雨雲
先代・
そんな彼女達だが、正式に楊家の妻として認められているわけではないため、一族の宴会や集いには呼ばれる時もあれば、呼ばれない時もある。全ては龍飛の気分次第だ。
魅萱は五人の内最後に入ってきた愛人であり、龍飛に買われた時はまだ十二歳であった。人身売買の商品だったため、まともな食事にありつけていないだろうに発育が良く、十二歳であるのに五人の中で一番背が高い。そしてこの歳だと言うのに名前の通り、妖のような危うさと妖艶さを持った美少女だった。他の四人とはかなり違うタイプだと言えよう。
最初は物珍しさと好奇心で彼女を迎え入れた龍飛だが、その魔性の魅力へどんどん引きずり込まれていった。口達者で好奇心旺盛、天真爛漫な魅萱は龍飛にも物怖じせず、下手に出る事は無い。それどころか、自分の欲望を隠しもせずに龍飛に話してみせるのだ。あれをやりたい、これをこうしたいと。
傍から見れば思春期の少女の我儘だが、全ての頂点に立つ龍飛はそれが新鮮で謙られるよりも気分が良かったらしい。次から次へと願いを叶えていった。
特に舞踊や琴は偉才を発揮させた。彼女が舞う姿は悪魔の如き美しさ、琴を弾く姿は艶やかな大輪のようだと誰もが心の内で思う程だ。
ただ、そんな彼女にも欠点がある。それは、頭が悪いという事だ。そもそも勉強が嫌いで、かなり投げやりなので教育係を毎度毎度泣かせており、育ちのせいもあって未だに文字を読む事が出来ない。龍飛に怖気付かないのは恐らく頭の悪さのせいでもあると誰もが思っているだろう。
やがて魅萱だけ特別待遇という事で、昼間の一般的な教育は課せられなくなった。他の四人からしたら、見た目だけで中身の無い、まだ子供と呼べる年齢の女に全てを奪われたようで気分が良いものでは無い。魅萱は屋敷では孤立していった。
それから三年後、魅萱が十四歳の誕生日を迎えた後の事だ。魅萱は腹部の違和感や頭痛を訴えるようになった。今まで健康そのもので、ここに来てからは一切体調を崩してこなかったというのに。
食事を取るのも困難だと訴えるものだから、屋敷に仕えている侍女が龍飛に連絡し、医者を寄越してもらった。
「……魅萱様は妊娠されているようですね」
「え、妊娠……?」
その場に居合わせた者は皆絶句した。龍飛の前の代の当主も、その前の代にも愛人という存在はあったそうだが、今まで愛人が子を身篭った事が無かったからだ。愛人はあくまで愛人で、一族の中では立場が弱いものである。それに、妻達も名家の娘だったり政治家の娘だったりとそれぞれ権力を所持しているため、いくら龍飛であろうと蔑ろに出来ない存在だ。せめてもの配慮として、愛人との子は成さないようにしていた。
それは周知の事実であったため、皆顔を青ざめさせたのだ。これが龍飛に知られたら魅萱はどうなるのだろうか。今までの寵愛も全て無に還るのか、それとも腹の子ごと殺して隠蔽してしまうのか。
どちらにせよ、他の愛人達からしたら知ったこっちゃ無い話である。懐妊の事実は楊家にすぐに広まったが、意外にも龍飛はとても喜んでいた。
これを機に彼女を正式に妻の座に置こうと考えた程だ。周りの反対もあり、結局それは叶わなかったものの、龍飛は魅萱の為に屋敷を一つ用意し、龍飛はこれまで以上に魅萱の元へ通うにようになった。
「生まれてくる子は女の子がいいですか?男の子がいいですか?」
夜、新しく与えられた屋敷のベッドルームで魅萱は龍飛に尋ねた。
「娘がいないから娘が欲しい」
この時点で龍飛は妻との間に四人の息子がいるのに対して娘はいなかった。だから娘が欲しい、それは本心である。しかし、それには別の意味も含まれていた。今も四人の息子と三人の妻の間では後継者争いが起きており、龍飛も中々手のつけ所が無くなってきているのだ。そんな所にまた更に息子が生まれようものなら、更に悪化するだろう。それだけじゃない、魅萱には強固な後ろ盾が無いため、魅萱と生まれてくる子の命を狙われる可能性だってある。
そんなこともつゆ知らず、その日から魅萱は毎晩女の子でありますように、と夜空に願った。
だが、生まれてきたのは男の子であった。
魅萱は息子を産んだ。その報せ懐妊の報せの時と同じく、一瞬にして楊一族へ回った。
