第21話 私と春野さん
それは定期考査が終わってから二週間が経ったある日のことでした。
『あっ、田中さん久しぶり』
部活終わり、私は一人通学路を歩いていると突然後ろから名前を呼ばれました。
振り返ってみると、そこには茶髪の甘い顔をした美男子の姿が。
『どうも、お久しぶりです。松風君』
その姿に見覚えがあった私は軽く頭を下げました。
彼の名前は松風 勇樹君。
小、中学校の同級生で女子の中で度々名前が上がるほどイケメンな人です。
ですが、私はあまり良いイメージはありません。
何故なら、彼は私を初めてお姉ちゃんとの橋渡し役にしようとした人だから。
彼がきっかけでお姉ちゃんのことが好きな人が私の元に訪れるようになったと思うと、悪くないとは分かっているのにどうしてもやるせない気持ちになってしまうのです。
だから、あまり話したくない相手なのですが……。
『その制服、星詠高校のだよね。凄く頭が良かったんだね田中さんって。何回か同じクラスになったことがあるのに全く知らなかったや』
そんな私の事情を知らない松風君は私の隣にやって来て話しかけてきます。
彼からしたらなんて事のない世間話のつもりなのでしょう。
ですが、その内容は私の心を酷くささくれさせて。
『まぁ、はい。一応。あの、私、今日早く帰らないといけないので失礼します』
たった二言言葉を交わしただけでギブアップしそうになった私は、嘘を吐き早々にこの場を去るため早歩きに切り替えました。
すると、松風君は慌てた様子で私の後を追いかけてきました。
『まっ、まって!あの、最後にちょっとだけ聞きたいことがあるんだけど』
あっという間に私を追い抜き、目の前を塞いだ松風君はそんなことを言ってきました。
(これは流石に答えないと駄目そうですね)
松風君の必死な様子から逃げることは出来ないと悟った私は足を止めると、彼はホッと胸を撫で下ろしました。
『星詠高校の二年生にさ。春野さんって人がいると思うんだけど知ってる?』
松風君の口から紡がれた質問は小学生の時と似たのうなもの。
私の中でピシリと何が壊れた音がしました。
『知ってますよ。春野さんは有名人なので』
『ホント!じゃあさ、連絡先とか知らない?この前、転んで怪我をした時にハンカチを貰ったんだ。どうしても返したくて』
(あぁ、やっぱり)
春野さんのことを私が知っていると分かり、喜ぶ松風君。
白いハンカチを片手に意気揚々と春野さんと会いたい理由を語り出す松風君とは対照に、私の心はダンダンと冷えていくのを感じました。
『すいません。同じクラスではあるのですが連絡先までは。代わりにハンカチをお渡すことなら出来ますが』
その後、私がありのままの現状を伝えると『あー、そっか〜。出来れば直接返してお礼を言いたかったんだけど』と松風君の声色が少し落ち込みました。
分かりやすい人です。
「じゃあ、田中さん悪いんだけどこれ代わりに渡してくれないかな?後、感謝してたってことも伝えてくれると嬉しい』
『分かりました』
数秒の葛藤の後、松風君は私を通してハンカチを渡すことを選びました。
私がそれを受け取り、鞄に仕舞うと松風君は『よろしくね。後、用事があるのに足を止めてごめん』と言って、反対側の道を戻っていきました。
私はそれを確認したところでハンカチを取り出しました。
少し確かめたいことがあったからです。
ハンカチを広げてみると、地面に白いメモ用紙が落ちました。
『はぁ〜』
それを確認した私は思わず息を吐きました。
メモ用紙には名前とLIN○とインス○のIDが描かれていたのです。
おそらく、春野さんとどうしても連絡先を交換したくて考えたものの一つなのでしょう。
再び私は溜息を吐くと、私は地面に落ちたメモ用紙をゆっくりと拾いました。
(今も昔も変わってないんですね。
数年経っても変わらないやり取りをしている私達に嫌気が差しながら、重い足取りで家に帰りました。
◇
大好きな唐揚げがあまり喉を通らなかった次の日。
『春野さんちょっと良いですか?』
『えっ、なに?田中さんから話しかけてくれるなんて珍しいね』
学校に登校してすぐ私は春野さんに声を掛けると彼女は驚いたと目を丸くしました。
