第30話 中山君は私のことが好き(多分)
『おっ、チ○ルじゃん。懐かしいな』
『この苺味が美味いんだよな』
『おいおい、お子ちゃまだな。男は黙ってビター一択だろ』
私の口の中にあるチョコが完全に溶けたところで、中山君の元に町田君を含めた友人達がやって来ました。
彼らはあっという間に中山君の机を取り囲むと、机上にある沢山のチ○ルに手を伸ばしていきます。
『おい、勝手に取るんじゃねぇよ馬鹿共』
中山君はそんな友人達に注意を飛ばしますが効果はなし。
『いいじゃん。一個くらい』、『あー、やっぱ苺味うめぇ』と言いながら、皆さん勝手に封を開けてチョコを食べ始めてしまいます。
『しゃーねぇな』
中山君はそんな友人達に呆れ果てたようで、これ以上の注意を諦めていました。
が、それが良くなかったのでしょう。
『サンキュー。あっ、春野さんチ○ル好きだったよね。これ、あげるよ』
『うわぁ、懐かしい。磯部君ありがとう』
『へへっ、どういたしまして』
『美果だけズルい。中山君私も貰っていい?』
『私も』
『お、おう。いいぞ』
『ありがとう。皆んな中山君がチョコくれるって』
『マジ!俺も一個くれよ』
『ウチも欲しい』
『ちょっ!?お前らふざけるな』
自由を許してしまったことで、気が付けば中山君のチ○ル達はクラスの共有物に。
『……お前らマジ覚えてろよ』
その後、瞬く間にチ○ルが消え中山君の机には空の袋だけが残っていました。
中山君はそれを手で遊ばせながら、貰ったお菓子を堪能するクラスメイトを恨めしそうに睨んでいます。
ですが、それはほんの僅かなこと。
中山君は気持ちを切り替えるように息を吐くと、ゴミ箱に袋を捨てに行きました。
『中山君は優しいですね』
私は中山君が戻って来たところで、彼のことを褒めました。
すると、『急にどうした?』と彼は小首を傾げます。
『だって、お菓子を取られちゃったのに怒鳴らなかったじゃないですか』
『別に普通だろ。そんなことしてもチ○ルが戻ってくるわけでもないし、空気悪くなるだけで最悪じゃん』
『ふふっ、そういう周りを考えられるところが優しいんですよ』
『〜〜。勘繰りすぎだっての。単純に俺が怒るほどじゃなかったって話だ』
最初は何てことないような顔をしていた中山君ですが、話を進めていくとむず痒くなったのか、ややぶっきぼうに話を終わらせるとそっぽを向いてしまいます。
髪の隙間から見える耳はほんのりと染まっていて、照れているのか丸わかりでした。
可愛い。
ですが、私はあえてそれを指摘することはせず『中山君って本気で怒ったことはありますか?』と会話を続けます。
『本気でって言われると難しいな。結構少ない気がする。多分二、三回くらい』
『それはどんな時ですか?』
『母さんが作ってくれた弁当を勝手に取って地面にぶち撒けたくせに謝られなかった時と、親友に体操服を盗んだ罪を擦りつけようとカス野朗が色々担任に嘘をこいていた時だな。あぁ〜やべぇ。あのクソガキ共のこと思い出すとムカついてくるわ』
本気で怒った時のことを思い出したのか苛ただし気に顔を顰める中山君。
嫌な記憶を思い出せてしまい大変申し訳ないです。
ですが、自分よりも家族や親友といった大切な人が危険に晒された時に怒ったというのは、他人の事を常に思いやれる中山君らしいなと納得もしました。
──お前のせいで春野さんと連絡が取れなくなっちまったじゃねぇか!どうしてくれるんだよ!?
──うるせぇ!ごちゃごちゃ屁理屈言ってんじゃねぇよ!?おまけ野郎!お前にはそれくらいしか価値がねぇんだから。ちゃんと仕事こなせやグズ!
