第21話 百合作戦……?

「ふ~~~ん。それでそこの不法侵入オバサンはいい歳してあさ君に慰めてもらってたんだぁ~。へぇ~~~。いいなぁ~~~。私もにゃんにゃん言って泣いたらあさ君からよしよししてもらえるのかなぁ~~~?」


 いったい、いつから僕の部屋は当然のように出入りできる場所と化したんだろう。


 泣き出した礼姉を慰めていると、ノックも無くさぁ姉が部屋へ入って来て、状況はさらにカオスなことになってしまった。


 学習机に備え付けられてる椅子に腰掛け、脚を組みながら僕と礼姉を見下ろすさぁ姉。


 その瞳は、さっきまでの礼姉と同じで、完全にダークサイド堕ちしてる。


 とりあえず事情を説明したものの、どうしてこう一々面倒な展開になってしまうのか。


 思わずため息をついてしまいたくなるけど、それをするとまたさぁ姉の機嫌を損ねてしまうから我慢。


 ただ、礼姉の頭を撫でてあげるのだけは止められない。止めたら、次はこっちがわんわん喚き出す。


 八方塞がりと言っていい。


 苦しいが、どうにか耐えて少しでも状況を良くしていかないと。


 僕は前を向くことにした。辛い時こそポジティブに、だ。


「……あの、さぁ姉? とりあえず、礼姉に不法侵入オバサンとか言うのやめて? また傷付いちゃうから」


「ふぇぇぇ……アサたん優しぃ……しゅき……」


 涙目でニャンゴロ甘えてくる礼姉。


 が、しかし……。


「……そうなんだぞ、どっちが不法侵入オバサンだ! 桜子なんかにそんなこと言われる筋合いない! 私がオバサンならお前はおばあさんだ!」


 ……なんて。


 また色々と熱くなってきそうな暴言をぶつけなさる元祖不法侵入おば……ではなく、礼お姉さん。


 本当に頭を抱えたくなる。


 何でこう相手を煽るようなこと言うかな……。


 見れば、さぁ姉は頬をヒクつかせて怒りマークを浮かべている。


 僕が代わりに謝るしかなかった。


 もちろん、これ以上何も言わせないために、礼姉の口は僕の手で塞ぐ。


 口を塞がれた礼姉はなぜか嬉しそうにしているけど、その辺りはもう無視だ。さぁ姉もそんな羨ましそうに歯ぎしりしないで欲しい。ただ手で口を塞いでるだけなんだし……。


「ねえ、さぁ姉? 今の礼姉の失言に対しては僕が謝るけど、正直こんなくだらないやり取りをしてる暇ないんだよね……」


「うふふっ。あさ君ったら何を言ってるの? このやり取りはくだらなくなんてない。これは、私と礼ちゃんの、いわば戦争なの。もちろん、あなたを巡ってのね?」


「なら、それは僕が二人から離れたら解決するってことか。了解」


 言って、礼姉から手を離して部屋から出ようとしてみた。


 そしたらまあ、二人して血眼になりながら僕の手を強烈な力で掴んでくる。


「あさ君、それは違うの。戻って」


 ということらしい。


 冗談だったとはいえ、凄まじい食いつき具合に恐怖を覚えた。


 そのまま引っ張られ、僕はさっきまでさぁ姉が座っていた椅子に座らせられる。


「いい? あさ君自覚して? あなたがいなくなれば、確かに私たちの戦争は終わる。けれど、終わるのは何も戦争だけじゃないの」

「アサたんがいなくなったら……お姉ちゃんたちの命も終わるの……。アサたんのいない世界に意味なんてないから……ゥフフフフフ」


「怖い。二人とも目が怖いよ。わかったから離れてくれ。いなくなったりなんしてないし、さっきのも冗談ですから」


「「ホ・ン・ト・?」」


「ほんとほんとほんと! 顔近いって! いくら何でも近すぎ!」


 少し押せばキスができそうなくらいだ。


 殺戮姫と呼んでいいような、冷たい二人のご尊顔が圧と共に寄って来た。


 僕はもがいてみせるけど、二人がかりで抑えられて脱出することができない。


 荒くなってるさぁ姉&礼姉の呼吸もハッキリ聴こえてきて、これから僕は食べられてしまうんじゃないかという錯覚も覚えてしまう。


 殺戮肉食姫たちだ。姫と言ってもアラサーだけど。


「……今……アサたんが心の中で私たちのことを『アラサー』と罵った気がした……」


 ……いや、だから何で心の声が読めるの……?


 礼姉、エスパーですか……?


