第四十三話 王女、新拠点を得る

 日光が私の顔を照らし、朝の到来を知らせる。


 街の方々は次々と目を覚まし、それぞれのやるべき事の為に行動を開始する。


 眠たい目をこすり、大きなあくびをしながら街が動き出すこの時間に、






 私はお布団に包まっています。










 前世の私はとにかく朝が苦手で、毎朝早くから起きて学校に行く事が酷く憂鬱だった。


 では姫となった今、そんな憂鬱が消え去ったかといいますと……、全く消えておりません。


 今でもたまに、鳴るはずの無いアラーム音で目が覚める時があるくらい。


 この朝の嫌な気持ちは一体どんな魔法で消す事が出来るのだろう?










 な〜んて事を考えながら、流石にそろそろ布団から出ようかと思った時であった。


「姫様。いつまで寝ているのですか?起きてくださいっ!」


「うわぁぁぁ!?!?」


 いきなりソフィが私から布団を引き剥がしたのだ。


 まるで、ソフィが私専属のメイドになって初日に起こしたあの出来事のような事態に、デジャヴのような、懐かしさのような何かを感じる。


 それと同時に、


「今起きようと思ってたのに…!」


という、小学生が親に無理やり起こされた時に放つ一言ランキング第三位ぐらいのセリフを言いたくなる。


 てか言ってしまった。


「そうですか。それより、もうお昼前ですよ。そろそろ出発の時間です。」


「え!?」


 私の文句が華麗にスルーされた事より、さっきカッコつけて朝の到来とか何とか言ったのに全然昼だった事が衝撃的過ぎる。


「マジか……、ってあれ?エクラは?」


 昨日部屋に帰ってきた時には確か眠りについていたような……。


「エクラ様なら、何処かの眠り姫と違ってとっくの昔に支度を済ませ、既に馬車で姫様を待っておられていますよ。」


「嫌味ぃ……。」


 相変わらずなソフィの言動は放っておいて、それよりエクラが待ってるならさっさと準備をしないとね。


 よしっ!と気合を入れると、私はベッドから降りてソフィと共に急いで支度を済ませていったのであった。






 そしてこれから話すのは、その支度中に行ったソフィとの会話の一部なのだが…。








 あ、別にシリアスな話では無いですよ?








「あ。そういえばソフィ?」


「はい、何ですか?あと手を上に上げてください。」


「あ、ごめん。」


 私は手をバンザイし、ソフィが服を着替えさせる。


 軽く怒られて何となく気まずくなり、少し無言の時間が流れたが、


「それで、如何なさったのですか?」


というソフィの一言によって、会話は再開した。


「あっ、そうだったそうだった。そろそろエクラの誕生日でしょ?今年は何をプレゼントしようかなーって。」


「ああ。毎年恒例の質問でしたか。」


 そう言ってやれやれといった表情を浮かべるソフィ。


 そう。こうしてソフィが呆れるほど毎年こうしてソフィに相談をしているのだ。


 当然エクラの正確な誕生日は一切不明なのだが、幼少期のエクラ曰く、


「テラス様が好きに決めてください!(激かわ)」


らしいので、その時の私は『前世の推しのエクラ』と同じ誕生日の4月5日とした。




 え?前世日本の月日を適用出来るのかって?


 そこは、この世界の私的七不思議の一つ『前世日本と暦が同じ問題』により無事に解決。


 何というご都合展開。有り難い。


 案外この世界の創造主とかが面倒くさいからとかで一緒にしてたりしてね!






 ソフィはやれやれといった表情をキリッとした表情に変え、


「今年の誕生日プレゼントですか……。」


と、真剣に考えてくれていた。


 私にドレスを着させながら。






 その後、結局いい案が出る事は無かったが、あーでもないこーでもないと楽しくソフィとお話できたから良しとするか。
















 はい!というわけで、無事支度も完了しましたので早速新居(別荘かも?)へと行って参りましょうか!


 と、謎のハイテンションが溢れそうになったが、


「すぅーーーはぁーーーー。」


と、部屋を出る前に深呼吸をする事で気持ちを落ち着かせる。


 ここは城ではない。


 私と何の関わりがない方達が殆どなのだから、絶対に私の弱い面なんて見せる訳にはいかないのだ。


 姫様モードに切り替えないと。


「……よし!」


 私は気合を入れ直すと、ソフィと共に出立の馬車へと向かうのであった。






 無知は罪となり得るか?
















 私が城の廊下を歩くと、廊下ですれ違った使用人達の大体は元気よく挨拶してくれたり、気さくに話しかけてきてくれたりしてくれる。


 私はそんな瞬間が大好きなのだが、ここ街長の館ではその様な事は起こりえず、使用人達は皆跪くだけだ。




 …つまらない。本当に、つまらない。




 確かに、使用人達と仲良く話をするなんて王族としては不正解だろう。


 だがそもそも、私がそんな世間一般で常識とされる王族になる必要はあるのか?


 私はこの国において絶対の存在。


 ならそんな世間を変えられるのは誰?




