祠おじさんVS祠ぶっ壊し爺

隣乃となり

探しています!今月の行方不明者3名:■■■■さん、■

今、僕の目の前には解体された、というより、無惨に破壊された祠がある。


……まずい。


冷たい汗が背中をつうっと伝うのがわかった。バクバクと心臓がうるさく跳ねている。


そこで突然、背後から低い少し嗄れた声が飛んできた。


「おーい、そこのキミ!」


驚いて、ばっと振り返る。


そこには、多分四十代くらいの、少し長い髪を後ろで結った背の高い男の人が立っていた。ニヤニヤと笑っていたが、目は底なし沼のように暗く濁っていて、少しこわい。


ふと冷静になった。今の僕は、どこからどう見ても目の前の祠を破壊した犯人だ。

でも何も言えない。証拠もない。どうしよう。どうしよう。結局何も言えないまま僕が突っ立っていると、男の人が続けて喋りだした。


「キミ、その祠壊しちゃったの?」


違う!違うんです!そう言いたいのに、身体が硬直して、声が掠れて言えない。

そんな僕の様子を、彼は肯定だと受け取ったようだった。


「あちゃー。じゃあもうダメだね。残念だけどキミ、最悪死…」


「違う!!!!僕じゃない!」


やっと声が出た。僕はおじさんをきっと睨みつける。冤罪は御免だ。


突然怒鳴った僕におじさんは少し驚いたみたいだった。でもすぐに余裕そうな表情に戻って、目を細めて「ほう?」と聞いてきた。


「僕じゃないんです。あなた、ここの人じゃないから知らないんでしょうけど…最近この村で、村中の祠を手当たり次第壊す変なお爺さんがいるんです。」


僕がそう言うと、おじさんは面白そうだと言わんばかりにニヤリと笑った。でもまだ僕のことを少し疑っているようだ。


「祠を壊すと良くないことが起きるんですよね?でもあのお爺さんは祠を何個も壊しているのにいつも通り元気なんですよ。どういうことなんですか?」


おじさんは答えない。こちらの出方を窺っているようだった。


「でもあの人自身には何も起こってなくても、村では悪いことが起こってるんですよ。今月だけで、もうこの村では三人も行方不明者が出てるんです…偶然とは思えません!あのお爺さんをとめなきゃ」


「…まあ、話は一通りわかった。じゃあまずはその祠を壊しまくってる爺さんとやらに会いたいんだけど」


おじさんはワシャワシャと頭を搔き、笑った。





この村にある祠…というより、この村にまだ残っている祠はもうわずかだ。全部あのお爺さんに壊されてしまったのだ。


ここから一番近い祠は…


「うわマジか。本当じゃん」


僕はおじさんを連れて、学校の近くの林へと来ていた。ここには木でできた少し小さめの祠がある。

そしてそこの祠はちょうど今、一人の老人によって破壊されているところだった。

斧を振り下ろし、完膚無きまでに祠を破壊しているお爺さんを見て、おじさんはため息をついた。


「なんだあの爺さん…」


お爺さんは僕たちの存在に気付くそぶりすら見せず、ただただ一心不乱に斧を振り下ろしている。


僕がどうするべきか悩んでいると、おじさんが一歩前に出て言った。


「キミは一旦別のところに行っててくれないかな」


「え?なんで…」


「見ててあまり気持ちの良いモンじゃないからさ。ほら行った行った」


この人ははお爺さんを止めるつもりなのだろうか。確かに、中学生が行くよりは大人が止めに行ったほうがいいだろう。


おじさんからの無言の圧を感じたので、僕は少し不服だったが諦めてくるりと背を向けて歩き出した。




「ぎぃやぁぁぁあぁぅぃあ!!!!!!」


だいぶ離れたなと思った瞬間、絶叫が聞こえた。

まさか、おじさん…!?あのお爺さんは斧を持っていたし、もしかすると…

僕は急いで祠の場所へと走った。



「…おじさん!」


でも僕がそこで見たのは、予想もしていなかった光景だった。


お爺さんの首に斧が刺さっている。


どくどくと真っ赤な、真っ赤な、血。血が流れている。なんで。噴き出している。おじさんは無事だった。はあ、はあ。何が。でも彼は…お爺さんを…。何があった?

お爺さんはその場に倒れ込み、ピクピクと痙攣しはじめた。



咄嗟に、逃げなきゃと思った。



でも足が竦んで動けない。ガクガクと震えて力が入らない。


「あちゃー、見られちゃったか」

おじさんがこちらを見て、笑った。返り血で顔も服も真っ赤に濡れている。


嫌だ。わからない。なんで。助けて。殺さないで。死にたくない死にたくない。脳内は言葉で埋め尽くされるのに、声に出せないのが苦しい。 



その瞬間、空が暗くなった。暗く、なったのだ。おじさんもこれは予想外だったようだ。黒く、暗く。雲かな、と思ったけど、違う。たくさんの大きな手が、手が、手が!僕とおじさんを取り囲んだ。

僅かな光が消えるのと同時に、逃げ道は消え失せた。


「オマエ、お前お前お前お前おまえおまえぇぇぇ!!!!!!」


上から声が聞こえた。おじさんの声でもお爺さんの声でもない、何重にも重なった歪んだ声だった。男の声なのかも女の声なのかもわからない。大人なのか、子どもなのかも。


「なぜこわした。ほこらをこわした。あれは唯いつの…ゆいいつのホンモノだったというの二」


本物…?何を言っているんだ?


「あんなもの、村中にばかみたいにおいてあるほこら、あんなのほこらじゃない。あんなのはちがう。おまえたちはいつまでわたしを迫害スルつもりなんだ」


おじさんも戸惑っているみたいだった。祠じゃない?どういうことだ。


「ほんものは…わたしだ」


声がそう言うと、頭上に大きな顔が現れた。…あの、お爺さんだ。黒目が異常に大きく、口から無数の手が飛び出している。


「ハッ…嘘だろ」


焦っているおじさんを見て、まずい事態が起こっていると改めて感じた。


まさか…あのお爺さん自身が祠だったのか?そんなバカな。おじさんがあのお爺さんを殺したから、壊したから、祠を壊したから……。


本当の厄災だ。本物とはこういうことだ。


死んでしまう。


「はぁ~~~」


おじさんはもう何もかもを諦めたようだった。ポケットから薄汚れた煙草の箱を取り出し、一本引き抜き、それからライターが無いことに気づいて、つまんなさそうに煙草を放り投げた。


「結婚詐欺ももう飽きたから、今度は流行りの祠おじさんとやらをやってみようと思ってたんだけどな。まあいいや、この村もまあまあ楽しめたしな。………三人ね。ま、上等か。」


おじさんは僕の顔を見て、にかっと笑った。

…なんでそんなに、清々しい顔してるんだよ。



ぐしゃっ。



おじさんは一瞬で僕の視界から消えた。潰されたのだ。上から伸びてきた手に。


僕ももうじき、おじさんと同じ目に遭う。



上を見た。大きな手が真っ直ぐこちらに落ちてきている。


大きなお爺さんの顔が僕を見ている。

目が合った。お爺さんは笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

祠おじさんVS祠ぶっ壊し爺 隣乃となり @mizunoyurei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画