それも当然です。
春野さんが言っている通り私と春野さんは滅多に話ませんから。
良い人なのは分かってるんですけどね。
まだ少し苦手意識があるのです。
『実は──』
私は松風君から受け取ったハンカチを片手に事情を説明すると、春野さんは当時のことを思い出したららしく『あーあの時の』と感嘆の声を上げました。
『田中さん。ありがとね』
春野さんはハンカチを受け取ると、ニコッと微笑みながら私にお礼を言いました。
その様子から純粋に返ってこないと思っていたものが返ってきたことを喜んでいるのが伺えて。
ほんの少しだけ気持ちが軽くなりました。
でも、それもほんの僅かのこと。
私はすぐにメモのことを思い出して何とも言えない気持ちになりました。
『いえ、たまたま頼まれただけなので。後、うっかりで見てしまったのですが、実はそのハンカチには松風君の連絡先が挟まってました』
多分伝えない方が松風君としては良いのかもしれません。
でも、ただ良いように使われていることが気に食わなくて、私はほんのささやかな抵抗として春野さんに松風君に下心があることを知らせました。
すると、『はぁ〜。いつものパターンね』とうんざりしたように呟くとハンカチを開きメモ用紙を取り出しました。
ここまでは完全に私の想定内。
ですが、次の瞬間春野さんは予想外の行動に出ました。
『田中さん、ごめんね。迷惑がかかったら私が責任を持って何とかするから許して』
『へ?』
なんと、突然春野さんが私に謝りスマホを取り出したのです。
物凄いスピードでインス○のIDを打ち込み、松風君のアカウントへ飛ぶと以下のようなメッセージを作成しました。
【ハンカチ返してくれてありがとうございます。無事怪我が治って良かったです。ですが、私には現在片想いをしている人がおり、その人に彼氏がいると思われたくないので、おそらく松風さんの望む関係にはなれません。さようなら】
丁寧ながらも明確な拒絶の籠ったメッセージ。
春野さんは特に見直しをすることもなく、『直接会う気概もない男に構ってる暇はないのよ!』と怒声を上げながら送信。
また、送られたのを確認すると松風君のことをブロックしてしまいました。
『これで良し!』
鬼気迫る表情から一転。
一連の作業が終わってスッキリしたような顔を浮かべる春野さんでしたが、少しして『……あっ』と何を気が付いたらしく、私の方を気まずそうな目で伺ってきました
『……あっ。ごめん!あのさ、もしかしてこの人と田中さん仲良かったりとか、好きだったとかあったりする?だとしたら、本当にごめん!勢いでついやっちゃった!』
『ふふっ』
そこから平謝りする春野さん。
私はそれまで惚けていましたが、春野さんの慌てる姿を見てついつい吹き出してしまいました。
『大丈夫ですよ。元からそんなに仲は良くなかったので問題ありません。むしろ、スッキリしました』
『本当!?良かった〜』
そんな私を不安そうな目で春野さんでしたが、気にしてないことを伝えると心底安堵したと言わんばかりに胸を撫で下ろしました。
もしかしたら、春野さんは昔似たようなことで失敗した経験があるのかもしれません。
『ありがとうございます。春野さん』
『?なんかよく分かんないけど、どういたしまして』
けれど、幸いなことに私は全く気にしていません。
むしろ、春野さんのお陰でほんの少し報われたような気分さえあります。
私がこのことについてお礼を言うと、春野さんは不思議そうに首を傾げて。
『ふふっ』
私は思わずまた笑い声をあげてしまうのでした。
『おはよう、田中さん。今日はなんか上機嫌だな』
『おはようござます、中山君。はい。少し良いことがあったので』
春野さんと別れ、私は自分の席に着くと中山君がいつものように挨拶をしてくれました。
ただ、その声色は揶揄いの色を含みながら私の幸福を喜ぶようなもので。
簡単に見抜けてしまうくらい顔に感情が出てしまっていたことに少し羞恥を覚えましたが、悪い気は全くせず私は笑顔で応えました。
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