 と、廊下を歩くのが暇な私はそんな事を考える。


 今日の私も何だかんだ絶好調という訳だ。








 さて、そのまま街長の館の入り口扉前についた私達を待っていたのは、街長オーロスとその妻ランレンであった。


「おお姫様!もうご出立なされるのですか。……申し訳無いのぉ。本当はわしの屋敷でもてなすつもりじゃったのだが……。」


 オーロスは心底申し訳無さそうに私に謝罪をする。


 しかし、


「真に謝るべきなのは私です、オーロス。貴方には女王へのもてなしを任せてしまったのですから。」


と、私の真意を伝える。


 あの会議の時、私は女王へのもてなしを全てオーロスに任した。


 オーロス自ら名乗りを上げてくれたという事も理由の一つなのだが、本音は面倒事を押し付けたいという訳だ。


 だから、本当に申し訳無いとは思っている。


 まあ、だからといって面倒事を変わる気は一切無いけどね!


 だがそんな私の本音を一切知らないオーロスは、


「しゃ、謝罪なぞ…!!どうか謝罪はお辞めください!!」


と、私の行動を必死に止めるのであった。






 その後落ち着きを取り戻したオーロスと別れの挨拶を交わしたあと、


「姫様。ワタクシの事もどうか頼ってくださいね。いつでも、駆け付けます。」


と、ランレンとも話を終えた。


 頼る…まぁ、機会があれば、、ね?






 さて、遂に出立しようと馬車の方を向いた時、


「王女殿下のご出立です!!!!」


と衛兵の一人が大声で叫んだせいで、


「なんだなんだ?」


と町民らが集まってきた。


 王都に比べ小さな街な為、騒ぎが広がるスピードがとっても早い。




 うーん。別に大した事じゃ無いんだけどなぁ…。


 ここまで大事にされては何かしらの対応を取らなければならないなぁ…。




 ………面倒いから、いいや!!




 と何だか吹っ切れた私は、集まった民達に軽く手だけ振って、直ぐに馬車へと乗り込んだ。












 馬車に乗り込んで最初に見たのはちょこんと椅子に座っているエクラの姿だ。


 うーん今日も可愛い!


「あ、テラス様にソフィ様。」


 …あれ?何だか元気無い…?


「テラス様!新しいお家、とっても楽しみですね!」


「う、うん!楽しみだね〜エクラ!」


 良かった、元気だね。


 進み始めた馬車の中で私達は当然のように並んでくっついて座り、窓越しに民達に向けて手を振ったのであった。








 ……気のせい、だよね?
















 そのまま馬車は進み、やがて街から少し離れた海岸沿いの道に出た。


 綺麗な海を眺めながら紅茶を嗜んでいると、馬車は一度停止した後、あまり大きくは無い門をくぐった。


 馬車の小さな窓から見えるのは、あまり整備されていない庭や、錆びた柵やベンチ。


 おぉっと?なんて思っていると、馬車が門をくぐってから割とすぐに停止した。


 そして、御者(馬車の操縦者)の方が馬車の扉を開く。


 私はエクラの手を取り馬車から降りた。






 そして私とエクラの目に飛び込んできたのは、一国の姫が滞在しているとは到底思えない小さな屋敷と、そんな屋敷にびっしりと生えている蔦などの植物の姿であった。






 エクラは、


「こ、これは……。」


という反応を取る。


 それはそうだろう。


 こんな廃館のような見た目かつ小さな館にこれから姫である主人が滞在するなど、正直有り得ないし受け入れ難い事なのだから。






 しかし、そんな事実を全て把握してなお当の本人の反応は、


(えっ!!秘密基地みたいでカッコいい!!)


であった……。
















 いいじゃんいいじゃんこの広さ!!そうそうこの広さだよね!お城とか街長の館とか、無駄に広すぎて落ち着かないし、かと言って一軒家は王族として有り得ないし。


 あまりにもジャストサイズでビックリ!!!


 最早グリーンカーテンと化したこの植物も、秘密基地感を増大させて最高!!


 寂れた中庭なんか私の魔法で(多分)どうとでもなるし気にならない!


(お化け屋敷に来たみたいだね。テンション上がるなー。)






 さて、何処かの『自分の事を某有名人だと思いこむ一般社会人』の真似をしてしまう程には内心ブチ上げの姫様なのだが、勿論周りはそんな事知らない為、どうしたものかとザワザワ…オロオロ…キョロキョロ…としている。


 そして何より、私が屋敷を一目見て固まってしまった為、私の様子を皆が伺っている。


 そんな事になっているとは知らない私に対し、エクラがまるで全員を代表するように


「あ、あの…、テラス、様?」


と、問いかける。


 その言葉でハッと我に返った私は、辺りを見回しどんな状況か把握した。


 あっ因みに今私に付いて来ているのは、使用人達と護衛兵兼警備兵の数名だけ。


 超強くて私と凄く仲良しの方だけで作られたこの部隊は、言わば『テラス姫親衛隊』のような物かもしれない。






 それはさておき。


 私の仲良しさん達が私の顔色を伺っているこの状況は好ましく無いし良くない。


 無理だとは思うけど、私は出来るだけ対等で居たいのだから。


「み、皆?そんな顔しなくても私怒らないからね?それより、取り敢えず二人は門前に立って警備をよろしくね。一応言っておくけど、私の許可無しでこの門をくぐる事は誰であろうと駄目だよ?まぁ、緊急の時以外はだけど。それじゃ、頑張ってね!」