「ふざけるな。卑しい身なのに旦那様の子……しかも息子を産んだですって?」
「旦那様はあの卑しい女を特別可愛がっていた。もしかすると、あの卑しい女の息子を後継者にしてしまうかもしれない」
「あの女は頭が悪いと聞いたわ。きっと子供も頭が悪いに決まっている」
魅萱への悪口や攻撃的な話は段々と大きくなっていき、魅萱の屋敷の警備が厳重になる程であった。
生まれた息子は、楊一族男児の共通の字である"龍"を入れた
龍軒は赤子だというのに既に綺麗な顔立ちをしており、あまり龍飛には似ていないようだ。
龍飛は顔が良いと言える男では無く、肥満気味で目も小さく、団子鼻で、どちらかと言えば醜いと言われる容姿であった。嘆かわしい事に、上の四人の息子も容姿は龍飛似のため男前だとか美人だとかいう言葉とは無縁だ。だというのに、この子は赤子特有の宇宙人や猿っぽさは感じられなく、珠のように輝いている。他の四人の息子を知る者が龍軒を見れば、本当に彼の子なのか疑う程だろう。
魅萱も出産から数日は娘で無かった事を気に病んでいたが、一週間も経つとそんな事は忘れ、我が子の可愛さに日々胸を締め付けられるようになった。
「魅萱様、乳母がいますので……」
「私は
楊一族の子は古い習慣で皆殆ど乳母に育てられる。だというのに、魅萱は乳をやる事も、風呂に入れる事も、おしめを替える事も全て自分でやっているのだ。
しかし、魅萱には一つ気がかりな事があった。それは龍軒を産んだ日以来、龍飛がこの屋敷に顔を見せていない事だ。通常なら一ヶ月来ないなんて普通の事ではあるのだが、今までの頻度を考えると急に来なくなったと言える。そんなに娘で無かった事が嫌だったのか?と思ったが、今の魅萱は龍軒が自分の傍にいるのだから、と龍飛が来なくなった事も気にならなかった。
そしてその二ヶ月後。もう龍飛のお渡りなんて気にならなくなった頃、突然龍飛は屋敷に足を踏み入れたのだ。
「旦那様、お久しぶりです。見てください。阿軒、この二ヶ月でかなり成長したでしょう?」
龍飛が来た事を伝えられた魅萱は龍軒を抱き抱えて、目を細めて龍軒を見せる。龍軒は龍飛と初めて会うも同然なため、怖がって泣き出してしまった。
「泣かないで、お父様よ?」
魅萱が懸命にあやすも、一向に泣き止まない。その間、龍軒の姿を見てから一言も言葉を発さない龍飛の様子に若干の焦りも感じていた。
「ごめんなさい、人見知りなの。でも慣れたらすぐに懐いてくれますから」
「……魅萱、話がある」
いつもとは違い、少し威圧感のある態度でそう言われる。寵愛を受けていた魅萱からしたら、こんな龍飛は初めて見るため、少し怖いとすら思ってしまう。
龍軒を乳母に預け、客間に入ると龍飛は重い口を開いた。
「龍軒を養子に出す事にした」
ただ一言、それを言われただけだったが、魅萱からしたら龍飛が何を言っているのかが分からなかった。
「……ごめんなさい、聞き間違えてしまったみたいです」
「いいや、聞き間違えてなんかいない。龍軒は俺の姉夫婦の養子に出す事にした」
魅萱は全身の力が抜けて、その場に座り込んでしまう。養子に出すだって?どうしてそんなことを言うのだろうか。
「私が……私が娘を産めなかったから?だからそんな酷い事を言うのですか?」
「いいや、違う。そういうわけじゃないんだ。これは君と龍軒の身を案じての事だ。他の息子と妻達は、正直君達の事を良く思っていない。ただでさえ跡取り問題で密かに揉めているというのに、そこに新たな敵が生まれたんだ。真っ先に狙われるのは……わかるだろう?」
「でも……ここの警備を厳重にしてくださいましたよね?それに、龍軒は跡取りになんて絶対にしません!権力だって望まない、だからお願いです……」
魅萱は龍飛の足にしがみつき、顔をぐしゃぐしゃにしてそう嘆願する。そんな魅萱を見て、龍飛は目を逸らすだけだった。
何十分、気が付けば一時間も時間が過ぎていた。その間ずっと床に這いつくばり、叫び声かのように龍飛に抗議、嘆願するも、龍飛は聞いているだけで何も言わない。
痺れを切らしたのか、龍飛は立ち上がると、部屋の外に出ようとする。
「待って、待ってよ!私から龍軒を取り上げないで!お願いですから!」
「すまない、わかってくれ。私だって、いつまで生きられるかわからないんだ。いつまでも君達を守ってやる事は出来ない」
