第23話 君は可愛すぎる
「見てください、一前君! あれが異人館みたいです! エキゾチックですね!」
僕と一緒に並んで歩いている坂岡さんが、眼前にそびえ立つ建物を見つめながら目を輝かせる。
南野異人館。
洋風の雰囲気あふれるこの場所が、僕たちのデート一発目に選んだスポットだ。
土曜日ということもあって、観光客の人たちがたくさんいる。
男女の二人組も結構いて、カップルなのかな、とか色々考えてしまった。
もしかすると、僕と坂岡さんも恋人同士だと思われてたり……?
さっきから妙にチラチラ見られるし……。
「一前君」
「……! は、はい! 何でしょう……?」
危ない。周りばかり見てた。
声を掛けられてハッとする。
「さっそく入りましょう? 入り口、あそこみたいなので」
坂岡さんの指差す方向に列ができてる。
皆、あそこで入場料を払ってるみたいだ。
「あ、ぼ、僕、入場料払います。今日はその……せっかく誘ってもらったんで」
僕がぎこちなく言うと、坂岡さんも焦ったようにぎこちなく手を横に振った。
「い、いえいえ、そんな……! お気遣いなく……! 誘ったのは私の方ですし、感謝しないといけないのはこちらなので……!」
「で、でも、いや、あの、任せてください! ここは泥舟に乗った気分で!」
顔を熱くしながら言う僕。
緊張してるせいで、言葉が脊髄反射に出ていく。
何かおかしなことを言ってしまったみたいだ。坂岡さんに笑われてしまった。
「ふふふっ……! 一前君、それを言うなら『大船に乗った気分で』ではないですか……?」
「え……!? あっ、あれ……!? 僕、今なんて言いました……!?」
「『泥舟に乗った気分で』って言ってました」
それは確かに間違いだ。
恥ずかしさがさらに増す。
しどろもどろになるしかなかった。
「……本当……好きだなぁ……」
「……へ……?」
坂岡さんが小さな声で何か言ったけど。
僕にはそれがちゃんと聞こえず、ただ疑問符を浮かべるだけ。
でも、彼女は何を言ったのかちゃんと答えてくれず、太陽みたいに明るい笑顔をこちらに向けながら、そっと僕の手を握ってきた。
「……っっっ!?」
「行きましょう? 一前君」
「あっ……はっ……ひゃい……」
きっと。
たぶん。
おそらく。
もしも、僕がさぁ姉と礼姉に出会っていなかったか、あるいは疎遠になっていたならば。
確実に坂岡さんに惚れていただろう、と。
今なら断言できる。
それくらい彼女は可愛かった。
●○●○●○●
異人館の中に入って、家具や建物の造り、それから歴史資料を見て回る。
そうしていると、どうしてさっきから周りの人たちにチラチラ見られるのか、何となくわかった。
理由は、坂岡さんだ。
彼女が可愛いから、通り過ぎる人が見てくる。
「あの子可愛い過ぎん……?」
僕たちと同じ歳くらいの男子大学生集団が、コソコソとこんなことを言い合ってたのも耳にした。
そして、
「隣のあいつは彼氏か何かか……? 不釣り合いだろ……」
「レンタル彼女とかじゃね……? じゃねーと説明つかん気がする」
「だよな? あんなんがあの子と恋人関係だってんなら、俺は世界の不条理を呪うね」
「俺は呪うんじゃなくて、あいつから寝取るわ」
「お前ヤバすぎwww」
……いや、ね?
わかってはいた。わかってはいましたとも。
そりゃそうだよ。
僕があの人たちと同じ身だったとしたら、まったく同じことを考えてた気がする。さすがに寝取りとかはやらんけども。
世界は呪ってたし、ため息ものだ。間違いない。
だから、僕たちが付き合う、なんてことは普通に考えてあり得ないことで。
坂岡さんが今日こうして僕をデートに誘ってくれたのも、本当に訳がわからない。
好意を寄せてくれてるとかが本当で、彼女から迫られたり、とかしたら、キッパリと断り切れるだろうか。
自信がない。
さぁ姉と礼姉がいるのに……。
「っ……」
唇を噛み、モダンな窓から外を眺めていると、すぐそこで異人館キーホルダーを見ていた坂岡さんが、僕の名前を呼んできた。
「一前君。これ、私と一緒のもの買いませんか?」
「……!?」
見せてくれたのは、銀色のハートでできたキーホルダー。
いや、銀だけじゃないか。よく見てみると、ブルーとピンクの宝石みたいなものが中央に埋め込まれてる。
……ていうか、これは……。
「え、えっと……あの……坂岡さん……?」
「……? 何でしょう、一前君……?」
「これ…………か、カップル用のペアリング的なもの……では?」
刹那、後ろの方でベキッと何かを壊す音がしたような気がしたけど、振り返らない。
僕は、坂岡さんの方だけを見つめて問うた。
そしたらまあ、みるみるうちに彼女の顔は主に染まっていき、僕の方を上目遣いで見つめてくる。
「っ……」
思わず息を呑んでしまった。
心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。
過呼吸になりそうだ。
人がたくさん行き交ってる場所だってのに、ここは僕たち二人しかいないような、そんな感覚に陥ってしまう。
揺れる瞳を、坂岡さんから離すことができない。
上目遣いの彼女は、視線を右へ左へやりながら、やがて最大限照れたまま僕にこう言ってきた。
「カップル用のペアリング……一前君としてみたいな……」
僕の中で、ビッグバンが起こった。
頭が回らない。
呼吸も浅くなってる。
何も考えられず、僕は自分の鼻から無意識のうちに何かを垂らしていた。
「い、一前君……!? は、鼻血出て……!」
「……へ……? あっ……!」
言われて、鼻血が出ているのに気付く。
僕は坂岡さんに一言謝って、大慌てでトイレへ駆け込んだ。
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