第四十四話 王女負いしエクラ様

「……出来た!…かも?」


 しばらくの間集中して黙り込んでいた私がいきなりそう叫び、隣に座っているエクラは驚いた。


 しかし優しさの化身であるエクラは、


「何を完成させられたのですか?」


と優しく聞いてくれる。


 そんな優しさの波動を受けて私は嬉しくなってしまい、つい早口解説を始めてしまう。


「えっとね、この魔法はウィンドカッターの魔法のその殺傷性を薄めて、柔らかい草ぐらいの強度しか切れないようにしたのにプラスして、それを正確に操るためにアンチウィンドマジックの技術を応用し……って、ごめん分からないよね。簡単に言うと、風の刃がここの庭の生け垣とか花壇とかを綺麗にしてくれるっていう魔法なの。まぁ、実際に見た方が早いとは思うけれどね。」


「何だか凄そうですね…!!」


 私の終わってる解説を、キラキラした目を向けながら聞いてくれるエクラ。


 実はエクラは、こうしてテラスが楽しそうに話をしている所を見るのが好きなのだ。


 本当に、良い子に育ったねぇ……。






 その後もエクラと楽しく話しながら、そっと日記を片付けた私は、


「じゃあ早速、この魔法を試してみようか!」


「わっ!て、テラス様!?」


と、元気よく外にエクラと共に飛び出した。








「まず最初はそこの生け垣だけに使ってみて、どんな感じかやってみようか。」


「おお…!テラス様!何だか楽しみですね!」


「おっ!エクラ、ノッてるね〜!!それじゃあいくよっ!!!『展開』!!」


 魔法名がまだ無い為、展開という言葉を発動キーにしているのはおいておいて、私の言葉で魔力は魔法へと変わり、魔法は私の想いを形にしていく。


 ボッサボサで汚い生け垣が風刃に包まれると、あっという間に元の整備された綺麗な長方形へと姿を変えていく。


 その変化の有り様はとても幻想的……では無かった。


 生け垣をカットした際に出た葉っぱや枝や土や虫の粉々になった物が、私達が立っている場所含め辺りに飛び散りまくった。


 生け垣の周りは何なら魔法の展開前よりも汚くなってしまった……。


 土や葉、枝や虫の破片が飛び散りまくっているその中心にある、あまりにも美しい生け垣は、かえって景観をぶち壊していた。






 そして、こんな事になるとは全く思っていなかった私達は、見事にその飛散に巻き込まれてしまったのであった……。






 土が、水分を含んでいるせいで泥と化しており、おかげで私とエクラは泥まみれとなってしまった。










 私とエクラは無言で目を合わせる。 










 少しの沈黙の後、












 私達は…
















「「フっ……アハハハハハハっ!!!!」」


と、大爆笑したのであった。




「て、テラス様…!お顔が…フフッ…!!」


「エクラだって泥まみれ…アハハっ!!」


 私達はお互いの姿を見て涙を流すほど大笑いする。


 その姿はまさに、身分などという概念すら無い真の平等と愛を感じさせるものであった。








 ひとしきり笑った後エクラがまだ笑いの余韻を残しながら、


「て、テラス様のような方でも、失敗なさる事はあるのですね。」


と言った。


 私はその時、


「そりゃあ、私だって失敗の一つや二つするよ〜!!」


とおちゃらけた返事をしつつエクラを見たが、その笑顔からはまるで、何か吹っ切れたような、心の底からスッキリとしたような、そんな何かを感じられた。


 良かった。エクラが幸せなら私はそれで良いからね。


「あっ、でもエクラ?そろそろ馬車に戻らないと、私達のこの姿が他の誰かに見られちゃう。急いで戻ろ?」


「あっ、そうですね。急いで戻りましょう!テラス様のこのように愉快なお姿、『私以外の方に見られたく無い』ですからね!」


 その時、エクラが私の手を自ら取り、そしてギュっと手を繋いだ事にかなり驚いたが、


「うん!じゃあエクラ、急ごー!」


「はい!テラス様♡」


と、取り敢えずスルーして馬車に急いで駆け込んだのであった。












 馬車へと入り、早速私が


「浄化、洗浄。」


の二つの魔法を発動させると、先程の事が嘘であったかの様に元通りの姿となった。


 するとこの魔法を受けたエクラが、


「……この魔法…!」


と、何だか驚いたような表情を浮かべた。


 私が不思議に思い、


「どうしたの?」


と問いかけると、エクラは少し頬を赤らめながら、


「覚えていますか?私とテラス様が出会った時の事を。」


と話し始めた。


 私がう〜ん、と悩んでいると、


「路地裏で石を投げられ罵倒されていた私を空へと救い上げたテラス様が、絶叫する私を無視してかけた魔法なのですよ?」


と、少し頬を膨らませながら教えてくれた。


 言われてみれば確かに…?


