花庭縁満タイムリープ

前編

プロローグ

 家の中は、まるで嵐が通り過ぎた後のようだった。

 テーブルが真っ二つになっていた。食器棚から零れ落ち、砕けた皿が、床に散乱していた。

 そして、パパとママが、部屋の隅で死んでいた。

 二人は壁にもたれかかって、肩を寄せ合うようにして眠っていた。

 パパの下半身は無かった。ママの身体からだには、袈裟懸けにぱっくりと、大きな切り傷が口を開けていた。

 血の匂い。そして、魔力の匂い。

 ――暴力と死の匂い。

「……泣いている、暇は無い」

 わたしは、黒い狐の面をバッグから取り出すと、それを付けた。

 顔の上半分のみを覆う程度の、小さなお面。しかし、付与された魔法によって、正体を確実に隠してくれる。「最後の手段」のために、用意しておいたものだ。

 彼が世界を滅ぼす前に「最後の手段」で、わたしは

 パパとママの身体から流れ出た血液。僅かに二人の魔力が残るそれを使って、わたしは壁に魔法陣を描く。

 わたしだけでも生き残ったのは幸運だった。だから、わたしがやらなければならないんだ。

 やがて、魔法陣は完成する。わたしは仮面に触れて確かめる。

 わたしはやるべきことをやるだけ。だから、もう泣かない。

「それじゃあ、パパ、ママ。――行ってきます」

 魔法陣が起動する。

 わたしは、戻れない旅路へと、足を踏み入れた。

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