第18話.聖女は残念特典におののくの

「聖女が出たらしいぞ!」

「じゃなきゃ、魔物が現れるわけがない!」

「聖女はどこだ」

「ヒュー。人がいない方へ誘導してくれ」

「――ああ! ついてこい」


 レジナルドの声掛けで、ヒューが顔を変形させる。目の下に線が入り、耳と鼻だけがおおおかみ様になる。爪が伸びて四つ足で走り出す。その瞬間、確かに彼はアリスから顔を逸らしていた。


「アリス、胸にもたれかかって欲しい。少し急ぐ」


 身を乗り出していると、上からレジーの声が降ってくる。耳に心地よいテノールの声。発音と丁寧で上品な言葉は、いい育ちなんだなと思う。だけど力強く頼まれると身が引き締まる。

 

 横を見ると、鍛えた上腕三頭筋がしっかりアリスを支えていて揺るがない。


 ――ヒューの案内は確かだった。裏路地で人がいない。彼を先頭にして走る皆達。アリスはただ腕の中にいればいいだけ。


(街の人々に見られたらいけないのは、私?)


 門がみえてきた。朽ちさびれたそこは、半分壊れていた。そこは先ほどの建物よりも荒れていた。あちこちに、墓石が刺さっている。というのもまっすぐなのは一つもない。倒れたもの、斜めになっているもの、石は丸みを帯びていたり、欠けていたり。墓地?


「アンデットが出そうだな」

「夜になると出るさ。ただ、今はコングコングの気配で恐れて出てこない」


 会話を聞き流す。そう言う世界なんだ、と思う。アンデット、つまり動く死体とかゴーストとかと今後闘わなきゃいけないの?


「聖女のあなたならばそのうち神聖魔法が使えるようになるから……アンデットは避けられるわ」

「一番、得意になるよ!」


 グレースとヴィオラが言うけど、それって最前線に立てということ?


「出口だ」


 レジーの宣言に、視界が開ける。ここも石だらけの平野だった。


「もう少し走ろう」


 ローランの提案にまだ走り続ける。


「俺が先を、見てくる」


 イヴァンが言って姿を消す。彼はアリスを見もしなかった。なんだかそれが悪いような気もしてくるけど、彼は気にもしていない。


 一時間走り続けて、ようやくアリス達は足を止めた。と言ってもアリスは何もしていない。イヴァンの話では、街はこの先、十キロのところにあるそうだ。ただし、小さな里みたいなところ。納屋に泊めてもらうようは話を通しておいたと。


 木陰に座らせてもらったが、女性のグレースとヴィオラが全く息を切らしていないのを見て凹む。残り十キロ。まあ歩けなくはない。三時間も歩けば着くだろう。


 午後四時から、朝の十時までお産で十六時間走り回る助産師にはつらくない、と思うのだけど。道次第とモンスター、あと歩幅について行けるか、それからこの靴。


(平らな病院内を走るのとは違うもんなあ)


 お荷物は辛い。


「――次の街は小さいのでしょう? 聖女証明書の再発行と運動靴購入は無理だね」

「失くしたのか!?」


 靴、買ってってもらう約束だったのに、未だに室内用スリッパだ。


 呟くと最初に責めるような驚き発言したのはイヴァンだった。アリスはその責めように驚いてたじろいで、彼を見つめ返す。


「いや、そのローランドが……」


 再発行できるって……。


「そんな、嘘でしょう」


 グレースの沈痛な表情にアリスは、え、と首を振る。なに、みんな。


「再発行なんて、できるわけがない。――聖女は各区画一人だけ。魔法が使えない、証明書がない、お前が聖女だと証明できるものは何もない」

「なんで、ローランは再発行できると言ったの?」


 グレースが愁いの表情でローランドに首をかしげると、彼はこれまた困ったように笑い後ずさる。どこか残念美形だけど、それを信じて失くしたのは自分だ。つまり自分が悪い。


「いや、たまに聖女証明書が再発行されていると聞いて……」

 

 レジーが拳をにぎり締めて、重たげに口を開く。

 

「それは、聖女が死んで、新たに召喚された時、だよ」

「再発行はそういう時なのか」


 ローランの納得した、という拳を握る仕草にアリスは言葉を失った。皆もぎょっとして、それから黙り込んだ。


 このローランドの暢気さ。彼は迂闊ヤロウらしい。安心したのはアリスが責められなかったことだけど、失くしたのは自分なので、やっぱり自分が悪い。


 レジーはローランドが再発行できるというおかしな発言に気づいて、でも状況から黙っていたんだ。


 あの時の彼が妙に体を強張らせていた理由が分かった。というか……死ぬんですね。聖女も。

 そしてまた再召喚。それがもとの世界に帰れるというのならばいいけど……。


「第一区は教会が無くなり、もう召喚ができない。だけど大丈夫だよ、俺達は君が聖女だってしっている」


 ローランの微笑みの背後からヒュー突っ込む。そんなのも虚ろな目でしか見られない。聖女も死ぬんですね……。


「逆に聖女じゃないって理由の方がありありだけど」

「こら」


 ヴィオラがヒューの背中を叩いて「いてえな」と振り返らせている。ヒューの態度はいつものものにもどっているけど、アリスに対するのがぎこちない。


「――聖女証明書がないと、何が問題なの?」


 ため息をついて尋ねる。知らないことだらけ。だいたい未だにこの“パーティ”(と言ってしまっている自分が嫌だけど)に加わるなんて言ってないし、魔法が使えないなら聖女じゃないならもういいじゃん。


