第11話

「……ただいま」


「おかえり、お兄ちゃん。……どうしたの? 何かあったの?」


 わざわざ玄関にまで来てまで俺を出迎えてくれた綾音に俺の傷付いていた心は一気に癒された。

 短い時間……だったんだと思う。それでも、内心を顔に出さないようにし、権力者を怒らせないように細心の注意を払っていたからこそ、精神的な疲れは尋常では無かった。


「……綾音、抱きついていい?」


 遥人の体としては綾音は妹だ。

 ただ、今の俺の中身は遥人では無く、綾音にとっては赤の他人でしかない。

 だから、遥人に体を返すことになった時、後ろめたさがないようにこんなことは口に出すべきでは無いと理解しつつも、俺はそう言ってしまっていた。

 それだけ、疲れてたんだ。

 元の世界でも極稀に貴族様と話をすることはあった。

 ただ、こんなに長い時間話しをしたことなんてもちろん無いし、下手をすればこれが毎日続くかもしれないという恐怖までもが今の俺の心の中にはあった。


「い、いや、やっぱりなんでも​──」


「うん。もちろんいいよ、お兄ちゃん」


 それでも、我に帰ることが出来た俺は、直ぐにさっきの発言を取り消そうとしたのだが、その言葉に重ねるようにして、綾音のそんな声が聞こえてきたかと思うと、俺は綾音に抱きしめられていた。

 ……何これ、やばい。本気で泣きそうなんだけど。


 俺に家族がいたら、こんな感じだったのかな。

 ……俺の家族は貴族様の不興を買って、殺されているらしいから、分からないな。

 ……それだけのショックだったのか、俺はその時の状況と家族に関する記憶が完全に飛んでるから。


 別にそのことに対して何かを思ったことは無い。

 酷い話かもしれないが、単純に家族のことを覚えていないって言うのもあるけど、子供ながらに、貴族様っていうのはそういうものなんだって理解してたからな。

 仮に記憶があったとしても、復讐なんてものには走らなかっただろう。


 そして、そこまで思ったところで、今度こそ、俺は我に返った。


「あ、綾音、もう大丈夫だから、ありがとう」


 あれだけ権力者の前では表情に気持ちを出すことは無かったのに、何の権力も持っていない少女だからか、ただ単純に気が抜けているのか、俺は少しだけ顔を熱くして、そう言った。


 子供みたいに抱きしめられて恥ずかしいという思いもあるが、何より……


(綾音にとって俺が他人なのと同時に、俺にとっても綾音は他人なんだよ)


 今の俺は遥人の体だし、当然綾音は妹だってちゃんと意識してる。

 それでも、どれだけ控えめに言っても綾音は美少女だし、こんな状況で何も思わない男は居ないと思うし、俺だってそれは例外じゃない。

 このまま押し倒す……なんてことは絶対に無いと言い切れるが、それでも、この状況は不味い。


「もうちょっと」


「え?」


 何故か俺は更に強く抱きしめられた。

 ……確かに、最初に抱きついてもいいか? なんてとち狂った質問をしたのは俺だ。

 だから、綾音は優しさで俺に何かがあったんだと思い、抱きしめてくれたんだということはちゃんと理解している。

 ただ、俺、ちゃんとさっきもう大丈夫って言ったよな? ……気のせいだったのか? 言ったと思っていた言葉は俺の妄想で、本当は言っていなかったのか?


 ……ダメだ。

 この状況、めちゃくちゃ落ち着いてしまう。

 ……これが家族の温かさってやつなのか? それとも、中身が別だから、これはまた違う感情なのか……?




​​───────​───────​──────

人物紹介:石塚綾音(モブの妹。それ故に本来ならば攻略対象ですらない)

主人公の元の人物、遥人の両親は死んでいる。

両親が死んだ後、料理は毎日綾音が作っていたが、お世辞にもあまり美味しいとは言えなかった。

綾音と主人公の仲が悪かった訳では無いが、遥人の方からも、綾音の方からも口を開くことは基本的に無いことから、喋ることは少なかった。

だが、一度だけ遥人は呟くように「母さんがいてくれたら……」と綾音の前で食事中に言ってしまっている。遥人は慌てて直ぐに訂正をしたが、時すでに遅く、気がついた頃には、綾音は自分を守るためなのか、性格が一変していた。


攻略難易度:???


性癖:???


状態:困惑、疑問


​───────​───────​──────

あとがき。

8話の最後、人物紹介:菊池理恵にて【状態】を追加させて頂きました。

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