第三十九話 王女と私の愛っ…
私の言葉を受け、案の定ザワザワする観衆。
私はそのザワザワが収まるのを少し待ち、そしてその概要を話し始めた。
「私はこの国の王族であり、貴方達国民には私に敬意を払う義務があります。ですが、王族も貴族も平民も、同じ陽の光を浴び、同じ大地を踏みしめ生きているのです。……王族という立場は民をひれ伏させる為にあるのでは無く、民をまとめ導く為に有るのだと、私は考えているのです。」
ここで少し様子見も兼ねて、間を開ける。
要は、前世の日本に生きた私にとって、王族の絶対性は耐えられないという話だ。
この世界の様々な国についての文献はいくつも読んできたが、前世の日本のような国は殆ど存在せず、異端であった。
だからこのように、会場には動揺の嵐が広がっていっているのだ。
…よし。再びざわつきが収まったので、続きを話そうか。
「私がこの街を歩いていれば、道を開けそして跪くような事はせず、気軽に話しかけていただきたいのです。新鮮な野菜をオススメしてください。貴重なお魚を教えてください。世間話を楽しみましょう。……すぐに受け入れる事が難しい事は分かっています。話しかけづらい事も分かっています。だから…、だから私が貴方達に近付きます!!皆様が私を、この街の一住人として迎え入れてくださるその日を楽しみにしています。……私からのお願いは以上になります。ありがとうございました。」
そう言い礼儀正しく会釈をする。
会場は静寂に包まれていた。
…やり切った。頑張った。どうか…どうか私の願いが届きますように。
受け入れられないのなら、これから沢山努力をすれば良い。仕方が無い。住民達が私の言葉を消化しきるまで何日か待つべきだろう。
…そう、私が諦めかけたその時だった。
「いいぞー!!姫様万歳!!」
「姫様…!なんて素晴らしいお方なの…!」
「ああ!こんなに俺達に寄り添ってくれる王族様なんて聞いた事ないぜ!!」
「姫様の素晴らしき御心に感謝……違うか。ありがとうー!!姫様ー!!!」
と、会場は先程とは比べ物になら無い大歓声に包まれた。
住民達は皆私を受け入れようと、このように歓迎をしてくれている。
その光景と願いが叶った事に感動し、私は目頭が熱くなるのを感じる。
(あぁ…。本当にいい街…。)
私は感極まり、後ろで縮こまっているエクラに近づくと、その手を取った。
本当は今すぐにでもエクラに抱き付きたいが、流石に自重する。
エクラは、
「良かったですね。テラス様。」
と、優しく囁いてくれた。…繋いだ手は震えていたが。
そうだ。エクラの事も紹介しなければ。
そう思い付いた私は、特に何を言うかも考えずに、エクラの手を引き前に出た。
これが、この街での最初のやらかしであった。
私が再び前に出た事で、観衆は私に注目する。
そしてその目は、私と手を握り並んで立つ少女の元へと向けられた。
観衆の目が一気に集中した事で緊張したのか、エクラが私の手をより強く握り締める。
私は不味いと思い、咄嗟に話し始める。
「皆様。私の隣に立つこの美女に目が釘付けとなっているようですね。彼女の名はエクラ。彼女は………。」
突然話し始めたと思ったら今度は押し黙った私を、観衆は不思議そうに見つめる。
そして皆、エクラは私の何なのかを知りたがっている。
(エクラは…、あっ。)
ここでようやく何も考えていなかったことに気付いた私は、内心焦り始める。
エクラは…。エクラは私の…。
「エクラは私の愛っ…です。」
ザワザワ……ザワザワ……。
とんでもないざわつきが発生した会場を見て、私は心の中で叫んだ。
(……や ら か し たぁぁぁ!!!)
町長オーロスはまさに空いた口が塞がらないという様子で、ランレンは事態の把握が出来ていないのかオロオロし、来賓の偉そうな方は腰を抜かし、観衆は各自大騒ぎを始め、エクラは顔を真っ赤に染め上げ俯いて動かない。
肝心の私は、これも計画通りと言いたげな澄まし顔で立っている…が、内心大焦り。
(ど、どうしよう…!愛する人って言いかけたのは何とか急ブレーキをかけられたけれど、その結果エクラは、『私の愛』とかいう訳のわからないが意味深な何かになってしまった…!)