足にしがみつく魅萱に向かって龍飛はそう言った。その時、魅萱の中で何かが途切れる音がした。
「……じゃあ、どうして私に子を産ませたんですか?」
「……魅萱、何を言っているのかわかっているのか?」
「だってそうじゃない!いつまでも守れるわけじゃない?そんなの龍軒を産む前からわかっていた事でしょ!そんな無責任な事を言うなら、最初から産むなと言えば良かったじゃないの!」
発狂し、暴れだした魅萱を外で待機していた女中が取り押さえる。
「魅萱様、落ち着いてください!」
「そんなに暴れては怪我をしてしまいます!」
「離して!離せ!」
取り押さえられている内に、いつの間にか連れて来られていた龍軒が龍飛に引き渡される。
「阿軒!離せ、阿軒から手を離せ!」
あまりの取り乱し様に使用人達もどう対処していいのかわからず、困り顔だ。乳母も悲痛な面持ちをして魅萱から目を逸らしている。
龍飛はそのまま玄関まで向かい、表に停めてあった車に乗り込んでしまった。
「待て、この狸爺!私の阿軒を返せ!この泥棒!」
「魅萱様!」
小さくなっていくその車の背に向けて、魅萱は思いつく限りの罵声を浴びせ始めた。
それからというもの、魅萱は魂が抜けたかのように何もしない日々が続いた。食事も取ろうとしないため、痩せていってしまい、骨と少しの筋肉に皮がついているような、見るに耐えない姿になってしまっていた。このままでは危険なので、医師に見せて点滴を打ったり、無理矢理食事をさせたりとしているが、それが余計に悪かったのか、魅萱はベッドから動けないようになってしまった。
余程龍軒の事がショックだったのだろう。あの後、何度か龍飛は屋敷を訪れていたが、魅萱は龍飛の姿を見るなり発狂して最初は口悪く罵声を浴びせたり、物を投げつけたりしていた。だが、次第に龍飛に何の反応も見せなくなった。その存在すら認識しているのかわからない。今の魅萱は誰に対しても一言も発さない、ただの人形のようだ。
ある日、乳母が魅萱に食事を運ぶと、魅萱は窓の外を見ながら小さくぽつりと呟いた。
「……初めて、血の繋がった家族が出来たのよ」
「……魅萱様」
魅萱は続ける。
「私は物心ついた時から人身売買の組織で商品として売るためだけに育てられていたの。両親の顔どころか名前すら知らない。ずっと一人だった私に、念願の家族が出来たのよ。たった一人の私の宝物。なのにそれを取り上げるなんて、あんまりよ……」
魅萱は静かに涙を流した。それは久しぶりに耳にする魅萱のまだ幼さの残る声で、乳母も思わず涙を流してしまう。
それからかなりの年月が経った。心を病んでいた魅萱は前まで通りとはいかなくても、会話をするようになったし、龍飛を見て発狂する事も無くなった。ただし、前のような自然で心からの笑顔は無く、ただの作り笑いだ。
それでも龍飛はそんな魅萱の姿を見て、また魅萱に熱を入れていた。この時、魅萱は二十四歳になっていて、少女らしさは抜けて、艶やかな大人の女性へと成長していた。あれから龍軒の事は誰も話題に出さず、魅萱すら龍軒の事を聞いて来ない。龍軒が幸せに暮らしていたとしても、そうでなくても魅萱は心を痛めてしまうからだ。
魅萱が二十五歳を迎えた誕生日に、龍飛はイギリスの屋敷をプレゼントした。これにより、魅萱はイギリスへ移り住んだ。
だがその年、楊一族を揺るがす事件が起こった。
楊龍飛が何者かによって暗殺されたのだ。
銃で撃たれた後、すぐに病院に運ばれたが、年寄りである龍飛は手当の甲斐なく死んでしまった。
これにより後継を巡る争いが今までに無いほど大きくなり、どうやら上海は大変な騒ぎになっているとか。だが、楊一族本家の事について全くと言っていいほど知識の無い魅萱はこの事すらどうでもいいと思っていた。どうせ龍飛が死んだのであれば、もう自分が楊一族にいる必要も無い。これからは自由に生きられる。
だが、魅萱は楊一族から離れようとはしなかった。
また新たに腹に命を宿していたからだ。
イギリスに来た直後、体調不良を訴えた魅萱はイギリスの医者へ診てもらった。すると、妊娠していると言うではないか。
