11月23日 土曜日 理想の香り
コポコポコポとケトルでお湯が沸く音で目が覚めた。目が覚めた瞬間から幸せな香りに包まれていることに気が付いた。
「あ、起きたね。おはよう。」
「おはようございます、、、、。」
先輩が僕が寝ているソファーの前でブランケットに包まって座っていた。
「あれ、先輩、、体調はもう大丈夫なんですか?」
まだ頭が完全に覚めていない。
「もう熱も下がったから大丈夫だよ。ただ、喉のガサガサが残ってたから勝手にお湯を沸かせてもらったけど良かったかな。」
「全然大丈夫ですよ。僕も飲みたいかもしれません。あれ?そういえばなんで先輩はここで包まってたんですか?」
「ハハハッ。まだ目が覚め切って無いんだね。」
「そうですね。まだ、ぼんやりとしていて。」
「ゆっくり起きようよ。今日も休日なんだから。それより、君は何を飲む?」
「僕はココアをもらいたいです。」
「わかったよ。少し待っててね。」
朝、目が覚めたら先輩がいてココアを入れてくれる。あまりにも夢のような光景のせいで余計に目が覚めない。
「はい、ココアだよ。熱いと思うからちゃんと冷ましてから飲まないと火傷するから気を付けてね。」
「ありがとうございます。」
あれ?昨日僕が先輩に言った事と全く同じ事を言われた気がする。
2人で温かい飲み物を飲んでくつろぐ。今日も1日こうやって過ごしたい。
「やっと落ち着いた感じがするね。天気も良くなったことだし、もう少しゆっくりさせてもらっても良いかな。もし、居ても良いなら君とドラマの感想を言い合いたいな。」
「良いですね。僕も先輩の解釈を聞きたい場面があるので。ドラマを観ながら言い合いたいです。」
「うん。そうしよう。」
さっそくドラマの気になった部分を再生しながら話し合う。自分が気づかなかった所やお互いの解釈が全く違う所、同じところ。2人でたっぷり満足するまで感想を言い合った。
「いやー、やっぱり面白いね。1人で見た時とは違う見方ができたよ。」
「僕も面白かったです。他にもおすすめのドラマがあれば教えてください。」
「どうだろうな。私もここまで面白いと思った物が久しぶりだったんだよね。そうだね、何となく気になっている映画がサブスクであるから観てみる?」
「観ましょう観ましょう。」
先輩が言ったタイトルを調べて視聴開始ボタンを押す。なんだか違和感を感じる。その違和感の正体が映画を見始めてすぐにわかった。
恋愛映画だったのだ。
先輩がこちらを見ながら笑いをこらえているのがわかる。昨日の不安定な様子は一欠片も無く、いつも通りの元気な先輩に戻っている。それ自体は嬉しいけど急に先輩をそういう目で意識してしまったから顔の火照りが止まらない。
「どうしたのかな?顔が赤いよ。もしかして私の風邪が移ってしまったかな。それなら大変だからいますぐ寝ないと。私が看病してあげるからさ。」
言葉自体は僕を心配してくれる真面目な言葉なのに言ってる本人の表情と声色で冗談だとわかる。
この人がこういう人だということを忘れていた。
「私もこんな恋愛がしてみたいよ。」
「いつか良い相手が見つかると良いですね。」
少しの沈黙の中、2人で並んで映画を見続ける。
3時間弱で映画が終わり、先輩と顔を見合わせる。
「この映画も面白かったですね。シンプルで一直線な話が頭に入ってきましたし、キャラクターの心情も分かり易かったです。」
「私も同じ感想だよ。心情の描写が少し複雑なところもあったけどキャラクター同士の動きで捕捉されていて観てて気持ちよく物語に入り込めたね。」
「そういえば、先輩って明日も暇なんですか?」
「明日は朝からバイトがあるから暇では無いかな。だから、今日は20時頃には帰るかな。」
「了解です。まら、晩御飯は一緒に食べるってことですよね。」
「そうだね。ずっとご飯を用意してもらってたから晩御飯は私が用意しても良いかな?」
「それはめっちゃ嬉しいんですけど、もう食材が無くて。スーパーに買いに行ってきますね。」
「何で1人で行こうとしてるの。私も行くよ。」
「大学の近くのスーパーですけど僕といるところを知りあいに見られても大丈夫なんですか?」
「先週は2人で遊びに行ったし、今なんて2人で君の家に居るんだよ。いまさら気にしてももう遅いよ。」
確かに先輩の言う通りかもしれない。それに、誰かに何か言われても悪いことはしていないから無視すれば良いだけか。先輩が良いと言ってくれるのなら。そうは言っても少しは気にしてしまうけど。
まばらに人がいるスーパーで買い物を始める。
「君は何が食べたいの?作るって言ったけどある程度の家庭料理しか作れないよ。」
「そうですね。温かいものが食べたいなって感じです。」
「じゃあ、肉じゃがとかにしようかな。」
先輩と並んでお肉コーナーを歩いているときに鍋のもとが大量に売られているコーナーを見つけた。その瞬間に先輩と2人で鍋をつつく夢のように幸せな光景が脳に浮かび上がった。
「僕、鍋料理が食べたいです。家に鍋はあるのでできます。」
「お鍋か、良いね。何味にする?あんまり辛い物が食べられないからキムチ以外にしてほしいけども。」
「豚骨とかどうですか。最後にラーメンも入れましょう。」
「ラーメンは絶対に入れよう。」
何を買うか決めた先輩の動きは速かった。商品を取り買い物かごに入れるこの動きを止まらずに続けていた。家に帰るまで先輩の後ろを着いていくだけになってしまった。
「鍋はこれを使ってください。」
「腕によりをかけて作るね。っと言っても具材を切るだけなんだけどね。」
先輩がそう言って食材の用意を始める。僕はその様子を眺めている。あらかた具材を用意し終えたらしく徐々に良い匂いもしてきた。
「お鍋ができたよ。冷めないうちに食べよう。いただきます。」
「いただきます。」
こうして温かく暖かい夕食を楽しんだ。
「じゃあ、また月曜日にね。」
「はい、さようなら。」
明日の朝からバイトのある先輩は晩御飯を食べて一緒に食器を洗った後、一緒に駅まで歩いて別れた。
この2日間は本当に濃い時間だった。先輩がいなくなったことによる寂しさと普段通りの自分の部屋での暮らしに戻ったことによる落ちつき。そして、シンプルな疲労でものすごく眠い。
でも、全く嫌な感じはしない。幸せな時間を過ごすことができた。距離を近づけることができた。他の人からすれば遅い歩みかもしれないけどこれが僕のペースだ。おそらく、先輩も察してくれていると思う。だから、僕に合わせた距離感で踏み込み具合で接してくれている。
シャワーを浴びてベットに潜り込む。昨日は先輩がここで寝ていたんだよな。先輩の香りが少し入り混じった空気が肺に入っていく。その香りが脳まで届いたとき、眠りについた。
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