第4話

 

「ご協力ありがとうございました」

「いえ……よろしく、お願いします」


 小さな声だがその声には切実な願いが込められていた。

 ダニエルは丁寧にお辞儀をして、踵を返す。背中に視線を感じながらひたすら歩いた。その視線がなくなるまで。


 しばらくして足を止めた。手帳を取り出し、該当欄にチェックを入れる。知らずに溜息が漏れていた。これで何件目だろうか。まさかこんなに行方不明者がいるとは。


 ダニエルはここ数日、エーリヒから教えてもらった行方不明者リストを元にひたすら彼女達の家を訪ね、その家族や知人達から情報を集めていた。ちなみに家の場所については、居酒屋の店主でもあり、情報屋も担っているダミアーノから買った。ダミアーノもいずれ必要になるだろうと考えていたのだろう。依頼した時点ですでに情報を持っていた。おかげですぐに動くことができたのだが……如何せん人数が多すぎてキリがない。


「うーん」とうなりながら手帳をめくる。次のページそこには新しく書き足したリストがあった。


「……ひとまずリポッソに行きますか」


 そろそろ閉店時間になる。ヴィリーとエーリヒを二人きりにさせるのは不安だ。未だにヴィリーはエーリヒのことを疑っている。油断させて証拠を掴んでやると息巻いていた。もはや、あれは言いがかりというか執念に近いと思う。



 ◇



 閉店したリポッソで、各々が集めた情報を交換し、整理する。というのが最近の日課。精力的に協力してくれている二人のおかげで情報がたくさん集まっている。が、その情報が使えるかどうかはまた別の話。今のところ『謎』と『確認しなければいけないこと』だけが増え続けている。今日こそは、とダニエルは期待をこめてエーリヒを見た。


「それで、先日お願いした件について聞いてくれましたか?」

「はい」


 頷きはしたものの、エーリヒの表情はかたい。


「ダニエルさんに言われた通りそれとなく他の店にも探りをいれてみたんですけど……行方不明者が出ているのはうちだけではありませんでした」

「やっぱり……」

「ダニエルさんは最初からわかっていたんですか?」

「確信があったわけではありません。ただ、もしかしたら……とは思っていました。それなりの人数が行方不明になっているわりに噂になっていませんでしたから」

「噂、ですか?」

「はい。リポッソの客層は若く、女性客が多い。あれくらいの年齢の子達は『噂』に敏感です。それなのに行方不明者の噂は流れていない。ということは、もしかしたら今回の事件は僕達が知るよりもっと大きな規模で起きているのかもしれない。たとえば、ヨハン商店街で、それどころかメーベルト領全体で。そうであれば、彼女達が口を閉ざしていることも納得できる。そう、考えていました」


 小さな噂程度ならともかく領地全体の信用に関わる噂を口にすることはさすがに彼女達でもはばかられるだろう。自分が狙われるリスクもある。それに、噂を流そうとしたところで周りの大人たちが放っておくはずもない。

「なるほど」と頷き返したエーリヒ。


「でも、こうなってくると私達だけで解決するのは難しいですよね。警備隊に知らせた方が」

「無駄です」


 今まで黙っていたヴィリーが突然話を遮った。驚いてダニエルとエーリヒが視線を向ける。

 ヴィリーは拳を握り、怒りを抑えているようだった。


「何か、あったんですか?」


 ダニエルが尋ねるとヴィリーはちらりとエーリヒを見た。


「先日……警備隊にこの店の常連客が行方不明になっていることをリークしました」

「?! ヴィリーさんそれは待ってほしいと」

「でも! 警備隊はそれでもまともにとりあってくれませんでした。それどころか僕を脅してきたんです!」

「脅された? 警備隊からですか?」

 困惑するダニエルに、ヴィリーが深く頷き返す。

「はい。これだけ行方不明者がいるんだからさすがに警備隊も動いてくれると思ったんです。でも、警備隊は「証拠がないなら動けない」と取り合ってくれませんでした。それどころか、「変な噂が流れて観光客が減ったらおまえのせいになるんだぞ。責任がとれるのか?」と脅してきたんです」


 エーリヒが「そんな」と呟き、ダニエルに視線を向ける。


「そ、それなら、うちだけではなくヨハン商店街全体で起きていることだと伝えたらどうでしょう。このリストを証拠として持っていけば」


 それに対してダニエルは首を横に振った。

「結果は同じだと思います。このリストはただの行方不明者名簿でしかありませんから。犯罪に巻き込まれた証拠にはなり得ない。……今のメーベルト領は領地全体が保守的になっています。理想郷を壊さないようにと皆慎重になっている。だから、警備隊も、事情を知っているはずのヨハン商店街の店主達も率先して動こうとしない。彼らを動かすには……少なくとも警備隊の人が言った通り『犯罪が起きている確固たる証拠』が必要なんだと思います。それまでは、僕らだけで捜査を進めるしかありません」


