第四十九話 王女と家族愛と狂愛と崇愛と

 久しぶりに、夢を見た。



 そこは、この世界からすれば異世界だった。






「……きて………おきて…………起きて!!」

 朝聞こえてくるのは、あの嫌な声。

 ヒステリックな、あの母の声。



「もうあんたいい加減にして!!お母さん、朝どれだけ忙しいか知らないんでしょ!?全部全部全部全部全部私にやらせてばっかり!!」

と、永遠に繰り返される嘆き。



 それは、私の日常ものだ。






 この世界の私は、どんなだったかな…。

 残念ながら、やはり少しづつ記憶は薄れているみたい。


 それはともかくその時の私に、感情が無く、周りの人間が全て滑稽に見えた…………みたいな中二的設定は無く、極々普通の人間であった。

 私はただ友達と遊んで、喧嘩もして、仲直りもして…見たいな、良くある青春を送っていた。

 恋は……、しなかったといえば嘘になるが、子供の頃に抱く恋愛感情など、大抵の物は寝て起きれば消えているものだろう。



 ……とかカッコつけたが、残念ながら恋人は出来なかったな。





 別に不満は無かったんだ。


 うるさいお母さんも、悪い事を言っているわけではないし、何だかんだ言いながら私を優しく育ててくれた。

 お父さんも、怒ると怖いけど普段は私に凄く甘いんだ。






 なら、どうして、私の心は壊れたの?




 この問いに、神ですら答えは出せなかった。









〜待望の…平和?〜


 厄介な夢から目を覚ました私。

 そんな私の目にまず飛び込んできたものは、

「……知らない天井だ…。」

であった。




 フカフカな、しかし全く持って知らない感触なベッドの上に、私は居る。

 私は何となく腕を布団から出し、その手のひらを眼前に掲げてみる。

 特に意味は無い。

 そして、その腕で目を覆うと、私は先の夢を思い出しながらポツリと呟いた。

「……まさか、失うばかりの記憶の中から、こんな大切な物を引き抜く事が出来るなんて、ね。」

 塞がれた視界によって生まれた暗闇には、前世の私そのものを表す4文字の漢字なまえ

 私はこの四文字を、



 終わりの、鍵とする事にしたのだった。



 





 腕を上げ、暗闇から戻った私は次に、部屋をグルッと寝たまま見える範囲だけ見てみる。

 少し古びた様子の壁に、装飾が物悲しく光った。

 窓も木枠で、透明度を少し失った窓ガラスとその外に見える木の枝はよくあっていた。

 そして、その木の枝には一羽の小鳥が止まっており、その小さな瞳で私をじっと見ていた。


 …ほんの少しだけドキッとしたが、見た感じ魔力も纏っていないのでただの小鳥だ。


 落ち着いた雰囲気の内装に、窓の外の景色も完璧に合っていた。

 つまり、私の好きなタイプの内装であった。





 その様にしてこの部屋の吟味をしていると、コンコンっという控え目なノックと共に、

「失礼します。」

という美しい声が聞こえてくる。

 それを聞いた私は、咄嗟に狸寝入りをする。

 何故かは分からない。

 何というか…、身体が勝手に動いたの!




