第3話 日記

「お兄ちゃんの家出を知ったおじいさんとおばあさんが、この家に様子を見に来たのよ」と絵里子。


「ふーん」と徹。


「二人はお兄ちゃんの部屋に入って、エアコンがないことに驚いていたわ」と絵里子。


「それだけかしら?」と佳耶。


「そんなわけないでしょ、知ってるくせに」と絵里子。


「何があったの?」と徹は絵里子の顔を見た。


「兄さんの部屋で家探しして、日記帳を見つけたわ」と絵里子。


「え、ひどいよ。プライバシーの侵害だよ」と徹。


「おじいさんはその場で日記を読み始めたわ」と絵里子。


「エリちゃんもいたの?」と徹。


「もちろんよ。夏休みだから家にいたの」と絵里子。


「何のために読むんだよ、そんなもの」と徹。


「もちろん、家出の原因とか行先とかを知るためよ」と絵里子。


「家出についてなんて何も書いてないよ」と徹。


「だけど、結構細かく人間関係について書いてたでしょ、お兄さん」と佳耶。「しかも赤裸々に。」


「日記なんだから正直に書いてるよ。他人が読むとは思ってないし」と徹。


「だけど、お兄さんの家族関係がすっかりばれちゃったわよ」と佳耶。「父親からはむやみに厳しくされて、母親からは冷たくされて、妹からは口もきいてもらえないってこと。」


「そんなにひどくなかったわよ!」と絵里子。


「そうかしら。日記の最後の日には、エリちゃんから一週間も無視されて悲しいって書いてあったわよ」と佳耶は冷ややかな目で絵里子を見た。


「え、佳耶ちゃんも読んだの?」と徹。


「ちらっと見ただけ。お父さんとお母さんが家で読んでたから」と佳耶。


「私、無視してたんじゃないわ!怒ってたのよ!」と絵里子が叫んだ。


「ぼく、何かしたっけ」と徹。


「したわよ!夏休みに入ったらプールに連れてってくれるって約束、忘れてたじゃない!」と絵里子。


「ごめん、だけどちゃんと覚えてたよ。それだけで一週間も無視しなくても・・・」と徹。


「それだけじゃないわ!」と絵里子。「モールでお兄ちゃんがデートしているところを見たのよ。学校では全然もてないって言ってたくせに!」


「デートなんてした覚えないよ。ひょっとして山下さんのこと?部活の用事で買い出しに行っただけだよ」と徹。


「すごくにやけてたよ、お兄ちゃん」と絵里子。


「日記にも楽しかったって書いてたわ。山下冴子さんの胸のサイズについても」と佳耶。


「山下さんとは何もないよ」と徹。


「お兄ちゃん、本当!」と絵里子。「山下って人のこと、好きじゃないの?」


「普通に友達として好きだけど……」と徹。


「私とどっちが好き?」と絵里子。


「比べる対象じゃないと思うよ」と徹。


「私とどっちが好き?答えて!」と絵里子。


「もちろんエリちゃんのほうが好きだよ」と徹。


「そんなんじゃイヤ!」と絵里子。


「何が?」と徹。


「世界で一番好きって言って!」と絵里子。「わかったよ。エリちゃんのことが世界で一番好きだよ」と徹。


「ならいいわ」と絵里子。


「お兄さん、ちょっと聞き捨てならないわ、今の言葉」と佳耶は怖い顔をした。


「どうしたの、佳耶ちゃん」と徹。


「お兄さんには私の婚約者という自覚が足らないようだわ」と佳耶。


「え、婚約?」と徹。


「忘れたの?ひどいわよ」と佳耶は両目から涙をあふれさせた。


「ひょっとして、去年の別荘でのことかい。もちろん覚えているよ」と徹は佳耶の手を取った。


「あんなの、結婚式ごっこでしょ。くじで新郎新婦を決めた遊びよ」と絵里子。


「あの後、お兄さんはわたしに本物のウエディングドレスを着せてくれるって約束してくれたわ」と佳耶。


「子供のままごとよ、そんなの」と絵里子。


「まだ続きがあるの」と佳耶。「聞きたいかしら。」


「お兄ちゃん、何をしたのよ!」と絵里子が徹をにらんだ。


「男に二言はないはずですよね、お兄さん」と佳耶はにっこり笑った。


「そうだな、佳耶ちゃんはぼくの婚約者だよ」と徹はあきらめ顔で言った。


「結婚の約束なら私だって何度もしてもらったわ。そうでしょ、お兄ちゃん!」と絵里子。


「まあそうだけど」と徹。


「それこそ、子供の時の話でしょ」と佳耶。「最近はツンツンして口もきいてなかったくせに」


「うるさいわね。だからちゃんと話をしようとしたら、あんたが割り込んできたんじゃない。邪魔しないで!」と絵里子。


「わかったわよ」と佳耶。

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