『ッ!』
今朝、私に理不尽な怒りをぶつけてきた誰かさんとは大違いです。
でも、だからこそ私にとって都合の良い夢を見るのはやっぱり止めておくべきでしょう。
私のような端役でおまけな女が中山君の大切な人に入っているわけないのですから。
『すいません。私の不躾な質問のせいで不快な思いをさせてしまって』
『あっ、いや、別に俺が勝手に思い出して腹立ててるだけだから気にしなくていいぞ。気を遣わせてすまん』
『そんな、お詫びと言ってはなんですがこちらのトッ○を貰ってください。先程のチ○ルのお返しも一応入ってます』
『それでも、明らかに釣り合ってないと思うが。……ありがと、田中さん。有り難く頂戴するな』
『はい』
どれだけ中山君がこうして笑いかけてくれても、助けてくれても、変に期待してはいけないのです。
それに、こうして彼と平穏で楽しい日々を送れているだけでも私は充分幸せなのですから。
私なんかがこれ以上を望むなんてバチが当たってしまいます。
『夏瀬海星!俺と勝負しろーー!』
『えっ!?急に誰ですか──って副会長!』
それから少し時が流れ、SHR十分前になったところで教室に眼鏡をかけた長身のクール系イケメンがとてつもない怒号と共に現れました。
お名前はたしか
一つ年上の先輩で、生徒会副会長。
容姿端麗、成績優秀、バスケ部のエースと、モテる要素しかない方なのですが、一つだけ抱えている欠点により女子からの人気は壊滅的にありません。
その理由は──
『おっ、十勝とかち会長と夏瀬がなんか勝負するみたいだぜ?』
『ついにあの忌々しき夏瀬に秋月ファンクラブ名誉会長である十勝先輩の鉄槌が下される日が来たか』
『うぉぉぉーー!十勝副会長頑張れーー!』
──十勝先輩が盲目的な秋月先輩の
有名な逸話として一年の時、体育祭の写真係に立候補し、カメラのメモリ全てが埋まるまで秋月先輩の写真を撮った事があるんだとか。
また、高校が始まってから今日まで秋月会長がお昼に食べた物と同じ物を次の日に用意し食べているそうです。
この他にも色々と法律を超えないレベルではありますが様々な逸話があるため、殆どの女子から敬遠されているというわけです。
かくいう私もお付き合いするのはご遠慮願いたいですが、ちょっぴりだけあそこまで熱烈に愛されている秋月先輩が羨ましくもあります。
私の人生にはあれ程の気持ちを向けてくれる人はいなかったから。
『でも、やっぱり四季姫の方々は凄いですね。あんな熱烈に愛してくれる人がいるなんて』
そんなお姫様に対する憧れの気持ちがついつい溢れてしまって、気が付けば私はこんなことを口にしていました。
すると、隣にいた中山君から『探せば田中さんにもいそうだけどな』とフォローの声が飛んできます。
(探せば、か……。やっぱり中山君は私以外の誰かに好意を持っているんだ)
中山君が私のことを気遣って言ってくれているのは分かっています。
ですが、私は変に勘くぐってしまって。
勝手に傷ついて落ち込んでしまい、『そう、だと良いですね』と歯切れの悪い返事をすることしか出来ませんでした。
最悪です。
私が内心で頭を抱えていると、夏瀬君と十勝先輩の方は話が進められ、気が付けば二人の姿は教室から消えていました。
『俺達も見にいこうぜ』
『なんか面白そうだし行ってみない?』
それに伴い、野次馬根性を発動させたクラスメイト達が二人の勝負を見ようと次々に立ち上がりあっという間に教室はもぬけの殻に。
私と中山君だけになっていました。
『俺達も行くか?』
『そ、そうですね』
これは流石に想定外。
二人っきりでいるところを見られたら中山君に迷惑がかかると思った私は、彼と一緒に慌てて皆んなの後を追いかけました。
『ナイス一本!十勝副会長!』
『これで夏瀬が外したら勝ちだ!』
『今度こそ外せー!』
『は〜ず〜せ!は〜ず〜せ!』
『お義兄ちゃん頑張れー!──『……負けた方がライバルが一人減るのにそれでいいの?』──ハッ!?確かにそうですね。前言撤回です!全力で外して下さーい』