 私の返事を待たず、その声の主は静かにドアを開閉し中に入ると、私の元までやって来て、どうやら頭上ら辺にあったらしい机の上に何かを置いた。

 そのまま頭上に置いた何かをバチャバチャと使った後、恐らく私に優しく微笑みかけた。



 そして、



 彼女は、



 こう言った。





「さぁ、お体をお拭きいたしましょうか。……お姉さま♡」


「いやお前かいっ!!!」







 我慢出来ずつい大声でツッコミを入れてしまった私。

 この、私が思わず『お前』、なんて呼んでしまったのは、我が国シュトラールの親善国にして隣国、世界樹国ヴェデーレの女王ルーフ・ホオヘノ・ヴェデーレである。

 女王というにはあまりに若いその見た目。

 それもそのはず。実際にその年齢は若いのだから。 



 さて、そんな彼女は今、目を真ん丸にしてワナワナ震えている。

 こう見ると年相応の可愛らしさがあるのだが……。


 と、私が過去の発言を振り返ろうとしたその時、

「おっ、お姉さまぁぁぁぁ!!!!」

と急に叫ぶルーフ。

 うお、ビックリした…。 

 まだ頭があまり回っていないのか、一緒『?』が浮かんだが、

「良かったですわ…良かったですわ…!!」

と言いながら、布団の上(お腹の辺り)にバフっと飛び込んで来た事で察した。

 頭を撫でて大丈夫か?と思ったが、そういえば私も王族だから許してね、と言う事で、

「心配かけて、ごめんね。」

と、優しく頭を撫でておいた。




 …ん?

 私達って、まだ数年ぶりに再開したばかりだよね? 

 距離感間違えたかも……?


「おっ、お姉さま……♡」


 …間違えてなかった…、いや、これはこれで間違いか…。




 その後、エクラの様にしばらくの間頭を撫でるのかと思っていたが、

「…いけません…!!早く、皆様にお姉さまのお目覚めを伝えなければ……!!」

と言ってルーフは立ち上がると、何処かへ駆けていってしまった。



 私は、遠ざかるルーフの背中を眺めながら呟いた。

「まぁ、悪い娘じゃあ無さそうだね……。」









 私が意識を取り戻したと聞いて、真っ先に飛び込んで来るのはどちらだろう。

 ソフィ?それともエクラ?

 身体能力的に見るとソフィが上だし、エクラが不利か…?


 と、私が少しワクワクしながら到着を待っていると、外から近付いてくる足音が。

 それは、よく聞き慣れたテンポと音色を奏でる為、誰が近づいてきているのかが非常に分かる。

 ……いやキモいか?私。





 大きくなった足音はやがてピタッと止み、ドアをノックする音に変わった。

 私は優しくただ一言、

「おいで。」

と言う。

 ただそれだけで扉は勢い良く開け放たれ、開け放った少女は私の方へ走る。


 大粒の涙を振りまきながら、その白い髪と翼を輝かせるのは、勿論エクラだ。




 エクラは優しく両手を広げた私の元へ来ると、ただ一言、

「光ある勝利を…!テラス様。」

と、私に伝えたのであった。









 さて。

 私が悪魔との決戦の前に伝えた、この国の勝利の誓いの言葉を返したエクラだが、

 そんな彼女は今、赤くなって震えている。



 この誓いの言葉は、戦場へと赴く者が自身の帰りを待つ者に、勝利の凱旋を約束するものだ。

 そして、無事誓いを果たした時は、その言葉をそのまま相手に返す事で「おかえり」の気持ちを伝える。

 ……という風習は、実はこの国の建国前、つまりお母様が統治していた時代の今のシュトラール国土内にいた、とある固有民族だけの風習なのだ。

 そして、今このフレーズが使われるその意味は、



 告白、なのだ。




 エクラは、どうやらそれを知らなかったらしい。

 そしてその事実を、それはそれは丁寧に教えてあげた結果、こうして目の前で悶ているのである。

 何故なら、その言葉を返すというのはつまり、OKと言う意味だからだ。




「ねー、エクラー?そろそろ顔を上げてー?私、久しぶりにその可愛い顔を是非ゆーーっくりと、見てみたいの。」

 私はそう言って、俯いて両手で顔を抑えるエクラの頬に手を伸ばす。

 そのあまりに意地悪な手の運び様に、エクラは驚いて肩を少し跳ねさせた。

 だが私はそんな事はお構いなしに、そのまま俯いたエクラの顔をグイッと持ち上げた。


「あっ…。」

 エクラは小さな悲鳴と共に、私のジックリとした説明によって染まった、その真っ赤な顔をあらわにする。



 うーん、可愛い。

 しかし、婚約指輪を付けたエクラが何故私の告白に対し、異常に反応しているのだろうか。



 それは、魔族、亜人族特有の『結婚制度』にある。



 