 暗い表情を浮かべる二人から視線を逸らし、ダニエルは手帳に新しい情報を書き加える。そして、を始めた。


「行方不明になっている人達の共通点は一貫して『若い女性』ですね。でも、最初の頃は偏りなく各店の客を狙っていたのに、最近になってリポッソの客だけが狙われている……」

「確かに。何か理由があるんでしょうか?」

「それは……犯人があなただからじゃないんですか?」

「はい?」


 目を白黒させるエーリヒをヴィリーが血走った目で睨みつける。これはまずいとダニエルが思った時にはヴィリーの口から突拍子もない自論が飛び出していた。


「あなたが一連の犯人じゃないかと言っているんです! その顔を使えばいくらだって女性はよってくるでしょうからね。最初は疑われないように色んな店の客を狙って、バレないと確信してから自分の店の客を物色し始めた。それで、集めた女性達をどこに隠しているんですか? まさかもう他国に売り飛ばしたんじゃあ」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 慌てて二人の間に身体をねじ込む。

 けれど、身長も体格も負けているダニエルではヴィリーを抑えきれそうにない。


「ダニエルさんどいてください。邪魔です。僕が話があるのは後ろの男だけで」

「ヴィ、ヴィリーさん落ち着いてください。まずは僕の話を聞いてから」

「どけって言っているだろう!」


 我慢の限界がきたのかヴィリーはダニエルを力づくでどけようと横に押し出した。押された身体が倒れる。襲ってくる痛みを覚悟して目を閉じた。が、予想していた痛みはいくら待ってもやってこない。


 ――――あれ?

 目を開けるとダニエルはエーリヒの腕に抱き留められていた。

 ――――え? なんで? な、なんかいい匂いがするんですけど! ってそんなこと考えている場合じゃないっ!


 慌てて体勢を戻そうとするがエーリヒの力が強すぎて逃げられない。仕方なく顔だけを向けると、エーリヒがダニエルを抱えているのとは別の手でヴィリーの腕を掴んでいるのが見えた。しかも、いつもの柔和な笑みは消え、怒りを露わにしている。


「謝ってください」

「はっ。誰があなたなんかにっい"」


 掴んでいる手に力をこめたのか、ヴィリーの顔が歪む。


「僕にとは言っていません。ダニエルさんにです」

「っ。僕は、悪くない。悪いのは言うことを聞かなかったダニエルさんで」

「そうやって」

「うぁっ!」


 エーリヒの握力はいったいいくらあるのだろうか。はたから見てもヴィリーの手がかなりの力で掴まれているのがわかる。しかもまだまだ力を加えることが出来そうだ。


「そうやっていつもあなたはアルマさんのせいにしていたんですね」


 エーリヒの言葉にヴィリーの目が開かれる。

「ちがっ。僕はそんなつもりじゃあ」

「ええ。あなたは無意識だったのでしょうね。無意識にアルマさんを自分の支配下に置こうとしていた。でも、アルマさんは結婚を前にしてあなたの異常さに気づいたんです。だから、あなたと距離を置こうとした」

「やっぱり。おまえがアルマをそそのかしたんだなっ!」

「いいえ。私はただ彼女の相談にのっただけです」

「嘘だ!」

「ヴィリーさん! エーリヒさんの言っていることは本当だと思います!」


 慌ててダニエルが口を挟む。驚いたようにエーリヒがダニエルを見た。その顔の近さにダニエルが顔を赤らめる。エーリヒは慌ててダニエルを解放した。


「すみません」

「い、いえ」


 エーリヒも顔を赤らめているのが気まずい。が、今はそのことを気にしている時ではない。ダニエルは咳払いをしてヴィリーと向き合った。その前にエーリヒに彼の腕を放すようにお願いする。エーリヒは黙って従ってくれた。腕を擦るヴィリーに向かって説明する。


「まず、『エーリヒさんが一連の事件の犯人である可能性は低い』ということを先にお伝えしておきます」

「それは……『調査した結果』ということですか?」

「はい。今回の事件は複数犯、それも組織犯である可能性が高いです」

「でも、エーリヒさんがその組織の一員だっていう可能性はあるんじゃないんですか?」

「いえ。その可能性は低いと思います。調査した結果特に怪しいところはなかったというのもありますが、エーリヒさん自身が自分から今回の事件について調べていたというのが一番の理由です。そういうフリをするにしても、わざわざ情報屋を使って調べるなんてリスキーなこと犯人なら絶対にしないでしょうから」