 忘れるなんて酷いです、テラス様。と少し拗ねたエクラに、


「ご、ごめんね。あの時はエクラと出会えた事に対しての驚きが強過ぎて、ね。」


と、必死に言い訳する。




 そんな私を見てエクラは微笑むと、


「私、怒ってませんよ♪あの頃のテラス様は、ずっと私の為『だけ』に一生懸命でしたから、忙しさのあまり忘れてしまう事だって仕方が無い事なのです。」


と言った。


 …何だか圧を感じたな。取り敢えず、今日は魔法の研究はやめて、エクラとお話し続ける事にしようか。






「あっ!デートにも行きましたよね!…覚えてますか?」


 相変わらず圧を感じるな。それに、さっきから少しこちらの様子を伺っているように見える。どうしたのだろう?


 それはさておき、私は


「も、勿論覚えてるよ!あの時エクラに髪飾りをプレゼントしたよね!」


と、追加の情報を出す事でしっかりと覚えているアピールをしておく。




 ……いや、覚えてますけどね?


 ……ホントですよ!!




 するとエクラは、


「はい!あの髪飾りは、今も大切に保管していますよ!」


と、嬉しそうに語ったのだが、


「え!?付けないの!?」


と、私は驚いて質問をした。


 それに対しエクラは、


「えっ…、せっかくのプレゼントですから、無くしたりしたくなくて…。」


と、申し訳無さそうにしたので、


「いやいや、そんな顔しないで!大事にしてくれているのなら別に構わないから!!」


と、必死にフォローするのであった。


 きっとこれも、悪戯っ子エクラの発動なのだろうが、可愛いからOKです。






 と、このようにしばらく話していたのだが、やはり時々こちらの様子をエクラは伺っていた。


 何だか何か葛藤しているような様子にも見えたエクラだが、少しの無言の後、遂にその内容を話した。


「……その、テラス様?ずっと、お聞きしたい事があったのですが、よろしいですか?」






 私はその時、本当に軽い気持ちで聞き返したんだ。






「いいよ〜。なーに?」


「わかりました。…では、」






 でもまさかそれが、










「その、『エクラ様』とは誰なのでしょうか。」










 そんな質問だなんて。
















 馬車内ののどかな空気が一変、空気は凍りつき、私の肺は凍傷を受けたかのように痛んだ。


 喉も舌も凍りつき、出てくるのは空気の漏れる音だけ。


 暑さ寒さに強いこの身体に、大量の冷や汗が発生しているのがわかる。


 手先は凍え、震える。


 私は、エクラのその質問に対し、何かを答える事も、行動で示す事も、拒否も出来なかった。












 きっとエクラから見た私の顔は青ざめているだろう。


 そんな私を見たエクラが取った行動は、私の凍りつきを溶かすものであった。


 エクラがその両手を私の冷たい頬に当てて、その暖かさを伝えてくれたのだ。










 だが、それだけでは終わらなかった。










 青ざめた私の冷たい唇に、柔らかくそして温かいものが触れる。


 エクラのあまりにも突然な行動に対して、私は目を見開く事しか出来なかった。


 …あっ、エクラ、まつげ長くて綺麗……。












 一瞬にも永遠にも感じられたその時間は、ゆっくりとエクラが私から離れる事で終わりを迎えた。


 衝撃で口をパクパクさせる事しか出来ない私に対し、エクラはゆっくりと話し始めた。


「……ごめんなさい。そのようなお姿にするつもりはありませんでした……。ただ私は、テラス様に感謝と愛を伝えたくて……。」








「以前王妃様が、テラス様が私を通して別の誰かを見ているとおっしゃった事がありましたよね?私、実は薄々気が付いていたのです。でもいざ言葉にされると辛くて。しかし、その次の日からテラス様の私を見る目が変わった事、それが最近ようやく分かるようになってきました。」


 エクラは少しだけ溢れ出た涙を拭うと、ひと呼吸おいて話を続けた。




「……だからこそ、なのでしょうか。テラス様が私を通して見ていたそのお方について知りたくなってしまったのです。でも……まさか、テラス様がそのような反応をなさるとは思ってもいませんでした。……ごめんなさい。きっと、何か話せない事情があるのでしょう。これ以上、言及したりしません…。本当に…ごめんなさい…。」


 その言葉を最後にダムは決壊し、エクラの瞳からは涙が溢れてやまなくなった。






 泣きやまないエクラを見て私は思う。


 ……これは、完全に私の責任だ、と。


 確かにあの朝、私は自分だけ勝手に納得し、エクラと話し合ったりなんかは全くしなかった。


 あまりにも、身勝手であった。


 …だが、今エクラにやれ前世だの、やれ推しだの、やれソシャゲだの、やれ日本だの、そのような事を言って、果たしてそれを消化できるのだろうか?


 そのような事を話すタイミングは、本当に今なのだろうか?