 実は驚く事に、婚約指輪という概念、そして結婚という概念は、この世界では人族のみが持つ少数派な文化だったりするのだ。

 魔族、亜人族は古来より、『魂の結び』という秘蔵の技術により、前世とは違いより深く強固に結ばれる。

 これは、互いの心の底からの同意の元行われ、完了すると、そう簡単には離れる事のできない契約である。


 …まあ細かい概要は置いておいて。

 要するに、エクラに指輪を渡し、「結婚してください。」と伝えたあの日、雰囲気からとても大切な事だとエクラは読み取って答えてくれていたのだ。

 あの指輪に対する認識は、恐らく私からの贈り物の内の一つであり、私が今までエクラに愛を伝えながら渡してきた沢山の贈り物の内の一つなのだろう。

 つまり、私の告白はまだ終わっていなかったのだ。





 そんな余りにも衝撃すぎた事実は、ここヒュディソスに来るまでの馬車内で、ソフィから分かった事だったりするのだが、まあそれは良いか。

 それより今は、ようやく伝わった『愛してる』を、どう強めていくのかだろう。

 幸い…かどうかは微妙だが、私達はまだ婚約出来ていない。

 ならば今度はあの時のように焦る事なく、ゆっくり、じっくり、




一つに、なるんだもう離さない。』









 おっと。

 随分長い間エクラの顔を眺めていた様な気がする。

 えっと、とりあえず私はいつまでエクラの頬に手を当てているんだ!退けなさい!

と、自分を叱りつつ私は手を離す。

 するとエクラは、ようやく私からの明確な好意を消化し始めたのか、

「あっ、その…」

と、何かを話そうとするが結局、

「っ…!!」

と、何も言えないまま、私に身体で訴えかけるかのように飛びついてきた。



 エクラはどうやら、自分から攻める分にはいたずらっ子が出て来て優位に進める事ができるらしいが、こうして攻められると、このように何も出来なくなってしまう様だ。

 可愛い。




 そんなエクラの可愛い新事実に喜びを覚えていると、聞き慣れない足音がゆっくりと近付くのを感じた。

 私が、

「…あれ、この足音は一体…?」

と呟くと、先程までのエクラの表情が一転、

「あっ…、この足音は……。」

と、とてつもなく暗い表情になる。

 見た所エクラはその正体を知っている様なので大丈夫だとは思う。



 しかし、物凄く嫌な予感がするのは私だけだろうか…。






 そんな私の嫌な予感は、残念ながら的中してしまう。


 コンコンっと、少しゆっくりとしたノックが聞こえてくる。


 そして、


聞こえてきたのは、


「…姫様。失礼いたします。」

という、ソフィの声であった。



 ソフィの声を聞き、ますます辛い表情となるエクラ。

 それを見て、何となくソフィに何かあったのだろうとは予測された。




「どうぞ。入っていいよ。」

 私の一声に、扉の向こうのソフィは小さな返事で答える。

 そして、ゆっくりと開かれた扉の先にいたのは、杖をつき、片足を黒く染め上げたソフィの姿であった。




 案外冷静な私を見て、ソフィは少し不満げに

「意外に、驚かないのですね。」

と、話した。

 それはまるで、風邪を引いたのに忙しくて親に看病してもらえなかった子供のようで、少し可愛かった。

 そんな少しだけ拗ねたソフィに、

「……私は、どんな形であれソフィがちゃんと生きていてくれた事が嬉しいの。……本当に、生きていてくれて、ありがとう。」

と、本心を伝えた。


 それを聞き、涙腺のダムが決壊したソフィは、

「っ…!!……姫様は、私なんかの為に命を懸け過ぎなのですよ……!!本当にバカで………お優しい姫様です………。本当に……、」

と言って、笑顔のまま涙を流すのであった…。







 釣られて涙を流した私も含め、全員が落ち着くまでしばらく時間がかかった。

 私のベットに近寄ったソフィとエクラと私は、こうして再び生きて集合出来たその喜びを、強く噛み締めたのであった。

 廊下の、部屋の扉の横に立って微笑むルーフにも気が付かずに。


 そして。




 一通り泣き終え落ち着いたエクラとソフィ。

 ……そういえば、エクラって結構泣き虫?