「は、はい!お任せください姫様!!!」


 私が怒ってないと聞いて安心したのか、元気よく返事をして警備兵の二人は去っていった。


 とても心優しく、そして忠誠心の強い彼女らだが、実はこの国トップクラスの剣術の達人だったりする。


 ああそうそう。


 この、『テラス姫親衛隊』だけれど実は女性のみで結成されていたりする。


 理由は私が女性好きだから…と言う訳ではなく、ただ単に私の周りから、お父様が徹底して男性を排除していたから。


 この世界の魔族、男女間で力の差とか能力の差とか無いからね。特に問題は無い。






 それもまたさておき。


 私はこれまた支持を出す。


「残りの皆にも最初の仕事。二人一組となってこの館内部をくまなく探索し、何か少しでも異常や違和感を感じたら直ぐに撤退して私に知らせる事。武器の携帯も許可する!いい?絶対に無理とかしないでね?では、行動開始!」


「「「「はっ!!」」」」


 本当は既に魔法である程度危険が無い事は分かっているけれど、まぁ、一応ね?




「テラス様…凄い…!」










 仲良しさんの前で完全に姫様モードが抜けている私だよ。


 取り敢えず私のこの馬車を臨時拠点として屋敷内の探索は進んでいるのだが……、


「このお菓子美味しいですね〜。」


「ね〜。」


と、このように馬車でエクラとノンビリしている。




 ソフィは現在、一組のメイド隊が見つけた謎の地下室の捜索に、二人の護衛兵と共に向かっていた。


 理由は、そんな地下室私の魔法には引っかからなかったから。


 私の魔法が危険な物だと判断しなかっただけだとは思うが、一応だ。




 と、皆が頑張っている中私達はノンビリとしているわけだが、実は私は現在、目の前の机に日記という名目の自作魔法研究書を開いている。


 エクラには自作魔法の事は一切隠していない為、特に問題は無い。


 むしろ


「テラス様カッコいいです!」


と褒めてくれるので見せつけてるまである…が、勿論何もしていないわけではない。


 実は私は、以前作りかけたは良いものの実用性皆無な事に気がついて没にしたとある魔法を完成させようとしていた。




 この魔法研究書には実用へと至った魔法だけでは無く、案だけ書いてある魔法や、作りかけて面倒になって作るのをやめた魔法、今の技術的に作れないと諦めた魔法など、その他様々な理由で『使えない』魔法も載っているのだ。


 ネタ帳見たいな感じだ。




 そんな魔法の中から今回は、生い茂る雑草を一掃して整備されていない草むらをバトルフィールドに変える、というちょっと作って要らねってなった魔法を引っ張り出して改良中だ。


 目的は勿論、このきったない中庭をどうにかする為だ。


 さっきこっそり飛んで上空から見た感じ、何となく以前どんな姿であったかは分かった。


 整備を放棄されたこのきったない中庭を、どうにか元の形に戻してないと。


「……元の形が何となく分かるなら…これをこうして……こうして………っあー、こうじゃないな………こっちを……………。」


 独り言をブツブツと呟きながら魔法を完成させていく。


 久しぶりに命を奪う可能性の無い平和な魔法の展開を目指して。














〜挟愛は狂愛となりて〜








 そんな主人を見ながら、エクラは心を苦しめる。


 美味しいと言ったこのお菓子も、全く味を感じられていない。


(テラス様……。貴方様が見てくださらないのなら、この体に意味はありません。貴方様が感じてくださらないのなら、この熱に意味はありません。私には、テラス様が居なければならないのです……。どうか……私を見て…。感じて…。…………愛して。)


 エクラは少しずつだが、自身の胸の内に広がるこの感情を受け入れ、そして自身の物と吸収してきていた。


 だが、この感情の名を『依存』だと知るのには、まだかなりの時間がかかるようであった…。












「あぁ…♡お姉様に早く会いたい…♡そうだ!この馬車群を透明化して、お姉様の居るヒュディソス近くで透明化を解除するのはどうかしら!!きっと驚くわ!!!」


 ヒュディソスに向け猛進する世界樹国ヴェデーレの女王、ルーフ・ホオヘノ・ヴェデーレはそれはそれは楽しそうに笑う。


 姿だけ見ればそれは歳相応の笑みだが、その顔は何故だが黒い闇に染まっているようであった。


 ルーフはただ、一方的に思い続けた彼女の事を想いながら、隣の人物に問いかける。


 その問いに、最早否定を許可する意が含まれていない事など容易に想像できた。








「ねえ?貴方もそう思うでしょう?」












「ヘクセレイ。」

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