 早く死ぬ前に元の世界に帰して。それより何でここに来た。異世界行きたいおっさん、異世界転生したい悪女、溢れているのに。


 まさかの悪女じゃないのに、呼ばれてしまった。


「聖女特典が受けられない」

「特典?」


 ホテル宿泊で夕食にカニをつけます、とかじゃないよね。


「夕食にパンをつけますとか、宿泊代をただにするとか」

「まじで!?」


 そんなことで私は必要とされていたのか。


「アリスの疲れも取れたようだし、とりあえず、次の街に向かいながら話そう」


 問題を起こしたのは私だけど。問題を複雑化したのはローランだぞ。そんなことを言えるわけもなく、彼の明るく前向き発言に、皆が頷いた。


 たまに無理やり展開でも進んでいくな。死なないようにこそこそ生きていこう。そういうスローライフラノベもあるな。でもチートでした、みたいな。


(というか、私の疲れをとるための休憩みたいに言わないで)


 歩いてないのに、自分が疲れるわけがない、思う。けど誰も突っ込まない。ヒューでさえ言わない。


「ほら、つかまれ」


 イヴァンが手を差し伸べてくる。握手?


「ちがう、背負ってやる。靴がないのだろう」

「でも。……歩くよ」


 ちらりとレジー様を見てしまうと彼と目が合った。彼は苦笑してる。その苦笑は何!? 


「お前の世話係は俺だ」


 嫌ないい方、でも確かに世話をみてもらっているのは確か。誰かそんな言い方はないだろう、と言って……くれるわけないか。


「イヴァン、まだ聖女の騎士登録はしていないだろう?」


 と、自分を背負い歩き始めたイヴァンの背後からレジーが静かに言い放つ。


 アリスは振り返る。その背に大きなクレイモアを差すレジナルドが二人のことを見ていた。


「そのために行ったのだろう、今日は」

「……ああ」

「それから、その物言いは少し変えた方がいいよ。それにアリスを運ぶならば俺もできる」

「……お前はクレイモアがあるからコイツを背負えない」


 なんか変な展開だ。そんな取り合いをされるような立派な人間じゃなかったけど、聖女様を得た者はうんぬんってそんなに欲しい資格?


 眠くてあくびをしてしまう。なんでこんな大事な場面で……。


「ほら、アリスが疲れてきたよ。早く次の街に行こうよ」

「暗くなれば魔物が出るわ」


 すごく、眠い。会話の合間にイヴァンの背で寝てしまいそう。


「お前は。人に負ぶわれて眠るな。しっかり掴まってろ」

「そうだけど……」

「アリスは、俺達に精気を与えてくれてるんだ。コングコングと闘って疲れている。早く休めよう」

「……ちょっッと待って」


 そんな話、何!? 一瞬だけ目が覚めた。慌てて声を出す。眠い。


「もしかして、聖女って」


 みんながまた視線を交わす。やめてそれ。もう全部話してよ。


「イヴァン。アリスは召喚後、何も教えられないまま教会から出てきたと言ったね」


 横をレジナルドが歩んできて尋ねる。イヴァンは黙って前を向いたままだ


「先ほどの続きだが。聖女は回復魔法のほか、魔王討伐パーティの正式登録をすればメンバーに力を与える。常に精気を与えるんだ。――それもアリスに教えてないのかい?」

「ちょっと……聞いてない」


 アリスが呟いても、イヴァンは黙ったまま、どこかこのパーティの中で沈黙が降りる。

 ようやくグレースが口を開いた。


「普通は、教会で教わってきた上でメンバーに加わってくれるのよ。だから私達も何が知らないのかわからなくて。ごめんなさいね」


 どうりで疲れるのか……。今はもう、イヴァンのお腹の前に手を回してるのも辛い。辛いというより眠くて仕方がない。


(何か、少しずつ情報を小出しにされるのだけど)


 でも、教会で聞いてるハズと言われるとこちらも……何も言えない。


「聖女証明書がないと、聖女だと証明するすべがない。魔王討伐隊だと支持されないとただの騙りだ」

「それより、ローラン。どうやって、アリス抜きで聖女証明書を出してもらった?」


 鋭く、レジナルドが問いかける。それを夢うつつで聞いている自分。


「――それは」

「本人抜きで、貰えるわけがない。どうやった?」


 ローランの声が聞こえた気がした。けれどそのあとは意識が遠のいていく、そして眠ってしまった。



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