 これも、新事実に追加かな。

 それは別に良いとして、私は落ち着いた二人にあの後何があったのかを聞いた。


 すると、その言葉を待ってましたと言わんばかりに、

「お ね え さ ま ♡」

と言う声と共に、ルーフが部屋に入って来た。

 ……空気読んで待っててくれたのか。




 そんなルーフを含めた三人に、改めて私は何があったのかを聞いた。

 その問いに、初めに答えたのはソフィであった。

「では姫様。まずは私が知る限りの情報を伝えます。その途中で、お二方に補足説明を入れてもらう、というのはどうでしょう。」

 その真面目な声に、私もスイッチを切り替え

「うん。それで良いよ。」

と返す。


「ではまず、テラス様が突然血を吹き出したあの瞬間、私達は…………………。」



 そしてこの後、約一時間に渡り説明が続いた。

 ……あっ、そうそう。

 さっき、エクラが何故知らないはずの風習に対し完璧な動き、つまり返事を返せたのかというと、風習の内容は伝えられないまま、ソフィに「是非姫様が目覚めましたら、その言葉をそのまま返してあげてください。」と、指示されたそうだ。

 …流石はソフィ。





 さて、説明も終わった。

「……………となり、今に至るのです。姫様。何か、疑問点などはありますか?」

 うわ出た一番困る質問!……じゃなくて、今は真面目に考え無くては。

 えと、とりあえず要点だけ纏めようか。



 まず、血を吹き出し膝枕をしてくれていたエクラを真っ赤に染め上げた後、直ぐにルーフは、国から連れてきていた近衛兵達を呼び、周囲の安全確保、限界で動けない私とソフィの移送、生存者の確認、防衛戦と警戒網の再構築………など、その他あらゆる事を指示していった。

 その迅速な対応と的確な指示の元、事態は急速に収束していったらしい。

 ルーフに感謝だね。



 次にルーフが行ったのは、圧倒的数の暴力による、屋敷の完全制圧だ。

 木の床の溝すらその全てを調べ上げ、他に隠し通路や隠し部屋、装置や罠などを全て探し上げたらしい。

 そうして屋敷の全てを僅か半日で調べ上げた後、今度は屋敷内に一欠片の塵すら残さず磨き上げ、全ての家具や本を調べ上げ、壊れていたり破れていたら全て修復して回ったそうだ。

 そんな感じで屋敷が攻略される中、私とソフィは再建されたテント内にてルーフ専属の医療兵達による集中治療を受けていたらしい。

 これは今度、しっかりとした謝礼を送らないと。そう言ったのだが、

「いえ。あの兵たちはやるべき事をやったまでですので。」

と、ルーフに断られてしまった。

 ……まあ、今度こっそりお礼をしよう。



 その間、街の住人の混乱を鎮め、私の代わりに統治をしてくれていたのは、なんとルーフに付いてきていたあの『ヘクセレイ』様であった。

 幼い頃、世界会議にて私が仲良くなった紳士にして、世界樹国ヴェデーレの前国王。

 あの方にはまた助けられてしまった。

 こちらも、また今度しっかりとお礼をしよう。

 ちなみに、ヘクセレイ様は予定通り街長の屋敷に滞在しているが、肝心のルーフは、やはりこの、私の屋敷に泊まっているらしい。

 だよね〜……。



 そんな感じで時間は進み、そして今日で私が血を吹き出してから一週間らしい。

  




