第16話 中山君は彼女が居ない


『よし、全部これで拾い終わったな。じゃあな!』

『あっ』


 私の前に現れた黒髪の少年は、プリントを集め終えるやいなやそう言って姿を消してしまいました。

 あまりにも一瞬の出来事に私は夢でも見ているのかと目を疑いました。

 ですが、地面に散らばっていたはずのプリント達は何もしてないのに私の手の中に全て戻っていて。

 先程のやり取りは夢では無かったのだと物語っていました。

 けれど、それでも不安が拭えず。


(そ、そうです!拾ってくれたお礼をしないとですよね。だから、探すのは何もおかしなことじゃない。うん、そうです)


 誰に向けているのか分からない言い訳を心の中で並べて、私は助けてくれた男の子を探すことにしました。


『失礼します』

『ん?ウチらのクラスに何の用?用がある奴の名前を教えてくれたら呼んでくるけど』

『あっ、えっと……すいません!教室を間違えたみたいです。失礼しました!』


 ですが、探し出してすぐに問題発生。

 そう。

 名前を聞きそびれてしまったせいで容姿以外の情報が無かったのです。

 そのため、聞き込みが出来ず記憶の中にある容姿を頼りに探すことしか道がありませんでした。

 

『キョロキョロしてどうしたの?たーちゃん』

『ふぇっ?な、何でもありませんよ。ちょっと今日は人が多いなと』

『あーね。なんか、隣の一組で修羅場ってるらしくて皆んな野次馬にしてるっぽいよ』

『そう、なんですね。初めて知りました』


 また、人探しに熱中していると他人から奇異の目を向けられてしまうため、私の捜索はとてもゆっくりなものとなり、しばらくは成果の出ない日々を送ることになりました。

 気が付けばあっという間に季節が二つほど変わって、秋になり文化祭の準備が始まったのです。


『このままだとダンボールが足りなさそうなので、生徒会の方に取りに行きますね』

『たーちゃんありがとう。よろしく』

『はい、いってきます』


 私達のクラスはダンボール迷路を作ることになり、材料班を任されていた私は段ボールが備蓄されている生徒会室に向かったのです。


『失礼しました』

『ッ!?』


 生徒会室の前に着きドアをノックしようとした瞬間にタイミング良く扉が開きました。

 短く切り揃えられた清潔感のあるスポーツ刈りの黒髪。

 少し切れ長の瞳に整った顔立ち。

 背は私よりも十センチ以上高く、細身ながらも程よく筋肉のついた身体。

 石鹸のような爽やかな香り。

 出てきたのはなんとずっと探していた男の子その人だったのです。

 当然、私は動転。

 私は突然の再会に声を出すことも出来ず固まっていると、彼はすぐに私の存在に気付いたのです。

 

『あっ、すいません。どうぞ』

  

 私が生徒会室の前に立っていたことから、事情を察した彼は私の横を通り抜けました。


(待って!)


 これでは今まで何も変わらない。

 せめて名前を聞きたい。

 思わず手が伸びかけた時、『おーい!許可証を忘れてるよ』と生徒会室の奥から目を見張るような美少女が飛び出しました。


『あ!?ありがとうございます!マジ助かりました』

『ふふっ、早く皆んなに知らせたい気持ちは分かるけど、あんまり急ぐものじゃないよ』

『うっす。分かりました。それじゃあ、失礼します』

『はい、頑張ってね』


 どうやら彼が文化祭の露店に必要な許可証を忘れていたらしく、それを届けるために慌てて追いかけたようです。


(……中山くん。そっか、中山くんって言うんですね。貴方は)


 私の手は空を切る形になってしまいましたが、結果的に名前を知ることが出来た私は大満足。

 降って湧いた偶然を噛み締めていましたがそれは長く続くことはなく。

 

『あれ?純香どうしたの?』

『ひゃっぁぁーー!?』


 生徒会の手伝いをしていたお姉ちゃんから不意に声かけれた私は思わず悲鳴を上げてしまい、羞恥に悶えることになるのでした。

 その日は、それ以上の進展はありませんでしたが、後日名前が分かったことで捜索は一気に進み中山君が隣のクラスにいることが判明。

 早速私はあの日のお礼をするべく、お昼休みに中山君のいる教室を訪れました。


『いやぁ、ごめんね中山君。発注とか色んな手続きで忙しいのにこんなのを運ぶのを伝わせちゃって』

『別にこんくらい大丈夫だ。てか、女子に運ばせてるアイツらが悪い。冬空のオッパイばっかガン見してねぇで仕事しろよ』

『アハハ、まぁ、でもあのスケスケは同性の私から見てもエロ過ぎだから仕方ないと思うよ』

『はぁ、そういう問題じゃないんだが。後で一発絞っとくか』


 すると、中山君はお姫様以外の女の子と協力して文化祭に使うと思われる露天の道具を運んでいました。


(そっか。私以外でも同じなんですね)


 それを見た瞬間、私の胸に訪れたのは歓喜と不安。

 中山君が端役私達を見てくれる不思議で優しい人なのは喜ばしかったのですが、その優しさが私だけに向けられた特別ではないと知ったからです。


(……変に期待するのは止めなさい私。あんな優しい人が沢山いる端役の中にいる私を選んでくれるとは限らないんですから。もしかしたら彼女さんだって既にいるかもしれませんし。うん、というか居ない方がおかしいですよね)


 まるで冷や水を掛けられたような気分になった私は教室に戻ることにしました。

 その際に、中山君達と途中までのルートが被りお二人の会話が偶然耳に入ってしまいました。

 

『てか、中山って何で春野さんや冬空に夢中にならないの?もしかして、彼女さんとかいるの?』

『っ!?』

『いねぇよ』

『えっ!?もしかしてじゃあBL先!?』

『ちゃうわ!冬空とかは単純に好みじゃないんだよ』

『ふーん、そうなんだ。珍しいね』



『……………彼女さんいないんですね』



 話の内容は私が気になっていたこと。

 期待してはいけないと先程自分に言い聞かせたばかりなのに、中山君の答えを聞いた私の顔は意思に反しどうしようもなく緩んでしまって。

 私は思わずその場にしゃがみ込み膝に顔を埋めるのでした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る