第6話 魔術人形の円舞

 魔術は己から発掘して掴んだ瞬間、その名を知ることになる。

 駆繰円舞、近距離操作型魔術。

 それはワルツを踊るように舞い、振るわれた球体関節の十指が魔物を斬り裂いて過ぎる。

 この場にいる魔物が名もなき弱い個体ばかりなのを差し引いても、その魔術の殲滅力は一定の修練を終えた魔術師のそれに比肩するほどだった。


「とんでもないな」


 魔術の発掘に一ヶ月以上は要すると踏んでいたのに、蓋を開けて見たらほんの数十分だ。

 魔術師としての素質があるのはわかっていたが、まさかここまでとは。


「でも、嬉しい誤算だ」


 結衣が殲滅に加わったことで、魔物の処理スピードが格段に上がる。

 式神が噛み殺し、魔術人形が引き裂き、血を纏った刀が断つ。

 結界を破ろうと張り付いた魔物は、腹部を貫かれて死に至る。天音の魔術は変幻自在、壁のように張った結界から鋭い棘を生やすことも可能だ。

 こうした変化によって、溢れ出る魔物の物量にギリギリで捌き切っていた状況から一変、余裕が出来て押し返し始める。

 ダンジョンコアによる召喚速度より、こちらの処理速度のほうが早い。

 これなら枯れるのを待つまでもなく。


「八百人! 結衣に合わせて一気に仕掛けるぞ!」

「了解」


 戦闘経験のない結衣に連携は無理。

 なら、好きに暴れさせてこちらが合わせたほうがいい。

 飛沫を上げる鮮血の只中でくるりくるりと舞う魔術人形。

 その踊りの邪魔に決してならないよう、そしてそれを操る結衣に害が及ばないよう、戦略を方向転換。数多の式神と俺とで、まだ至らない点を補う

 今この場の主役は結衣だ。


「累。魔物の層が薄くなって今なら突き崩せる。僕は右」

「俺は左!」


 正面からの猛攻に対抗するため集まってきた魔物たち。

 そのお陰で防御布陣の左右が手薄になっていた。

 そこから突き崩すために位置に付き、攻勢を仕掛ける。

 左右から挟み込むように突貫された魔物たちは為す術無く陣形を崩し、あっという間に崩壊。陣もなにもあったものではなくなり、明確な隙が出来上がった。


「結衣! やっちまえ!」

「わかった。任せて」


 両腕が振るわれ、魔術人形が前進。

 障害となる魔物のすべてを蹴散らし、振るわれた五指が標的を捉える。

 振り抜かれた五つの閃がダンジョンコアを破壊した。

 心臓部の崩壊によってダンジョン化は解除され、すべての魔物が死体を含めて掻き消え、物質が地球のものに回帰する。


「上手くできてよかった。これが魔術。凄い」

「凄いのは結衣ちゃんだよ!」


 トンネルを閉じていた結界が消えて天音が結衣のほうへ駆け寄った。


「なんで魔術が使えちゃうの!? しかも、あんなに使いこなせてたし!」

「なんとなく、こうしたらいいかなって」

「才能の塊だな」

「僕たちもうかうかしてられないね」

「まったくだ。でも、心強いよ」


 初めてであれほど魔術を使いこなせる魔術師はそういない。

 長い目で育てるつもりが、とんだ即戦力だ。


「ところで」


 はしゃぐ天音の肩に手を置く。


「なんで結界の外に結衣が出てたんだ?」

「えーっと……」

「自分の役割を言ってみろ」

「結衣ちゃんを守ることです。はい」

「待って」


 服の端を結衣に引っ張られる。


「私の我が儘。魔術が使えると思って、役に立てると思って、お願いした。怒るなら私を」

「い、一応いつでも結界を張れるようにはしてたんだけど……ううん、あたしが悪いの!」

「……はぁ」


 とてつもなくデカいため息が出た。


「天音」

「はい」

「結衣に甘すぎだ。公私混同もほどほどにしろ」

「猛省します」

「結衣」

「はい」

「魔術を使ってみたくなる気持ちはわかる。けど、軽はずみなことはすな。軽率な行動はいつか自分も仲間も危険に晒す。いいな?」

「わかった」

「はぁ……なら、よし。それと」


 改めて結衣と視線を合わせる。


「よくやった。助かったよ」

「うん」


 嬉しそうに微笑んで、結衣はそう返事をした。


§


 ダンジョンコアを破壊したことによって石間トンネルから異世界の要素は消え失せた。

 一応の確認として八百人が周辺に式神を飛ばしているが、なにも異変は見付からないだろう。

 すべての問題が片付いたことによって、ドラマ撮影は再開となった。

 俺たちに謝辞を述べたスタッフや出演者は、撮影準備に大忙しとなっている。

 そんな中、結衣は真っ直ぐに慈雲のほうへと向かって行った。


「どういうことが説明してくれるんでしょね?」


 慈雲の目付きは鋭く、不満を示すように腕組みをしている。

 俺たちはその様子を遠巻きから眺めつつ、平穏無事に話し合いが終わることを祈った。


「あのね。正直なことを言うと、私、女優業があんまり好きじゃなかった」

「はぁ!?」

「私には両親がいないし、転がり込んだ親戚の家は居心地が悪かった。だから早く自立するために自分でお金を稼ぐことにしたの。私が女優になったのはスカウトされたから」

「……もう十分稼いだから止めるってこと?」

「それもある。お陰でお金には困ってない。でも、一番の理由は他にやりたいことが見付かったから」

「それが魔術師って。危険なのよ? わかってる? あんた、死ぬかも知れないのよ!」

「百も承知。心配してくれてるの? 陽花はいつも優しい」

「し、心配なんて――はぁ……」


 慈雲から大きなため息が出ていく。


「決意は固いの?」

「この上なく」

「そう……じゃ、好きにすれば。私はこの道を進むから。あんたなんかが手を伸ばしても絶対に届かないような所まで行ってやるんだから」

「うん。応援してる」

「ふんっ」


 話は終わりだと背を向けた慈雲の服を結衣は引っ張る。


「なによ」

「あとね。私があんまり好きじゃない女優を長く続けられたのは陽花がいたからだよ。陽花と一緒の撮影はいつも楽しかった。今までありがとう」

「な、なによそれぇ……」


 言葉では強気だったが、心の内は寂しさや悲しさでいっぱいだったんだろう。

 結衣の言葉に耐えきれなくなって、慈雲は大粒の涙を流して泣き始める。


「これから撮影なのにぃ……なんでそう言うこというのよぉ」

「ごめんね?」


 メイクは崩れるし目は赤くなるしで大変そうだ。

 と、眺めていると隣りから啜り泣く声がする。


「なんで天音まで泣いてんだ」

「だっでぇ。あたしもずっと二人を応援してたからぁ」

「感動的な言葉ではあったけど、まるで当事者だね」

「完全なる部外者なのにな」

「うっさいなぁ、もぉ!」


 べそべそに泣く人間を一度に二人も見ることになるとはな。

 まぁ、ともかく、結衣と慈雲の話し合いは無事に円満な形で終わったみたいだ。

 これで心残りなく魔術師に専念できるだろう。

 よかったな、結衣。

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