい! とにかく今は――」


 仲間殺しの魔法使いを追おうとした瞬間、ダンジョンコアのある倉庫の屋根が吹っ飛ぶ。

 そうして現れたのは見上げるほどの背丈を持つ一つ目の巨人。

 サイクロプス。


「好き放題しやがって」


 魔物が現れた以上、放置はできない。

 魔法使いを追うのはもう無理だ。


「まんまと逃げられた、勝ったんだとか思うなよ、魔法使い」


 刀を抜き、サイクロプスに向ける。


「サイクロプスを殺す。ダンジョンコアは破壊する。魔法使いも連れて行く。負けたのはそっちだ。言い訳のしようもないくらいにな!」


 魔術を発動し、サイクロプスに斬り掛かった。

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