ダンジョン化したテレビ局を攻略した一般魔術師、全国生放送中だったため視聴率70%の大バズリを叩き出す
黒井カラス
第1話 ダンジョン化
一羽の小鳥が止まったのは、木の枝でも電線でもなく、カーペットの上に転がった鬼の生首だった。その小さな嘴が開くと、鈴の音のような可愛らしい人の声がした。
「あーあー、こちら
「もうとっくに片付いてる」
生首の下にくっついていた屈強な肉体の上からのっそり下りる。
「あとは破壊するだけだ」
「オッケー。
「逃げ遅れなし? VIPルームも?」
「スイートルームからスイーツビュッフェまで人影問題なし!」
「了解。じゃあ壊すぞ、ダンジョンコア」
ダンジョン。
ゲームやアニメに登場する架空の構造物。
内部には数多の魔物と財宝が眠っているとされているが、実際のダンジョンはすこし違う。
大量の魔物がいるのは本当。財宝が眠っているは嘘。
なにせダンジョンは地球上に現存する構造物を間借りする形で出現するからだ。
ついさっきまで通常営業していたこのホテルも次の瞬間にはこの有様。
既存の物質は、異世界由来の酷似した物質に置き換わり、そこから雨後の竹の子の如く魔物が湧いて現れる。レジの中身まで変質しているし、仮にしていなかったとしても、それを宝や財宝と呼ぶにはしょっぱ過ぎだ。
「しかし、毎度の事ながら面倒だよな」
腰に差した鞘を握り、ゆっくりと刀を引き抜く。
「一般人の避難が終わらないと壊せないってのは」
「そーゆー決まりなんだからしよーがないでしょ」
「ままならないな、魔術師ってのは」
振るった一閃がダンジョンコアを断つ。
ホテルの一角にある広間、その壁目一杯に寄生するように出現した赤い目玉のような心臓部。それを断ち切ったことにより、ダンジョンはその存在を維持することが出来なくなる。
瞬間、置き換わっていた全ての物質が、地球由来のものへと回帰する。
すべてがダンジョンコアに吸い込まれるように修正され、その存在ごと掻き消えた。
壁にはもうなにも残っていないし、鬼の死体も跡形もない。
「ダンジョンコアの破壊を確認」
「りょーかい。んじゃ、帰っておいでー」
小鳥が霧散するのを横目に刀を鞘に押し込んで広間を後に。
「あぁ、そうだ」
通路に出るとまた新しい小鳥が飛んできた。
「二度手間」
「いーの。ホテルの前にマスコミが来てるから裏口にしゅーごー」
「……外にマスコミが」
「あ、よからぬこと考えておるな? おぬし」
「俺がいま正面から出ていったら多くの人を救ったヒーローってことにならないか?」
「なろーがなるまいがダメでーす。魔術師は日陰の存在なんだから、無闇に目立っちゃダメ」
「わかってるよ。ちょっと言って見ただけだ」
後ろ髪が引かれる思いをしながらも、裏口のほうへと舵を切る。
「有名になりてぇなー」
「魔術師やってるうちはむーりー。てか、なんでそんなに有名になりたいの?」
「なんでってそりゃあ――」
その先の言葉を言う前に、携帯端末に連絡が届く。
「出動要請だ? まったく、いま一仕事終えたばっかりなのにまたかよ」
「ま、よくあるでしょ、こーいうの。えーっと、場所は……わーお」
「なに驚いて――わーお。こりゃ大事件だ」
携帯端末に表示されていた情報によれば、ダンジョンと化したのはテレビ局。
何人もの俳優やタレント、芸人と言った芸能人がダンジョンの中に閉じ込められた、とのことだった。
「累、天音、出動要請だよ」
追従していた小鳥が分裂して二羽となり、増えたほうから優しげな男の声がする。
「さっき見た。テレビ局だぜ? テレビ局!」
「うわ、わかりやすくテンション上がってら」
「そりゃ上がりもする。公共の電波にちらっとでも映るかも知れないだろ!」