「へぇ? あさ君、礼ちゃんがこう言ってるけれど、本当?」


「そ、そんなわけないって。殺戮肉食姫……とかは思ったけど」


 俺がぎこちなく返すと、


「殺戮肉食姫。姫と言ってもアラサーだけど」


 礼姉が一言一句間違えずに正解を口にしてくれる。


 顔面蒼白になりかけるも、僕は首を横に振った。


 そんなことは考えていなかった、と。


「も、もういいからさ! この手の話はやめにして、もっと大事な話をしよう! 俺、二人にもっと聞いて欲しいことがあるんだよ!」


「「アラサーのおばさんに?」」


 思わず悲鳴を漏らしてしまう。


 声ぴったりで圧掛け続行。


 苦し紛れに乾いた笑みを浮かべるしかなく、僕は二人から距離を取って続けた。


「あ、アラサーとか、おばさんとか、全然そんなの関係ないからね? 僕は二人がいくつだろうが関係ないと思ってるし、そもそもおばさんなんてひどいことも思い浮かべてないし」


 ……アラサーと心の中で言ったのは事実だが……。


「とにかく、二人はまだ若い! 僕からすればドストライクのお姉さん!」


「あさ君……♡」「アサたん……♡」


 ふぅ……。二人ともチョロくて助かる……。


「……チョロくて助かる……?」


 ほんわりと温かくなった礼姉の瞳が一気にまた急降下。


 僕は顔を青ざめさせ、しかし笑顔だけは作り続けながら、礼姉のことを無視して喋る。


 本当にこれは絶対礼姉エスパー。変なことを心の中で言わないようにしないと。


「そ、そんなお姉さん二人に、先ほど話したことの続きを相談したいと思ってます!」


「……続き。あの泥棒猫さんのお話ね?」


 ゴゴゴ、と漆黒のオーラを発しながら言うさぁ姉。


 僕がアラサーと思い浮かべた時よりも恐ろしい。


 魔王か何かと勘違いしそうなレベルだ。


「アサたんとLIMEを交換した時、『つかまえた♡』と口にしていたらしいな」


「ハハッ♪ そんなの、もう●すしかないよ? 何? 捕まえたってどういうことなのかな? 盗った、の間違いでしょ?」


 礼姉が言ったのを聞き、さぁ姉は某夢の国のネズミみたいな笑い方をする。


 表情も相まって、サイコパス感がすごい。瞳孔が小さくなってて怖いよ……。


「……しかも、極め付けには『一前君はどんな女の子が好みかな?』なんて質問をしてくるくらいだ。この泥棒猫、確実にアサたんのことを狙ってる……!」


「土曜日はデートにも誘い済みだもんねぇぇぇ???」


 冷や汗が止まらなかった。


 二人に相談しないわけにもいかなかったけど、これはこれでどうなのか。


 坂岡さんの姿を見たら、●●衝動を抑えられないんじゃないか。


 恐ろしくなる。


 二人が犯罪者になるのだけは嫌だ。


「ま、ま、まあ、とりあえず落ち着いて二人とも。相談したいことってのは坂岡さんのことだけど、何も存在自体を排除するとか、そういうのは絶対にダメだから」


「「じゃあ、地獄送りにする?」」


 なんてそこでまた息ピッタリなんだよ……。


 さっきまで戦争相手だの何だの言ってたくせに……。


 頬を引きつらせていると、礼姉が正気に戻ってコホンと咳払いした。


 それから、僕に語り掛けてくる。


「……ていうのは冗談だがな、アサたん?」


「お、おぉ……もう素のクール状態でもアサたん呼びなんですね……」


 僕がそう言うと、ポッ、と頬を赤らめ、わたわたしながら続ける礼姉。


 それを見て、息ピッタリの仲良しさんだったさぁ姉は、ニコニコ笑顔で「チッ」と良い舌打ち。


 小声で「アラサーがよ……」なんて風に呟いてた。怖すぎます。


「こ、コホンっ……! ま、まあ、だ。あ、アサ……たん? 話の重要点は、主に土曜日のことだろう?」


「あ、う、うん。そう。土曜日。デートをどう無難にやり過ごすか」


 僕が頷きながら言ってると、さぁ姉が強引に手を挙げて割り込んでくる。


「そんなの、一々小細工せずに私たちが殴り込みでデートに参加したらいいんじゃないかな?」


 即座に礼姉が「バカか」と呆れる。


 なんか、こうして礼姉が頼れるお姉さんポジに就くの、久しぶりな気がした。


 最近はことごとくふにゃふにゃになって良い所無しだったから。


「ふぅん。じゃあ、バカって言う礼ちゃんは何かいい案でもあるの? あさ君と坂岡さんのデートをぶっ壊す良案が」


 ぶっ壊すって……。


 さぁ姉の暴力的過ぎる表現に引いてると、礼姉が綺麗な人差し指を突き上げ、自信ありげに意見を言った。


「私と桜子が坂岡さんをナンパするんだ」


 ――と。


 僕とさぁ姉は首を傾げて、ただただ疑問符を浮かべるしかなかった。

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