 単独犯や愉快犯であればともかく。今回の犯人はどちらにも当てはまらない。

 ダニエルの説明で、ヴィリーは渋々納得したようだった。ただ、ヴィリーの本題はそこではなかった。


「犯人かどうかについては『探偵』であるダニエルさんの意見を信じることにします。ですが、アルマとの関係についてはどうなんです?」

「それは……」


 ちらりとエーリヒの様子を窺う。エーリヒは困ったような顔で口を開いた。

「関係と言われましても……先ほど言った通りですよ。私は相談を受けていただけで、アルマさんとは店以外で会うこともありませんでしたし」

「嘘ですね。それ以上の関係だったはずです。そうじゃなければアルマが僕を避けるはずがない」

「それについては、」


 言い淀むエーリヒ。ヴィリーの睨みが強くなる。見ていられなくなったダニエルがエーリヒの代わりに口を開いた。


「アルマさんがヴィリーさんと距離を取ろうとしたのはあなたとの将来を真剣に考えようとしていたからじゃないですかね」

「何も知らないくせにいい加減なことを言わないでください」

「いい加減なことを口にしているわけではありません。アルマさんの家を調べた結果そう思ったんです」

「……部屋を調べただけで何がわかるって言うんです」

「アルマさんは、普段から節制をしていましたね?」

「そうですが」

「かなりお金を貯めていたみたいですが、その理由は知っていましたか?」

「それは……まあ」


 言葉を濁しているということはヴィリーもわかっているのだろう。

 ダニエルは触れられたくないであろうことをあえて口にした。


「失礼を承知の上で言いますが……ヴィリーさんの薄給ではアルマさんの望む結婚式が挙げられない。だから彼女はお金を貯めていた。そうですよね?」

「それは、でも、僕はできるだけお金をかけない結婚式をしようって言ったんです。でも、アルマは納得してくれなくて我儘を」

「我儘じゃありません。そんな言葉で片付けないでください。結婚式は女性にとってとても大切なモノ。普段よりも綺麗に着飾りたいと思うのも、普段お世話になっている人達に祝ってもらいたいと思うのも至極当たり前のことです」


 よこやりをいれたエーリヒをヴィリーが睨みつける。苛立ちが募っているようだ。口調が次第に荒々しくなっている。


「そんなの必要ない。アルマはそのままで充分綺麗なんだから。それに、アルマには両親がいない。盛大な結婚式を挙げて、参列客に変な目で見られたらそれこそ可哀相じゃないか」

「そんなことアルマさんは承知の上です。承知の上で人を呼びたいと言ったんです。その中には普段お世話になっているバイト先の店長夫妻もいたはず。特に彼らにはきてもらいたかった。アルマさんにとって彼らは両親のような存在ですから」

「な、なんでおまえがそんなことを知って……だ、第一そんな理由なら言ってくれればよかったんだ。そうしたら」

「言いたくてもできなかったんですよ。あなたがアルマさんに手を上げたから」

「っ!」


 まさかそこまで知られていると思わなかったのか、顔色が悪くなり視線を泳がせるヴィリー。そんなヴィリーをエーリヒは冷めた目で見据えている。

 分が悪いヴィリー。けれど、次の瞬間開き直ったような顔で悪態をつき始めた。


「そもそも僕を怒らせるアルマが悪いだろう。それと、話を逸らさないでもらえますか? 誤魔化してないで、いい加減アルマとの関係を白状してください」

「まだそんなことを言ってるんですか」


 呆れ顔のエーリヒ。このままではキリがないとダニエルは口を挟む。


「ヴィリーさん。エーリヒさんとアルマさんの間には本当に何もなかったと思いますよ」

「その『証拠』があるんですか?」

「証拠はありませんが。関係があったという『証拠』もありません。それに、エーリヒさんがアルマさんにそういう感情を抱いていないというのは間違いないので……」


 ちらりとエーリヒを見る。エーリヒはその視線を受け、目を瞬かせた。

 ヴィリーが疑うような目でダニエルを見る。


「『鑑定魔法』ってそこまでわかるんですか?」

「『鑑定』……もしかして、ダニエルさんはんですか?」


 エーリヒの問いかけにダニエルは一瞬迷った後頷き返した。理解していないのはヴィリーだけ。

 エーリヒは決心した顔でヴィリーを見た。


「ヴィリーさんに信じてもらうためには仕方ありませんね。私の秘密を話しましょう。ここだけの話にしてほしいのですが……私の恋愛対象は……ではありません」

「……はい?」


 ヴィリーは眉間に皺を寄せ、固まった。

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