体育館に入ると中の熱気は凄まじく、運動部の全国大会が開かれているのか?と目を疑うほど。
約二百人もの生徒達が夏瀬君と十勝先輩の一挙手一投足に注目しています。
一階の方は人混みが多く、マトモに観戦できないと判断した私と中山君は丁度、二階のゴールに近いところが空いていたのでそこに移動しました。
すると、お二人の側にはスコアボードが置かれていて、スコアは三対二。
先ほど聞こえた歓声から察するに、お二人とも大人数に注目されているにも関わらず、一度も失投していないようです。
『お二人とも連続でシュートを決めれるなんて凄いですね』
私は思わず感嘆の声を上げると、隣にいた中山君は『……あぁ』とつまらなそうに返事を返してきました。
ディスコミュニケーション。
もしかしたら、球技が苦手な私からすれば一見凄くても、運動神経抜群な中山君からすればあまり大したことはないのかもしれません。
己の球技音痴を晒してしまったことに恥ずかしさを覚えた私は、中山君の方を見るの止めて勝負している二人に戻しました。
『シッ!』
すると、丁度よく準備が整ったのか夏瀬君が綺麗なフォームでシュートを放ちました。
空中で綺麗な放物線を描いたボールは見事にゴールネットの中心に落下。
ダンッとボールが跳ねた音を皮切りに『『おおーー!』』、『『だぁぁぁーー!!』』と様々な感情が籠った歓声が上がりました。
『綺麗でしたね』
私は先程の一件で勝負が終わるまで黙っていようと思っていたのですが、流石にあんな綺麗なものを見せられては黙っていることは出来ず、ついつい感想を漏らしてしまいました。
このことに気が付いた私は慌てて口を押さえます。
そして、中山君の様子を窺えば『くっ、そうだな』と彼は悔しそうに唸っていて、流石の中山君は認めるレベルのものだったのかと胸を撫で下ろしました。
『くそっ、やるな!夏瀬海星。だが、この勝負に引き分けはない!こうなったらどちらかが外すまでのサドンデス勝負だ』
『えぇ〜、もうすぐチャイムが鳴るので流石に止めた方が──』
『うるさいうるさい!さっさとお前が外せばいいだけの話だ。おい、そこの君。ボールを寄越したまえ』
『ういっす』
勝負の方は時刻は既にSHR開始三分前となっているにも関わらず、続行するようです。
本当なら今すぐ戻った方がいいのでしょうが、私はもう一本ずつ見届けることにしました。
といっても、深い理由はなく単純に勝敗がどうなるのか気になること。
そして、観客の生徒達が誰も帰る様子がないというつまらないものです。
中山君も私が帰ろうとしないからか、動く様子はなく変わらず隣でボーッと下の方を眺めていました。
ダンッ、ダンッ。
感触を確かめるため、十勝先輩がボールを地面に突くと館内が緊張に包まれ静かになります。
五回ほど繰り返したところで、馴染んだのかついに十勝先輩がシュート体勢に入りました。
生徒達の視線が全て十勝先輩に集まった次の瞬間
『君達一体何をしてるんだーーーー!』
聞き覚えのある凛とした女性の怒号が体育館内に響き渡りました。
『へ?』
私は反射的に声がした方を向こうとした途中で、思わず固まりました。
なんと、バスケットボールが私の顔を目掛けて飛んできていたのです。
何故?どうして?誰が?
私の頭の半分を疑問が埋め尽くし、残りの半分が警笛を鳴らします。
ですが、私の身体は突然のことに反応出来なくて、ボンヤリとボールが近づいてきているのを眺めていると、不意に『チッ、すまん』という声と共に物凄い力で手を引かれました。
それにより、私はつんのめりながらもボールの軌道上から逃れることに成功。
標的を失ったボールは体育館の壁にぶつかりました。
私は呆然と足元に転がっているボールを眺めていると、少しして助けてくれた方にお礼を言っていないことを思い出し視線を横に向けます。
すると、そこには顔を真っ赤に染め怒りの形相を浮かべる中山君がいました。
──え?
