11月16日 土曜日 心急く香り③

 服屋に入り辺りを見渡す。松村まつむら先輩とぽつぽつと話しながら店内を周っていると店員から話しかけられた。さっき話しかけられないって言ってくれなかったっけ?


 店員は先輩が良い感じに流してくれた。


 「なんだか、『あまり店員さんに話しかけられないお店の雰囲気だから安心してね。』って私が言ってたのにって思ってそうだね。」


 「まあ、そうですね。油断してたので少し戸惑ってしまいました。」


 「君は店員さんに話しかけられて完全に固まってたからね。その様子が少し可笑しくて可愛かったよ。」


 「だから、すぐには助けてくれなかったんですね。」


 そう、この人は固まっている僕を少しの間、観察してニヤニヤしていたのだ。


 「ごめんね。君があそこまで店員さんとの会話が苦手だと思っていなくてね。」


 「こうして買い物するなんてめったにないので慣れていないんですよ。」


 「本当に戸惑ってたね。君に苦手な物があると知れて良かったよ。講義の時とかはボーっとしてるけど結構しっかりしてて何でもそつなくこなしてる印象だったからさ。」


 僕に対して先輩がどう思ってるか段々とわかってくる。良いことも、悪いことも。このまま会話ばかりしていたいけど、そういうわけにもいかない。


 「僕が思ってたよりも先輩からの印象は良かったんですね。その印象をこれ以上、崩さないためにも服選び全力で頑張ります。」


 「真剣に選んで貰えるのは嬉しけど楽しんでもらいたいからそんなに気負わなくれもいいのに。でも、そんなに言うならとても期待していようかな。あ、面白そうだから私にファッションに関する質問するの禁止ね。」


 少しまずい。男性のファッションならまだしも、女性のファッションに関しては何もわからない。さっきから思ってたけど、この人は確実に僕で遊んでいる。


 「そこまでするなら一旦バラバラになって選んでみても良いですか?その方がサプライズ感もあって面白いかもしれないですし。」


 「それ良いね。じゃあ、私は別の階のお店に行っているから選び終わったら連絡してね。」


 先輩がいなくなったのを確認した僕はすぐに店員に話しかけた。自分で何も選べないのなら人に聞くしかない。先輩に選んだ服は僕が代金を払うつもりだから多少、高い買い物になっても確実に失敗するよりかは良い。


