第17話 中山君はお隣さん
私が中山君の名前を知ってから四ヶ月の時が流れました。
勿論、その間に進展があったということもなく私が一方的に中山君のことを見ているだけでしたけど。
別に話しかけるのに特別な話題が必要なんてないはずなのに。
あの一件が彼にとってなんて事のない出来事だと知ったことで、今更お礼を言うのも迷惑になると思ったら簡単な話題すら思い浮かばなくなってしまったのです。
正直自分でもびっくりしました。
でも、よくよく考えてみれば男の子と話す時は大体相手の方からだったことを思い出し、男の子との交友関係はお姉ちゃんや冷乃ちゃんに依存していたのだと知り惨めになりました。
(……そもそも、私は中山君とどうなりたいのでしょう?)
また、コミュニケーションの取り方以外にも私を躊躇わせていたのは話した後のことでした。
中山君と話してみたい。
そして、あの時のお礼を言いたい。
あわよくば覚えていて貰えていたら嬉しい。
私の頭の中にある欲求はこれだけで、付き合いたいだとか、友達になりたいなどのことは何故か思い上がってこなかったのです。
惚れっぽくなかった自分に安堵するべきなのか、はたまた心の奥底ではどうせ無理だと諦めている自分に失望するべきなのかよく分かりませんでした。
けれど、明確なヴィジョンもないのに関わりを持とうとするのは失礼なのではないかと思い、度々足が止まってしまったのです。
でも、一丁前に頭の中にはこのままだといけないという危機感だけはあって。
それでも行動に写せない自分の意気地なさに本当嫌気が差して、このまま何も出来ずに終わってしまうのだろうと半ば諦めていたある日、転機が訪れました。
【二年一組
出席番号15 田中 純香
出席番号21 中山 透
】
『嘘ッ』
進級し新たなクラスが発表されると、私の振り分けられたクラスに何と中山君も居たのです。
目を疑いました。
こんな都合のいいことが起きて良いのかと?
もしかして、同性同名の別人の可能性はないのか?
特に私の苗字はありふれているので同姓同名がいることもあり得なくはないので、発表された全クラスの生徒の名前を何度も何度も確認しました。
三周したところで分かったのはこの学校には田中純香という名前の二年生は私だけしかおらず、中山という苗字を持つ人はたった一人しかいないということ。
つまり、私と中山君が同じクラスなのは間違いないということです。
『……やった』
思わず私の口から歓喜の言葉が漏れました。
ようやく中山君と話せるかもしれない。
そう思うと、その場から駆け出し教室に着くやいなや絶望しました。
『……これは、流石に遠過ぎませんか?』
何故なら、私と中山君の席がかなり離れていたからです。
出席番号順に座ると、私は三列目の一番後ろなのに対して中山君は五列目の一番前。
これだけ離れていては話すことは至難の業です。
『やったーー!たーちゃんと一緒だーー!……あれ?なんか元気ないね、たーちゃん』
『アハハ、そんなことないですよ。それより、美琴ちゃん今年一年もよろしくお願いします』
『うん。こっちこそよろしくねたーちゃん』
そんなわけで、中山君と同じクラスという新しい生活の滑り出しは散々なものとなったのです。
『あっ、そういえば昨日くじ引き作ったから席替えっすっぞ』
近くにいるのに話す機会がないことに悶々とすること一週間後。
朝のSHRが始まって少しした頃、突然担任の
これには教室は阿鼻叫喚の大騒ぎ。
特に、最近になって四季姫という異名を付けられた
(……中山君は)
一気に騒がしくなった教室の中、私はすぐに中山君の方に向きました。
すると、中山君は隣の席の男に絡まれていましたが、その顔は席替えのことなど全く興味なさそうなうんざりとした顔をしていて。
私はそんな彼を見て安堵しました。
上手く隠しているだけで、中山君がお姫様達の隣になることを心の奥底で願っていないとも限らないのに。
単純な私は、やっぱり中山君は他の人と少し違うのだとついつい喜んでしまったのです
『田中。お前の番だぞ』
『あっ、はい。ありがとうございます』
そうこうしていると、番が回ってきて名前を呼ばれた私は言われるがままに目の前にやって来た先生が持つくじ引き箱から紙を一つ取り出しました。
【30】
『……また一番後ろ』
紙に描かれていたのは最後列の窓際という当たりの中でも大当たりに入る部類のものでした。
(うぅ、これじゃまた話せなさそうです)
けれど、中山君と近くになりたい私からすれば他の席と面する数が少ないこの席は外れに見えて、思わず項垂れるのでした。
それから少しして全員がくじ引きを引き終え、席の移動が始まりました。
私は荷物を鞄にまとめ期待せずに新たな自分の席へ向かうと、前と斜め前の人は中山君ではなく話したことのない男の人二人。
(これ隣の人が女の子が来ないと話せる人が来ないと不味くないですか!?誰か話せそうな女の子が来てください!美琴ちゃん助けてーー!)