 私は泣き続けるエクラを抱き締める事も出来ず、葛藤し続けるのであった……。












 激しい葛藤。その末に私が出した答え。


 それは、


「……ごめん。今はまだ、話せない。」


であった。


 それはあまりにも自分勝手で、エゴの塊であったが、


「……わかりました。私、テラス様の事信じていますから…!」


と、エクラは受け入れてしまった。




 あぁ……駄目だよ、エクラ。


 そんなに、優しい笑みを浮かべないで…。


 私はまた、その笑みに甘えてしまうから…。




 私は我慢出来なくなり、エクラを強く抱きしめた…!!


 そしてそのまま泣き叫ぶ。


「ごめん…!ごめんね…!エクラ…!!いつか絶対にちゃんと話すから……!!だから……!だからぁ………!!!」


「はい……!はい………!!」


 エクラもそれに答えるように、強く抱きしめ返す。


((このまま甘えてばかりでは駄目なんだ。もっと、強くなって、私が守るんだ。))
















 その後お互いが落ち着くまでそのままで居た私達だったが、離れた途端、先程前とは違って長い接吻を交わしたという事実が後からジワジワとやって来て、何だか気まずい空気が流れた。


 だがそこは仲良し私達。


 少ししたらまたいつものように仲良く世間話を再開するのであった。




 そうして更に時間が経ったある時エクラが、


「あっ、そういえばソフィ様達全然帰ってきませんね。」


と、思い出したかのようにそう口にした。


 かく言う私も忘れていたのだが、言われてみれば確かに遅い。


 ただの地下室を調べるにしては時間が掛かり過ぎているし、何かしら時間が掛かる要因が出たのであれば、誰か一人が直ぐ報告に来るように指示を出していたハズなのだが…。


「心配だ…。様子を見に行かせた方が良さそうだから、誰かにパパっと見て来てもらおうか?」


「そうですね。その方が良いかと思われます。」


 エクラの賛同もあった為、私は直ぐに行動に移す。


 一応身だしなみを確認して、それから馬車を降りると、既に屋敷内の探索を結構前に終え、屋敷の庭に急遽設営された簡易キッチンで夕御飯の用意をしていた使用人達を呼び、ちょっと見てきて欲しいと伝えた。


「了解です。あっ、あと今日の夕御飯は姫様のお好きなはんばーぐですよ!」


「えっ、嬉しい!…じゃなくて、慎重にまずは周囲を観察、それから内部の様子を少しだけ見て、何もなくても直ぐに撤退ね。分かった?」


「勿論ですよ。では姫様、行ってまいります。」


 そう言うと、二人の使用人は武装を整えて屋敷内へと入っていった。


 その姿を見届けた私は馬車に戻ると、


「エクラ。今日はハンバーグだってさ。」


と、実に呑気な報告をしたのであった。
















 それから数分後。


 私とエクラがお喋りを楽しんでいると、切羽詰まったノック音が馬車内に響く。


 エクラはビクッとしていたが、私は


(……マジか)


という思いを浮かべ、そして馬車の扉を開いたのであった。






 外には先程の使用人二名が。


 私は先程までの弛んだ精神を叩き直し、


「報告を。」


と、真剣になる。


 使用人も先程とは違い大真面目だ。


「ハッ!姫様の指示通り周囲の安全を確認した後、我々は例の地下室へと侵入致しました。すると、中から微かにですが金属がぶつかり合うような音が聞こえた為、急いで撤退し報告に参りました。」


 私は考える表情を浮かべ、


「なるほど金属音…。もしかしたら、地下で何かと交戦中であるかも…。」


と、見た目だけでは無くちゃんと考えると、今度は威厳溢れる声で、


「今すぐ門番兵以外の戦闘可能な兵をここに集めなさい!私自らが指揮を取り、地下室で何が起きているのかを確認しに行きます!!分かったなら直ぐに行動を開始しなさい!!!」


と、指示を出す。


「ひ、姫様自らですか!?」


と、使用人は当然の反応を示したが、


「事態は一刻を争います。ですので異論は認めません!!…ほら、夕御飯前までには終わらせますよ。」


と、少しのユーモアを混ぜた返事をし、そのおかげかどうかは分からないが、少し緊張の解れた様子の使用人達は直ぐに行動を開始した 。








 私は一旦馬車内へと戻ると、中で使用人の報告を聞いていたエクラの耳に、以前も使用したイヤリング型通話装置を装着する。


「テラス様……、無事に戻って来てくださいね…!」


 エクラは戦地(かどうかはまだ分からないけど)に赴かんとしている私を止めない。


 エクラは分かっているのだ。


 ここで感情に任せて私を引き止める行為の愚かさとその無駄を。


 だからエクラはただ、私に生還のみを求めた。


「任せて、エクラ。ササッと終わらせて、一緒にハンバーグ食べようね。」


 そう言うと私はエクラの頭を少し撫で、頭に例の髪留めがある事を確認し、そして馬車を出たのであった。


 外には、既に準備が終わったテラス姫親衛隊の皆様が。


 一通りの支持を出し終えると、仲間同士の団結力も強い彼女らを引き連れ、私は地下室へと進軍していったのであった……。
















 ……ん?何だかさっきのセリフ死亡フラグっぽいな。ヤバイか?私。

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