六
「……それを知ってどうするの?」
凛玲はようやく絞り出した声で、翠玉に問いかけた。
「依頼人がわかったところで……どうしようもないじゃない、翠玉にだって、あたしと同じ戒めがあるんだから」
翠玉はなにも言い返せなかった。
凛玲のいうことが正しかったからだ。
翠玉には実行人としての戒めがある。
だから、依頼人を突き止めたところで、このままでは殺すことさえできなかった。
それについての対処法を、翠玉ももちろん考えている。
だが、まだ決心はついていない。
そうしているうちに凛玲が行動に出た今、そんな悠長なことを言っている暇もなくなった。
だから翠玉は、最も早い解決法を弾き出す。
「凛玲……一緒に逃げよう」
凛玲は耳を疑い、ゆっくりと顔を上げた。
すると、すぐそばにある意志の強い瞳とぶつかる。
美しい衣で砂地に座り込み、凛玲を見つめる翠玉は、天女のように神々しかった。
「こんな塀、私なら簡単に飛び越えられる、凛玲一人くらい抱えられるわ、それで、行けるところまで行って、どこか、知らない町で二人きりで静かに暮らすの」
凛玲を説得するように懸命に話す翠玉。
黒曜石のような瞳に、凛玲は吸い込まれそうだった。
思わず期待してしまいそうな、見果てぬ夢を、ほんの少しだけ、脳裏に描いた。
「いいね、それ……」
「でしょう? 追手が来たって私が蹴散らせてあげるし、私たち二人だけなら、どうにでも暮らしていけるわよ」
「ありがとう、翠玉」
凛玲が頷けば、翠玉は連れ去ってくれるだろう。
翠玉の手を取れば、この狭い世界を抜け出し、見たことのない場所に行けるかもしれない。
だが、暗殺しか知らずに生きてきた二人が、日の当たる場所で健やかに暮らせるだろうか。
当然のように人を殺めてきたことを、なかったことにできるだろうか。
そのすべてを忘れて、空っぽになった身体を引きずりながら、他の人たちと同じように生きられるだろうか。
それでも翠玉と一緒ならと、淡い夢を見せてくれる。
だからこそ凛玲は、応えるわけにはいかなかった。
翠玉が自分を犠牲にしようとしているのがわかったから。
「でも、ダメ」
プツリ、糸が切れたようだ。
翠玉の救済を、凛玲は完全に遮断した。
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