11月16日 土曜日 心急く香り①

 今日が来た。デートと言えるかどうか分からないがとにかく松村まつむら先輩と二人で出かける事実に心が揺らされあまりの緊張で全く眠れなかった。現在時刻は午前4時、先輩との集合時間までたっぷりと時間がある。ベットの中でスマホの明かりを見つめて時間を潰してボーっとしているとだんだんと眠くなってきてしまった。このまま寝て遅刻したら目も当てられないのでコンビニまで散歩に行ってみる。


 玄関を出ると既に空は薄明るく、ひんやりとしていた空気が漂い、澄んだ香りがしていた。普段で出歩かない時間帯に、しかも、先輩とデートに行く特別な日に散歩しているとあまりにも普段とは違った不思議な感覚に包まれる。10分くらい歩いて近所のコンビニまで行く間にも、少し眠そうな目をしながら車の中でひげを剃りながら信号待ちをしているおそらく会社員の男性、朝早くからランニングをしている女性、コンビニの前の喫煙所でたむろしながら話している数人の大学生がいてこの人たち1人1人にも人生があり、大切に想う存在がいるのかもしれない想いを馳せてみた。心の中のポエムが普段よりも暴走しているかもしれない。


 コンビニまで散歩することが目的だったから店内に入っても買いたい商品が無い。でも、店に入ったからには何か1つでも買わないとさすがに気まずい。そこでふと頭に浮かんだ物が肉まんだ。僕は肉まんが好きで気温が下がってきた頃から売られているのを見かけたら大体買ってしまう。少しワクワクしながら売り場を見てみると準備中の札がかけられ、空だった。え、まじ?


 当たり前の話かもしれない。だって、この時間だから。この悔しさを楽しみに変えるために電子レンジで温めて食べるニンニクともやしがいっぱい乗ったラーメンとおかかのおにぎりを買って帰宅した。家に帰ってきて早速ラーメンを温め、おにぎりを食べながら適当な動画を観る。全く予定になかったのに朝ご飯をがっつり目に食べてしまった。そして、食べ終えてから気づいた後悔がある。それは、ニンニクの臭いが口からしていることだ。今日先輩とデートなのに講習のことを考えていなかった僕は急いで歯を磨いて口臭ケアのタブレットを買うために再びコンビニへと向かった。


 また帰宅し、ようやく落ち着いたときに時間を確認してみるとまだ午前6時半。まだまだ時間は有り余っているけどもう眠気は無いので寝坊はしないだろう。それからは9時くらいまで復習としてデートの指南動画のようなものを観ていた。どんなに当てになるかは知らないけど、心を落ち着かせてくれる物だった。


 家を出るために買ったばかりの服を着て鏡の前に立つと我ながらかっこよく見えてきた。ちょっとだけ服に着せられてる感があるけどもあまり気にしないでおく。後は今日のために買ったウッディ系の香りの香水を軽くつけて身支度が完成した。


 家を出ると馴染みのあるいつも通りの空気が流れている。自分のつけ慣れていない香水の香りの漂いを感じながら◇◇駅まで行く。改札を抜けそのそばにある時計台に行き、先輩が来ていないか確認したけどまだ着いていなかった。


 先輩に到着したと連絡を送り、スマホを眺めながら待つ。今日の行先は月曜日に聞いたところ、まず軽く雑貨屋に行った後に少し移動し、お昼を食べ、近くの商店街で買い物をして解散の流れと言われた。先輩の到着が待ち遠しい。


 待ち合わせの5分前に先輩がこちらに歩いてくるのが見えた。


 「ごめんね、待たせてしまったかな?」


 「全然ですよ。僕が少し早かっただけなんで。」


 お決まりのセリフで少しテンションが上がる。


 「じゃあ、さっそく行こうか。まずは、雑貨屋さんだね。」


 先輩と並んで歩き始める。あまり嗅いだことの無い香りが風に乗って漂って来る。いつもの身体に染みるような香りでは無く、何と言っていいのかわからない香水の香り。香りに戸惑っていると先輩の服装を褒めるタイミングがわからなくなってしまった。


 「僕があまり物を買わないんで知らないんですけど雑貨屋って何買う所なんですか?」


 「名前通りいろんな商品が売っているよ。私は、ずっと使っていたマグカップを割っちゃってね。結構、気に入っていた物だったから新しいものを買う時もこだわりたく行くんだ。」


 そう言って到着したのは雑貨屋のイメージ通りの雑貨屋だった。入って少しすると気に入ったマグカップをいくつか見つけたのか真剣な顔になった。


 「陽介君はどっちがいいと思う?」


 先輩が指したのは全体が黒く、小さな黒猫の絵が描かれている物と全体が薄黄色でコーギーが描かれている物だった。先輩は猫が好きなはずだ。


 「僕は、黒いマグカップの方が可愛くていいと思います。」


 「なら、それにしよう。」


 先輩は即決し、黒色のマグカップを購入した。


 「すぐに決めちゃって良かったんですか?」


 「どちらもとても気に入ってたからね。後はどっちにするかのきっかけが欲しかったんだ。」


 先輩の役に立てたと思うとどんな小さなことでも嬉しい。


 「そろそろ移動してお昼食べに行こうか。◇◇駅から電車で二駅のところだけど時間的に電車が混んでるかもしれないけど、お店は予約してあるからそこまでの辛抱だね。」


 今は土曜日の正午前、先輩の言ったようにとても混雑していた。しかも、すぐ隣に密接した状態の雪先輩がいることもあって電車を降りるまでに体力を大きく消費してしまった。


 電車の中は先輩との距離がほぼゼロだったから普段よりも先輩の香りが強く、直に僕の身体に入ってきて本当に幸せな時間ではあったけども。


 「思っていたより人が多くて大変だったね。」


 「そうですね。でも、それよりもお腹が減ってきてるのでこの後のお店がめっちゃ楽しみです。」


 「お、良いね。予約してるところは私がずっと行きたかった所なんだけど料理の量が少し多くてね。友達とご飯に行くときも候補から外してた所だから陽介君も満足できると思うよ。」


 そうして着いたのはオシャレなカフェだった。先週、楽斗らくとと行ったカフェとは雰囲気の違う煌びやかな店内だった。

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