第33話 田中さんはスタンプ使い

 

「さてと」


 時は流れて、現在夜の七時過ぎ。

 俺は机の上に置かれたスマホとにらめっこをしていた。

 画面にはお洒落な浜辺が映ったアイコン。

 その下には『タナカ スミカ』と書かれている。

 どうやら昼に田中さんから教えてもらったIDは本物だったらしい。

 まぁ、田中さん直々に教えてくれたものだから、一ミリも疑ってなかったけど。

 いざこの目で見ると、何というか現実感がない。

 何で田中さん教えてくれたんだろ?

 授業終わりに理由を聞いてみたけど、教えてくれなかったからマジで分かんないんだよな。


「追加していいのか?」


 正直、判断に困る。

 普通に考えてIDをくれたということは、相手から友人程度には思われているはず。

 けれど、これまでの行動を鑑みるに、田中さんが俺のことを好意的に見てくれている自信がない。

 なんてたって、俺は田中さんのおっぱいガン見していた前科があるのだ。

 もし、俺が田中さんと同じ立場なら絶対にお近づきになりたくないタイプの人間である。

 それに加えて、今日はボールがぶつかりそうになっただけで怒鳴ってしまい、近くにいた彼女を怖がらせてしまっている。

 プラスな感情を抱かれているイメージが全く湧かない。

 は!?

 もしや、俺と直接話したくないから、IDを渡してきたのでは!?

 『これからはチャットでお話ししましょう』みたいな感じで。

 やべぇよ、やべぇよ。

 だとしたら、めっちゃ後退してんじゃん。

 俺は思わず頭を抱えた。


『こうなったらマイナススタートから頑張るしかねぇ』


「……いや、それでも頑張るって決めたんだろ。俺!」


 昼休み中にした決意を思い出し、俺はパチンッと、両頬を叩く。

 元々、マイナススタートから始めるつもりだったのだ。

 これくらいでへこたれてなどいられない。

 心を奮い立たせた俺は、ようやく友達追加の選択肢をタップ。

 トーク画面に切り替わったところで、勢いそのままに『よろしく』とメッセージを送った。


「ふう。やってやったぜ」


 ただメッセージを送っただけなのに、妙な達成感を覚えた俺は机に突っ伏した瞬間、『ピコンッ』、『ピコンッ』とスマホが音を鳴らした。

 

(こんな早く返信が来るはずないし、クラスの誰かだろ)


 緊急性はないと判断した俺は、メンタルがある程度回復するまで、木材の温もりを堪能した。

 アロマセラピー?のおかげで数分程度で立ち直り、メッセージの送り主を確認すると──


『(よろしくにゃ)ネコのスタンプ』

『(今何してるにゃ?)ネコのスタンプ』


「っ!?」


 ──送り主はなんと田中さんだった。

 あまりの驚きに椅子から転倒しそうになるも、何とか踏みとどまる。


「か、可愛い過ぎるだろ!」


 しかし、受けた衝撃は抜け切っておらず、スマホを持つ手が震える。

 たかだか、スタンプ如きに大袈裟だと思われるかもしれないが、諸君よくよく考えて欲しい。

 大体の人は相手からのメッセージが来た時、脳内で勝手に相手の声で読み上げさせるだろう。

 つまり、俺の脳内には田中さんの猫言葉が反響しているのだ。

 ダメージは甚大。

 メンタルゲージは一割を切っている。

 まぁ、仮に脳内再生されなかったとしても、田中さんが猫スタンプを使っているという事実だけで半分以上は持っていかれているのは間違いない。


『今は宿題をやってる』


 本当はもう終わっているが、ダラダラしていると素直に言うと田中さんからの好感度が下がりそうなので適当にでっち上げておく。

 すると、田中さんから間髪入れず『(偉いにゃ)猫のスタンプ』が送られてきた。

 可愛い。

 マジで田中さん天使過ぎる。

 さっきまで全然なかった勉強へのやる気がぐんぐん湧いてくる。

 が、嘘をついていた罪悪感も同時に湧いてきて、俺は鞄からノートと教科書を取り出し、適当な問題をいくつか解く。

 妙に脳が冴えているせいか普段よりもスラスラと解けた。

 