「ねぇ、八百人くん。テレビ番組のほとんどは収録だってこと教えてやってくんない?」
「まぁ、映り込んだところで十中八九カットだろうね。魔術界の方針で」
「ぬあああああああ! 折角、有名になれるチャンスなのに!」
「まぁ、生放送ならありえるかもね。ダンジョン化に巻き込まれて死にそうな時にカメラ回してる暇あんのかよって話であるけど。あとそもそもダンジョン化でダメになるんじゃね? カメラ」
「はぁ、だる。なんかやる気なくなって来たな」
「累」
「冗談だって。これでも魔術師の端くれだ。仕事に手は抜かねぇよ」
「んじゃ、さっさと裏口に来る! もうあたしも八百人くんもいるよ」
「へいへい」
駆け足になって通路を渡り切る。
「あ、来た来た」
ウェーブの掛かった金色の髪が揺れて、天音の丸い目が俺を捉える。
「急いで、時間ないよ」
その隣りでオールバックの背の高い八百人が手招く。
二人と合流してすぐに裏口から外に出ると、待たせていた車に飛び乗った。
§
あの日も、こんな風に後部座席から車外を眺めていたっけ。
向かった先はちゃちな犯罪組織が根城にしていた廃倉庫。
内部構造は至ってシンプルで入り口から踏み込んだ瞬間、そのすべてが一望出来た。
肉を食み、血を舐め、骨を転がして遊ぶ魔物共が、よく。
その
そいつは別の世界からダンジョンに巻き込まれてこっちに来た異世界人で、腹部に生じた深刻な裂傷はすでに手の施しようがない状態だった。
自分の死期を悟ったのか、彼は必死に俺に何かを伝えようとしていたが、声にもならず掠れた息だけが吐き出されては消えて行く。
とうとう、彼は最後まで何も言葉にすることは出来ず、俺の目の前で果ててしまった。
助けて欲しいと訴えていたのか、愛する者たちへの遺言だったのか、あるいは自分自身の名前だったのか。
今となっては誰にもわからない。
彼はいま共同墓地で眠っている。
彼のようにダンジョンに巻き込まれてあちらの世界から来た異世界人たちの墓。
墓石に名前はない。
彼らはこの異界の地でたった一人、名を誰にも知られることなく亡くなった。
名は生きた証だ。
自分がこの時代、ここにいたことの証明。
それすらも残せず、無名無縁となって、誰が誰だかもわからなくなって、どうしようもなく彼らはそこで眠っている。
それからだ。
自分の名をどうすれば広く、後世にまで残せるかと考えるようになったのは。
歴史に名を刻み、生きた証を残す。
いつしかそれが人生の目標になった。
もっとも恐ろしいことは、誰にも知られず、誰からも忘れ去られてしまうことだ。
だから俺は――
§
「もしもーし」
「んあ? なに?」
「なに? じゃない。もう付くよ、テレビ局」
「そっか。そうだな」
柄にもなく昔の記憶に耽っていた頭を仕事モードに切り換えて車から降りる。
見上げたテレビ局は異質な雰囲気を帯びていた。
「あ、魔術師!」
「魔術師が来た!」
「三人だけ?」
「少なくない?」
「大丈夫かよ、芸能人がいんだぞ」
「りっくんが中にいるはずなんだけど、死なせたら許さないから!」
テレビ局の前で群れている野次馬を警備の人が押し退けて道を拓いてくれた。
色んな言葉を浴びながら、俺たちは仕事をするためにダンジョン化したテレビ局に踏み込んだ。
「後から応援がくる。それまではいつも通りで行こう」
「八百人くんが索敵&捜索、あたしが避難誘導」
「で、俺が魔物の排除とコアの破壊。ぱぱっと片付けて遅れて来た奴の仕事をなくしてやろうぜ」
三人で拳を突き合わせてそれぞれが役割につく。
ダンジョン攻略開始だ。
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