徒花と咲かんとす
和藤内琥珀
飲み会の席にて
「では、皆様ご唱和ください…乾杯!」
「乾杯〜!」
文芸部の元先輩の掛け声とジョッキの交わされる音と共に、飲み会が始まった。
暖かい色の光の下、元✕✕高校文芸部の面々が机を囲んでいる。机には、ジョッキいっぱいに注がれたビールや、つまみの枝豆、揚げ物が整然と並ぶ。書き入れ時だろうか。周囲の席も賑わっているようで、多くの話し声やら笑い声やらが聞こえる。
「9、10、11…いや〜、これだけ集まれるとは思わなかったねぇ〜」
「そうだね、前に約束していたとはいえここまで来るとは…さては皆暇か?」
「そんなことないですよぉ!楽しみにしてたからあけてたんですよっ!」
賑やかに会話が始まる。まるで、あの頃に戻ったみたいだ、と思う。でも、やっぱり、こういう飲みの席はどうも苦手だ。どうしても気を置いてしまう。一番、最近でも連絡を取っている早弓君は、対角線上に反対側に座ってしまっている。
「このメンバーを見ると落ち着きますね」
「僕はあんまり行けてなかったからよくわからないけど」
「秋月先生は作品はきっちり出す幽霊部員でしたもんね…」
「其辺はきにかけてたから」
盛り上がっている席はいい。気を遣わなくてもいいのもあるが、何しろ僕に話題が回ってこないからいい。1人で黙々と飲める。
「でも一番驚いたのは文芸部員から大学病院のお医者様が出たことですよ…ね、泉先生」
あ、まずい回ってきてしまった。慌てて表情筋を緩めて、口角を上げる。
「大した事ないですよ…ははは」
「そんな謙遜しなさんな!そこじゃあ最年少のお医者様なんでしょ?すごいわぁ」
「いやいや…若けりゃいいってもんじゃないですよ、先輩」
「泉先生の自分を卑下する癖は治ってないみたいだね」
大きく笑いが起こる。場が盛り上がったからいいか…。
ふと、早弓君と目が合ってしまった。早弓君だけは、口元をピクリとも動かさずに冷めた顔をしていた。見つめ合った瞳は、果てしなく黒く、落ちると二度と戻れないような、そんな感じがした。
僕は、早弓君のその顔が、どうしようもなく苦手だった。
僕の、空っぽな心の中まで、全て見透かされている気がして。
「すみません、少しお手洗いに…」
「ああ、いつでも行っておいで」
外の空気はいい。折角の月が、雲に少し隠れてしまっているのは残念だが。
それにしても、店外での一服などは更にいい。
煙を吐き出す。ふわりと幻影みたく消えていく。
この煙と同じように、消えるのも一興かもしれない。ぼやけた思考がぐるぐる回って、溜息として外に出された。
「泉君」
早弓君の声。と、後ろからじんわりと感じる、人の体温。眼前に回ってきた腕には、もう随分と薄くなった切り傷の跡がある。
「…早弓君、今僕火のついたを持ってるから危ないよ」
「大丈夫だよ、それくらい」
「僕は気が気じゃないんだけど…」
「じゃあ、それ、くれない?」
早弓君は、僕の返事を待たずして僕が咥えていた煙草を勝手にとっていった。
「あっ、」
「体に悪いんでしょ?お医者様?」
早弓君は悪戯っぽく笑って、僕から奪った煙草を口に咥えた。一度大きく吸って、空に吐く。
頬が熱い気がする。酔ってしまったのだろうか。いや、それよりも。
「人の吸いかけを吸うなんて、衛生的に良くないな」
「…そこ?」
ふふ、と可笑しそうに目を細める。柔らかい表情だ。
月明かりが強くなる。月を隠していた雲が動いたようだ。
「…今日は、月が綺麗だね」
お世辞ではなく、心からそう思った。空は心を映す鏡とはよく言ったものだ、と思う。心から。夏目漱石がどうとかの、あの意味ではなく。
早弓君は、少し驚いた顔をして、僕に煙を吹きかけた。
「ゲホッ、ゴホゴホ…っ、なんだいいきなり」
煙たい。煙草の煙はこんなに煙たかったろうか。
全く、昔から何をしたいのかよくわからない。
「帰っちゃおうか、2人で」
そう、笑うものだから、狐につままれた気持ちになって、ただ、早弓君についていくしかできなかった。
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