 「すみません。女性に服を選びたいんですけど、どれが良いかいまいちわからなくて。」


 「先程まで一緒だった女性へ向けてですか?」


 「そうなんです。話の流れで僕が選ぶことになってしまいまして。」


 「かしこまりました。どういったイメージの服かも決まっていないですよね。」


 「はい、本当にわからなくて。」


 「そうであれば、こちらの商品などがおすすめです。先程の方の服装の系統にも合いそうですし。」


 つらつらといろんなことを言われる。そのなかで妙に目から離れない物があった。


 「この服が何となく良いと思ったんですけど、これに合うズボンもありますか?」


 「この少し淡い青色のデニムジャケットですね。この服だと同じデニムのパンツとのセットアップにするか、黒のロングスカートが合うと思います。」


 先輩のデニムのセットアップは個人的に見てみたいかもしれない。デニムの格好良さと可愛さによって先輩の魅力が引き立つ。絶対に。


 「デニムのセットアップにしようと思うので試着のためにさっきの人呼びますね。」


 「かしこまりました。それでは、試着のタイミングでお呼びください。」


 店員と一旦離れる。ちょっとした緊張から解放され、一息ついて先輩に連絡を入れる。


 『服を選び終わりました。試着してもらいたいので来てください。』


 『お、選んでくれたんだね。すぐにそっちに向かうよ。』


 5分ほどで先輩がやってきた。


 「さぁ、どんな服を選んでくれたのかな?」


 「若干、期待に応えることができるか不安はありますけど先輩に似合いそうな物を選べたと思います。」


 「いいね。もう、その服は見えてるのかな?」


 「これです。これをセットアップで来てもらいたいと思いまして。」


 「デニムのセットアップは着たことが無いから自分でもどんな感じになるのかわからないや。まあ、一旦試着してくるね。」


 先輩が店員に声をかけ、試着室へ入っていった。試着室の中からゴソゴソッと音がする。今、目の前にある薄い扉のその気で先輩が着替えている。意識してしまったことで変に考え込んでしまう。試着室の近くでスマホを見つめて待っているだけなのにひどく落ち着かない。しかし、その時間も長くは続かない。カチャッと扉の音がしたと思い顔を上げるとデニムに身を包んだ先輩が立っていた。


 想像していたよりも綺麗で可愛く、格好の良い姿だった。


 「めちゃくちゃ似合ってますし、いつもと違う雰囲気がして良いと思います。」


 「うん、私も本当に良いと思う。この服が気に入ったて、サイズも丁度いいから買うよ。選んでくれてありがとう。」


 先輩が気に入ってくれたようで良かった。でも、それだけじゃだめだ。


 「この服は僕に買わせてください。僕が先輩にプレゼントしたいので。」


 「さすがに悪いよ。この服、結構高いよ?それに、私の勝手で君が選んだくれたものでもあるし。」


 「正直、僕も変かもしれないと思ってますが、先輩に僕が選び、買った服を着てもらいたいんです。なので、僕に買わせてください。」


 「わかったよ。この服は君に買って貰おう。はぁ、君はこんなに頑固だったんだね。」


 「ちょっと頑固だったかもしれません。でも、本当に買わせてもらいたかったので。」


 先輩を困らせてしまったかもしれないが、僕が服を買えることになった。これは、僕の意地だ。先輩が考えを買えないうちに商品を持ってレジへ行く。


 お会計、税込み18,900円。


 財布が軽くなったような気がする。しかし、後悔は無い。袋に入った商品を受け取り、先輩に手渡す。


 「ありがとう。丁寧に着るようにするよ。」


 「僕としては着てもらえるだけで嬉しいです。」


 店を後にしながらこの後のことを話す。


 「次に行くところは決まってるんですか?」


 「うーん、あんまり決まってないからブラブラしながら気になったところに入ろうかなと思ってるよ。次は陽介ようすけ君の服を選ぼうか?」


 「僕の服は大丈夫ですよ。この服もありますし。今、欲しい服は無いので。」


 「ちょっともったいない気がするけどね。もし、買いに行くことがあったら誘ってよ。」


 「その時があればですね。」


 僕が服を買いに出かけることがあるんだろうか。あるとすると先輩に対して格好つけたい時だろう。いつか先輩に堂々と格好つけれるようになりたい。


 「あ、このお店が気になるから入ろうよ。」


 先輩が僕の前を歩き店内を周る。商品を見て周る。その中で会話をしている。今はこれで良いのかもしれない。先輩が引っ張り、僕が付いていくこの空気感で。


 この後も先輩が気になった店に入り、お互いに欲しいものを買って2人で過ごす休日を楽しんだ。

 

 20時頃になり軽く晩御飯を食べて◇◇駅まで戻ってきた。先輩との休日が終わってしまう。


 「一日中、私に着いて来てくれてありがとう。」


 「お礼を言うのは僕の方ですよ。先輩と遊べて本当に楽しかったので。」


 「これ、今日買って貰った服のお礼ね。」


 そう言われながら渡されたのは小さな紙袋に入った何かだった。


 「じゃあ、そろそろ電車が来たから行くね。本当に今日はありがとう。また、月曜日にね。」


 あまりにも急すぎた。


 「はい、また月曜日に。」


 先輩は行ってしまった。もう少し会話したかったなと思いながらもしかたないので家へ帰る。


 帰宅してから紙袋の中身を確認すると入っていたのは香水だった。軽く付けてみると甘いけど甘すぎないゆったりとしたバニラの香りだった。

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