だが、この事を龍飛に伝えたら今度は産ませてすら貰えないだろう。そう考えた魅萱は産まれるまではこの事実を隠し通す事にしたのだ。今度こそは自分の手で育てたい。
龍飛が亡き今、魅萱は暫くは放っておかれるだろう。だから、子が少し成長したら、楊一族から完全に離れてイギリスで暮らしていくつもりだった。
そして楊一族の後継が決まらぬまま、魅萱は雪の降る冬の夜、子を産んだ。
暁月と名付けられたその子は男の子だったが、火の粉が降り掛かってくるのを避けるため、楊一族にいる間は女の子として育てる事にしたのだ。
唯一イギリスに着いてきた乳母は、暁月の事をお嬢様と呼び、魅萱もそうやって育てた。
幸い、暁月は完全に魅萱似であり、龍飛の面影すら無い。魅萱自身も暁月は龍軒の子なのか疑う程だった。性格も少し我儘なところは魅萱にそっくりである。今度こそは微笑ましい母子のやり取りに、乳母は常に顔を綻ばせていた。
だが、魅萱と唯一と言って良いほど似ていない部分がある。暁月はとても頭が良く、賢かった。学ぶ事が好きで、五歳だというのに医学に興味を持ち始めた。
魅萱は息子が読んでいる本の内容も理解出来ず、医学や勉強の話を持ち出された時には苦笑いをする事しか出来なかった。
乳母は特別勉学に精通しているわけでは無いが、魅萱よりかはまだ頼りになる。
「お嬢様は学ぶ事が好きなのですね」
「うん!知らない事を知るのは楽しいでしょ?それに、私は人の命を救う医者になりたい!」
「
「うん!」
「まだ五歳なのに随分と大人びた事を言われますね」
魅萱は自分と違い、よく出来た息子を魅萱は誇りに思っていると同時に、同年代の子と同じように幼稚園へ通わせてやれないのを心苦しく思っていた。
楊一族に幼稚園の事を連絡したら、女は行かせなくていいと言われてしまったのだ。楊一族は古い思考が基づいており、一族の女は政略の道具としか思われていない節があるのだ。
五歳という年齢になれば、幼稚園に通う子は通って、身内だけじゃない世界を知り、学ぶ。それが出来ない暁月はもちろん友達もおらず、暁月の世界には魅萱と乳母の二人だけである。
だが、三人で過ごす日々はとても明るく楽しく、平和だった。
きっと暁月はこのまま小学生になって、中学・高校へ通って、今のまま医学が好きならば医者の道へ進むのだろう。そしてたくさんの人を救う、素敵な医者になる。魅萱には暁月のそんな明るい未来を想像するだけで胸がいっぱいで、同時に目の前の暁月をとても愛らしく感じた。
しかし、魅萱はそういう星の元からは逃れられないのだろうか。
その僅か一年後、楊一族の兄弟の内三人が突然死を迎える事になる。
残ったのは四男の
そして龍瀏が首領となって数ヶ月後、突然、龍瀏がイギリスの屋敷へ訪問すると連絡が入ったのだ。なんでも、妹に会いたいだとか。当然断る事も出来ず、恐る恐る受け入れた。
「初めまして、魅萱夫人。お会い出来て光栄だ」
「こちらこそ。わざわざ訪問頂き光栄ですわ」
母と乳母意外の人とほぼ初めて接する暁月は、恥ずかしいのか怖がっているのか、魅萱のスカートの裾をぎゅっと握って離れようとしない。
魅萱も魅萱で、自分よりも年上なのに義理の親子という関係がどこか居心地が悪い。
中へ通し、茶を出すとようやく暁月も魅萱から離れて席へついた。
「……やはり、暁月は夫人によく似ている」
「そうでしょうか?私と違ってよく出来た娘なんですよ」
魅萱と乳母が茶菓子の用意で忙しくしている時、暁月と龍瀏の間には何とも言えない冷めた空気が流れる。
格好や言葉だけは良くしているが、どこか舐めているのが伝わるし、先程から暁月の事をねっとりとした視線で見てくる。暁月は龍瀏がとても怖いと感じていた。
魅萱と乳母が戻ってきてからは、また普通の空気感に戻った。
「阿月、どうしたの?あなたが好きな月餅よ?」
「……私、もういらない。お部屋で休んでいてもいい?」
「まあ、どこか体調が優れないのですか?」
「そうじゃないけど……」
暁月は一刻も早く龍瀏から離れたかった。何が理由なのかは暁月自身もよくわからないが、子供の勘というやつなのか龍瀏は危ないと自分の中で訴えているのだ。
「……というわけなので、首領。すみません、暁月はこの辺で……」
暁月の様子がおかしいと感じた魅萱は立ち上がり、暁月を自室に戻らせようとしたその時だ。