私はまた固まりました。
事態が理解出来ていないからではなく、事態は理解出来ているのですが、どうしてもそれが私にとって都合が良さ過ぎて受け入れることが出来なかったのです。
『おい!馬鹿副会長!テメェのせいで田中さんが怪我するところだっただろうが!?変なところ投げてんじゃねぇよゴミエイム!』
だって、
──怒るのって本心からそう思ってないと難しいと思うの。
──母さんが作ってくれた弁当を勝手に取って地面にぶち撒けたくせに謝られなかった時と、親友に体操服を盗んだ罪を擦りつけようとカス野朗が色々担任に嘘をこいていた時だな。
こんなことをされたら、期待したくないのに。
考えないようにしていたのに。
それなのに、お姉ちゃんと中山君の言葉が頭の中を過ぎってしまって、勘違いしちゃうじゃないですか。
(中山君は私のことが好き)
だって。
身体が火照る。
視界が滲む。
手が震える。
頰が緩む。
こんな気持ちになったら駄目なのに。
どうしても、自分の都合が良い未来を想像してしまう。
(あぁ、本当に酷い。ズルいです中山君は。どうして、私に変な期待を持たせてくるんですか)
いつの間にか支えを失った私はその場に蹲り、しばらくの間地面を涙で濡らすのでした。
SHRに遅刻したのは言うまでもないでしょう。
それから、私の生活はおかしくなりました。
『……ふぅ、田中さんありがとうな』
『ッ!?……いえいえ、これくらいは。困った時はお互い様ですよ』
彼の何気ない感謝の言葉に触れるだけでドギマギして、それを隠すため必死になって。
『あっ、これ返すな』
『……はい。ッ〜〜!?』
でも、意図せぬ接触があると露骨な反応をしてしまう。
自分がどんどん深く、取り返しのつかないところにまで進んでいってることが分かりました。
それと同時に私の中で恐怖心が大きくなっていくことも。
怖いんです。
もし、これが私の独りよがりな勘違いだと思ったら。
中山君に不快な想いをさせると思ったら、たまらなく怖くなる。
でも、私の中にある好きな気持ちは関係なく大きくなっていて、とても辛かった。
そんな自分をどうにかしようと昼休憩になった瞬間に、部活棟の下に逃げました。
一人になればきっと少しはマシになると思ったのですが、逆効果。
──おい!馬鹿副会長!テメェのせいで田中さんが怪我するところだっただろうが!?
『ッ〜〜!?』
今朝のことがどうしようもなく頭の中を巡って、ますます駄目になっていく。
もうどうしたら良いのか分からない。
そんな時、運命の神様の悪戯か彼が私の前に現れたのです。
『あれ?田中さん何でここに?』
『な、中山くん!?』
突然の遭遇ただでさえ早かった鼓動がさらに加速。
そして、周囲に誰もいない二人っきりの状況から、もしかして告白されるんじゃないか?と考えてしまい、また加速。
中山君のことを考えたくないのに、意思に反して目が彼のことを追ってしまう。
『あのさ、これ。教科書のお礼』
『あ、ありがとうございます。あの、不躾で申し訳ないのですが、そこに置いておいてもらえますか?』
そんな私に中山君はさらに追撃を放ってきて、心臓が破裂しそうになる。
辛い。
辛い辛い。
辛い辛い辛い。
辛い辛い辛い辛い。
この私の中にある感情を抑えるのが本当に辛い。
だから、もう、耐えきれなくなって。
私はついつい聞いてしまったのです。
『中山君はなんでこんな私に優しくしてくれるんですか?』
彼が私のことをどう思っているのかを。
今までずっとずっと怖くて避けてきた質問を。
『えっと……』
当然のことながら、そんな私の問いに中山君は言葉を詰まらせていました。
気まずそうに視線を右往左往させる姿に、キュッと胸が締めつけられる。
(やっぱり、中山君も私のことなんて──)
心が深い闇に沈んでしまいそうになったそんな時、中山君から耳を疑うような発言が飛んできました。
『田中さんが好みのタイプだから』
『えっ?』
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