くじを引いたところで早々に中山君の近くになれることを諦めていた私は、そもそもまだクラスに馴染めていなかったという事実を思い出し大慌て。
まだ見ぬお隣さんに助けを求めました。
すると、すぐに隣から鞄を置く音がして私は横を向くと固まりました。
悪い意味ではなく良い意味で。
『おっす、友田。今年もご近所さんだな。よろしく』
『春野さんの近くに残念だが、中山が近くにいるのならギリギリだな。よろしく』
『誰がギリギリだ。失礼な奴だな』
『……へ?』
結果的に、私の隣に来たのは男子だったのですが、何とその男の子は中山君だったのです。
予想外の展開に私はついつい間抜けな声を上げてしまいました。
『ッ!?』
しかし、それもほんの僅かなこと。
すぐに私は口を塞ぎ窓際の方へ緊急退避を行いました。
(待って待って待って待って!こんなの聞いてません!あー、もう顔が熱いです!)
当たり前のことですがまさかの事態にわたしはパニック状態に陥りました。
(……ふぅ。落ち着いてください。今が待ちに待った千載一遇のチャンスなんです。だから、話しかけられるなら今しかないんですよ。純香頑張るのです!)
三十秒後。
ある程度落ち着きを取り戻した私は鏡に映るぐるぐると目を回している自分を鼓舞することに成功。
苦節約半年。ようやく腹が決まった私は意を決して中山君の方を向きました。
『あの』
『ん?』
声を掛けると中山君は私の存在に気づいてくれました。
黒く澄んだ瞳に自分の姿が初めて映り、緊張が加速しました。
でも、絶対に失敗したくない私は何とか平常心を手放すことはせず、何とか言葉を続けました。
『今日からお隣になる田中純香と言います。よろしくお願いします』
上手く笑えているか分かりません。
でも、何とか中山君に私の名前を知ってもらえたことになんとも言えない達成感があって。
何となくほおが緩んでいるのは感じます。
そんな私の自己紹介を聞いた中山君は目を見開き、少し固まりました。
(あれ?もしかして私酷い顔をしてるんじゃ!?)
私の中に不安が走りました。
もしかしたら、思わず目を覆いたくなるような酷い顔をしているのではないかと。
ですが、それは杞憂だったようでその後すぐに中山君は口を開きました。
『よろしく、田中さん。俺の名前は中山透。あー間違ってたらあれなんだが、一応初対面じゃないよな?俺達』
『っ!?』
自己紹介が終わってすぐ中山君が躊躇いがちにあの日のことを切り出してきて、私の胸は高鳴りました。
(良かった。中山君も覚えていてくれたんですね)
『はい!そうですね。半年くらい前に私が落としたプリントを中山君が拾って頂いたことがあります。その節は大変お世話になりました。遅くなりましたが、あの時はありがとうございました』
『いいってあんくらい。当然のことだから』
『そんなことないです。中山君にとっては大したことないのかもしれませんが私は本当に嬉しかったです』
『そ、そうか。なら、良かったわ。あっ、そろそろ先生の話が始まるぞ』
『はい』
あまりの衝撃に私が勢いでお礼を言うと、中山君は謙遜しつつも嬉しそうにしていて、言えて良かったと心の底から思うのでした。
こうして、私と中山君のお隣さん生活は個人的には大満足で始まったのです。
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