 さて、一通りまとめ終えたけれども、何か質問は…、……あっ。肝心な事が説明されていない。

「ソフィの足は、一体どうしたの?見た所、骨が折れている訳ではないようだけど。」

 私がそう質問をすると、

「それに関しては、私から説明をさせていただきますわ。」

と、ルーフが前に出た。



 ルーフは話した。

 …私に、頭を下げながら。

「こちらは既にソフィ様には話してあるのですが、恐らく悪魔に何かしらの強い毒のような物を撃ち込まれた様でしたわ……。医療兵と私は協力し、この毒の解毒を進めましたが……、毒の正体を特定するのが遅れ、解毒には成功したものの、後遺症としてソフィ様の片足は黒く染まり、そして動かなくなってしまいましたわ……。お姉さまとの約束、果たせませんでしたわ………。本当に、ご、ごめんなさい………。」


「はぁ……、全く。どうして謝るの?ほら、頭を上げて。」

 私はため息をつくと、頭を上げたルーフに優しく話す。

「ソフィが謝れ!…って、言ったのなら分かるけれど、そうでは無いのなら私に謝る必要は無いよ。だって、ソフィは私の所有物じゃなくて、家族なんだから。だから私は、ソフィの事なら気にしないで、なんて言わない。ソフィが怒っていたとしても、別にそれを止めたりしない。」

 その言葉に、ソフィはコチラにバッと振り向き、目を見開いた。


 私は続ける。

「…でも、私は知ってる。ソフィは、そんな酷い事は言わないって。だから、それを前提として言うと、私はね、ソフィとまたこうしてお話が出来る事が最高に幸せなの。」

 そう言うと、私はソフィの方を見て微笑んだ。

 そして、おもむろに片手を上げ、その手の平をソフィの方へと向ける。

 半泣きのソフィは

「何を……?」

といった表情で見つめてくる。

 同じく半泣き…?な、ルーフもコチラを見つめてくる。

 そんな彼女らに、見せてあげよう。

「魔法の、その『輝き』と『奇跡』を。」




「究極使血魔法・ブラッドエクスチェンジヒール…!!!」




 私がそう唱えると、その瞬間私を中心に超巨大魔法陣が壁や屋根を貫通して現れる。

 そして眩い光を放った後、皆が目を開き最初に見たのは、



 杖を使わず二足で立つ、ソフィの姿であった。



「ひ、姫様……、わ、私……!」

 感激で声を失ったソフィに、

「お姉さま…♡」

と、ウットリしているルーフに、

「テラス様………。」

と、何だか素直に喜んでいない様子のエクラ。


 私は冷や汗をかきつつ、

「ソフィ。これからもどうかその足で、何時までも私の隣に立っていてね。」

と笑顔で伝え、実はやはり痩せ我慢をしていたソフィを何度も宥めたが、それと同時に感じていた私に対する責任もあふれ出したので、ソフィが落ち着くまでには、かなりの時間がかかったのであった……。







 再び落ち着きを取り戻したソフィを戻し、私は早くも次の事を考えようとした。

 しかし、

「テラス様。テラス様はしばらくの間、行政の最終確認のみを行い、それ以外の時間は全て療養の時間にすべきです。でなければ、この地に来た意味がありません。」

と、エクラに止められてしまう。

「えっ、でも…。その間の他の膨大な業務はどうするの?……まさか…!」

と私が言うと、ルーフはニッコリと笑い、

「ええ、お姉さま。そのまさかですわ。私とヘクセレイが、お姉さまの代わりとなりこの地にいる間に舞い込んでくる面倒な仕事は全て引き受けましょう。勿論、何かを実行する際は必ず、お姉さまに最終確認をしていただきますわ。」

と答えた。

 私はすぐに首を横に振り、

「そんなの駄目…!ルーフやヘクセレイ様に全てを任せて私は休むだなんて……。」

と言う。

 それは建前などではなく本心から来た叫びであった。



 しかし、そんな私の手をエクラが優しく包み込み、

「もう、十分頑張ったではありませんか。倒れそうになりながら会議をして、ボロボロになるまで戦って……。最後に、私とお出かけをした日を覚えていますか?………少しくらいサボっても、テラス様を咎める方はいません。どうか、そのお身体を休めてはくださいませんか…?」