『(好きな食べ物は何にゃ?)猫のスタンプ)』

『ハンバーグとフライドポテト。田中さんは?』

『(魚が好きにゃ)猫のスタンプ』

『サーモン美味いよな。寿司屋に行ったらそればっか食べるわ』

『(分かるにゃ)』


 それからも、俺と田中さんのやり取りは続いた。

 何故か田中さんはスタンプ縛りだったけれど。

 不思議と気まずさはなかった。

 むしろ、俺的には妄想とはいえ、にゃんこ田中さんが堪能出来て最高だったと言える。

 ただ、一つ頭を悩ませていることがあるとすれば、田中さんとのやり取りが二時間以上続いていること。

 俺としてはめっちゃ嬉しいんだけど、距離感という観点では本当よく分からない。


(もしかしたら、そこまで俺って嫌われてないのか?)


 ふと、そんなことを思うが、田中さんに直接尋ねるなんてことは出来るはずもなく。

 メッセージのやり取りを続けていると、『(そろそろ寝るにゃ)』と眠そうなニャンコのスタンプが送られてきた。

 時計を見るともう十時を回っており、かなりいい時間だ。

 俺はめちゃくちゃ名残りおしつつも、『おやすみ』とメッセージを飛ばす。


 ブーブー!


 次の瞬間、スマホから着信音が上がる。


「はぁ。……えっ、田中さん?」


 一体誰がこんな時間にかけて来たんだと憤慨しかけたのも束の間、俺は思わず間抜けな声を上げた。

 間違い電話だろうか?

 戻る画面を押そうとして誤タップしたのかもしれない。

 そう思い、数秒ほど放置していたが鳴り止む気配がない。


(もしかして、なんかやばいことに巻き込まれてる?)


 何となく一抹の不安を覚えた俺は、通話ボタンを押し耳元にスマホをあてた。


「もしもし?」

『えっ!?中山君!?すいません!お姉ちゃんが勝手に掛けちゃってすぐ切りますから』

『えぇ、純夏うそは──「わぁぁーー!」──ちょっ』


 スピーカー越しに返ってきた声は、想定したものよりも明るくて、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 とりあえず、事件に巻き込まれたわけじゃなさそうで一安心である。

 出来れば、このまま通話していたいが、間違い電話なようなので「そうですか。なら、良かった。問題がないなら切りますね』と伝えて、通話終了ボタンに手をかける。

 すると、『まっ、待ってください!』と慌てた田中さんの声が返ってきた。

 何か伝え忘れた事があるのだろうか?

 それとも告白されちゃう?


「ん?どうした?」


 若干ドキドキしながら俺はそう聞き返すと『あっ、えっと、その』と要領の得ない返事が返ってくる。

 それからややあって、か細い声で


『……おやすみなさい、中山君』


 と、就寝の言葉を囁かれた。

 妄想していたものと全く違う普通の答え。

 けれど、田中さんの美声と喋り方がASMRみたいなおかけで、心臓が思わず早打つ。

 けど、それを田中さんに悟らせたくなくて。


「あぁ、おやすみ。田中さん」


 努めていつも通りの声で返事をする。


『っ!?では、失礼します。お姉ちゃんが迷惑をかけてすいませんでした』

『だから、私は何も──『テロン!』』


 結果。

 通話はつつがなく?終了した。

 が、俺の心臓は未だ色んな意味でバクバクしていて。


「はぁ〜、最後の最後バレてないよな?ていうか、田中さんのおやすみなさいの破壊力ありすぎ。寝れる気がしねぇ。あぁっ、可愛すぎる」


 日を跨ぐまでの間、俺はベッドの上で身悶えるのだった。


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