龍瀏が急に手を挙げたと思いきや、どん、と破裂するような鋭い拳銃の音が一発、空気を跳ね返すかのように響き渡った。
「……え?」
誰に当たったわけでもなく、ただ音がしただけだ。
だが、それは龍瀏が撃ったものでは無い。気が付けば暁月と魅萱、乳母の背後を数人の武装した男達が囲んでおり、銃口を向けている。
魅萱は咄嗟に暁月に覆いかぶさった。
「か、母さん?どうしたの?」
「……何でもないよ、大丈夫」
暁月は武装の男達を見ていないらしいが、銃声ははっきり聞こえたはずだ。銃声なんて聞いた事が無い暁月には、それが何の音かはわからなかったようだ。
「……首領、どういうおつもりで?」
「あなたも知っているでしょう?私は今、楊一族の"掃除"をしている」
その言葉を聞いて、魅萱は他の兄弟が突然死を迎えたのは全て龍瀏が関わっていると察した。そして、龍飛の暗殺も恐らく……
「私達は首領の地位や財産には興味ありません!」
「夫人、今はそうでも人の心とは簡単に変わるもの。全ての火種は先に摘んでおかなければならない。私達民族の歴史から見ても、そうでしょう?」
「……暁月はまだ六歳です。それにこの子には他になりたいものがあって」
「もう無駄な言い合いはやめましょう、夫人」
その瞬間、引き金の音が鳴り、再び一、二発と銃声が鳴る。
魅萱は暁月をぎゅっと覆いかぶさり、目を閉じたが、一向に痛みは来ない。目を開けると、隣にいたはずの乳母が胸から二箇所、血を流して倒れていた。
「……嫌だ……なんで……」
再び引き金を引く音がなると、魅萱は近くにあった椅子を銃口を向ける男達に向かって投げつけた。そのうちの二人と頭部に当たり、その隙に持っていた銃を奪って二人を撃ち抜く。そして少し距離を取り、暁月を抱き上げると龍瀏に向かって銃口を向けた。
「夫人、無駄な足掻きはよした方がいい。楽に逝けませんよ」
「うるさい!」
暁月は目を開いたまま血を流している乳母を見て、目を大きく開いた後、涙を流し始めた。
「母さん、ばあやが!ねぇ、母さんってば!」
ばあや、ばあやと泣き叫ぶ暁月に今は構っていられなかった。
銃口を向けられているというのに、龍瀏は抵抗しないどころか余裕の表情を浮かべている。
何かが気に掛かり、魅萱は抱き上げていた暁月を下ろす。
銃の引き金を引いた時、魅萱は絶望した。
この銃にはもう弾は入っていなかったのだ。
「暁月!走りなさい!」
裏口がある。裏口の方へ暁月を押すと、暁月は走り出した。
武装した男達が暁月に銃口を向けようとしたが、龍瀏のやめろと言う声でその手は下ろされる。
「自分だけ残って、相変わらず子供想いな母親だ」
「……あんた達を呪ってやる。私の娘に手を出したら、ただじゃおかないよ!死んだら化けて出てやるんだから!」
魅萱はそのまま殺される。そう思っていた。だが、後ろの武装していた男達が魅萱を取り押さえたのだ。魅萱はもう抵抗するような動きは見せず、ただ下から鬼のような形相で龍瀏を睨んでいるだけだった。
「やれるものならやってみるといい。一族には暁月もいるのに」
「母さん!」
男の一人に連れてこられたのは先程逃げたと思った暁月で、懸命に抵抗しているも、何一つ相手にダメージを与えられていない。
「一族の血を引く女は利用価値がある。だから暁月の命だけは保証しよう」
暁月は魅萱の目の前に連れてこられると、同じように取り押さえられた。二人は向かい合うようにして自由を奪われ、床に膝をついている。
男の一人が銃口を魅萱の頭に突き付けると、魅萱は言った。
「阿月、目を閉じなさい」
「やだ……やだよ、母さんを離してよ!お兄さん、お願い!」
暁月は後ろにいるであろう龍瀏にそう嘆願するも、それに対する答えは帰ってこなかった。
「下賎な女が死ぬところを目に焼き付けておくがいい。楊一族の恥が死ぬ瞬間をな」
暁月は頭をぐっと捕まれ、よそ見が出来ないように固定された。
「やめて!やめて!母さんに何するの、やめてよ!お兄さん!お兄さん!」
「阿月、母さんはどんな阿月でも愛してるからね。幸せに生きなさい」
その言葉を最後に、冷たく銃声が響いた。
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