と、懇願してくる。

 その暖かさと優しさもだが、何より『最後に私とお出かけをした日』という言葉が、私の心に強く刺さる。

 ……確かにここ最近はずっと戦っていて、エクラとの時間は減ってしまっていた。

 そもそも、本来の私はこんなにも頑張り屋では無かったはず。



 ……どうやら、『私』は私に飲まれつつあったみたいだね…。 





 長い沈黙の末、私は。

「……………うん。そうだね。確かに、もう…疲れちゃったかも…しれない……。」

 そんな私の弱々しい声。

 だが、エクラはそんな私の返事を聞くと、それは嬉しそうに抱き締め、更に翼で包むと、

「よく頑張りましたね。テラス様。」

と、優しく囁いてくれたのであった。









〜嘆きのエクラ〜


 私を包んだまま離さないエクラ。

 そんな私達を見て、二人は静かに退室した。

 扉の閉まる音を聞きながら、私はふとルーフの事を考える。

 この光景に対し怒らないルーフが不思議で、やっぱり良く分からなくて怖い娘だ。

 だがしかし、やはり悪い娘では決してないのだろうと改めて実感する。




 そんな考察をしてしばらく経つと、満足したのかエクラが私を離す。

 ちょっとまだ元気のない私は離れた勢いでダランとなるが、ベッドに倒れる前に、勢いのまま私はエクラに両肩を掴まれる。

「えっ、エクラ……!?」

 普段のエクラからは想像のつかない大胆さ。

 えっ、き、キス…!?と、私がドキドキしながらエクラの顔を見ると、

 


 その表情は、怒りに満ちていた。





「えっ、エクラ……?」 

と、私が困惑していると、エクラは結構強く

「テラス様。布団、退けてみてください。」

と、私に要求する。

 それを聞き、私は滝のように汗が流れるのを感じながら、何故!?と思いつつ、

「……い、いや〜、布団は……。ほ、ほら!寒いし…!!」

と、下手な誤魔化しを見せる。


 しかしエクラは立ち上がり、

「ではソフィ様に習って。失礼します。」

と言い、まだ力の入らない私から簡単に布団を全てはぎ取った。



 そうして出てきたのは、



 真っ黒に染まった、私の片足であった。




 エクラはそれを見て、

「……やっぱり。」

と、ポツリと言葉を漏らす。

 私はもう逃れられないと悟り、苦笑いを浮かべながら

「どうして分かったの……?」

と聞く。



「どうして……、分かりませんけれど…勘です。それよりテラス様?それ、ソフィ様の、ですよね?どういう事ですか?」






『エクラは辛そうだが、しかしテラスの為だから我慢だと、そう自分に言い聞かせ、テラスに対して捲し立てるように言葉を連ねた。』

「ソフィ様を救ってくださった事には、すごく感謝しています。ですが、その自己犠牲心は今すぐお捨てください…!テラス様はお強いですが、不死身では無いですよね…!戦いの事は、避けられなかったと思います。ですが先程の事は、せめて一言相談をしてください!そうすれば、私はテラス様一人が苦しむという結果以外を探す事だって出来ました!……どうか、私にもテラス様の苦しみを共に背負わさせてください…。」


 ……確かに、浅はかだった。

 カッコつけて、一人で突っ走り過ぎた。

「ごめん、エクラ。」

「ごめん……、それは、どちらの意味ですか…?単なる謝罪ですか、それとも、私ごときには背負わせられないという…」

「違う!!」

 私はエクラの声を遮り叫ぶ。


「違う。違うのエクラ。……本当に、ごめんなさい。私、一人で突っ走り過ぎた。もう、こんな事しないから。約束する。だから、そんな可愛い顔を歪まさないで…?ほら、泣かないで…?」

 その言葉に、ようやく自身が涙を流している事に気が付いたのか、エクラは涙を拭うと、

「もう……。約束、ですからね…?」

と言って、再び私を包むと、そのまま共にベッドに横たえたのであった………。








 血を失いし我が肉体よ。




 再び、我は求める。




 愛する者エクラの、その血肉を。

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