私は、今すぐにでも頭を抱えうずくまりたくなるが、もはや意味深な笑みにすら見えるその表情をキープする。
(この状況を打破しろと!?…いやまあ、こんな状況にしたのは私なのだけれど。一体どうすれば…。)
私に残された時間はあまり無い。
この話が噂となって広まる前に、何とかしなければならない。
だから私は。
私は一人で前に出て、そして手を上げる。
すると、私のその行動を見た観衆から即座に話すことをやめる。
そうしてざわつきが収まると、私は静かに手を下ろし、そして話を始める。
「私の発言で混乱を招いてしまいましたね。それでは、先程の私の言葉の真意について説明します。エクラは、私の愛、つまり国民の皆様への愛の体現者なのです。」
再びざわつき始める観衆を抑え、私は話を続ける。
「私は国民の皆様すべてを愛し、そして支えていけるような王族でありたいと考えてきました。しかし、考える事は容易でも、それを実現するとなると困難を極めます。そこで、私の『司書』であるエクラを愛し支える事で、エクラを通じて国民の皆様に私の愛を示そうと考えたのです。エクラが幸せであれば、それは国民の皆様の幸せとなり得、逆にエクラが不幸であれば、それは国民の皆様の不幸となり得るのです。」
……そうです。
それっぽい話で誤魔化そう!作戦です。
土壇場で考えたこの言い分。果たして…?
馬車に揺られながら、窓の外の街並みを眺めるのは素晴らしい。
古き良きその美しい街並みは、私の心を虜にする。
街の住民が私の馬車を見て、跪いているのは残念だが。
「…様…!テラス様…!聞いてますか!」
怒り方すら可愛いエクラが、窓の外を眺めていた私の意識を現実に引き戻す。
「あー、うん。聞いてるよ、エクラ。」
「絶対に聞いていませんでしたよね!?」
そんなわけで、現在私は、先程エクラに行った耳フーフーについてお叱りを受けながら、再び馬車に揺られていた。
勿論、エクラは何をしても可愛いし美しいので、残念ながら全く反省しようという気持ちにはならない。
まあそれはさておき。
皆様、さっきの言い訳話は一体どうなったと思います?
気になりますか?気になりますよね?気になってくださいね…?
果たして結果は……?
大歓声〜〜!!!
「わああああああああああああああ!!!!」
町長や来賓の偉そうな方々は立ち上がって拍手を送ってくれたし、いや〜、我ながら良くやったよ。
あんな言い訳でも何とかなるとは。
姫様の力ってスゲー!
さて。そんな感じで難を逃れた私が今どこに向かっているのかといいますと…。
「エクラ様、そろそろ。」
「え、あ、ごめんなさい!」
未だに私を叱っていたエクラを、何とソフィが制止したのだ。
正直驚いた。
むしろソフィなら、むしろどんどん叱りつけろ、とか言いそうなのに。
「あぁいえ、姫様への叱咤の言葉に関しては、むしろ数を増やしていただきたいほどです。」
「そ、そうなんですね。」
……。
ほらね。
「そうではなくて、エクラ様をお止めした理由は、そろそろ目的地が近づいてきたからなのですよ。」
「ああ、そうでしたか!ソフィ様、ありがとうございます。」
そう言うと、エクラとソフィは何だか仲良さそうに微笑み合う。
へぇ〜。私の前で堂々と浮気とはねぇ〜。
…まあ冗談はさておき、そろそろ目的地が近づいてきたらしいので、
(…よし。あと少し頑張ろう。)
と、私は心の中で気合を入れ直す。
未だに一般日本人の精神が取れないので、やはり緊張や恐怖は感じる。
だが、今の私は沢山のものを背負っている。
しっかりしなくては。
…根を詰め過ぎ?大丈夫。だって、私にはエクラがいるから。
エクラが、私の全てのストレスを解消してくれるから、私は頑張れる。
あ〜ほんと、エクラ好き〜!
少しして、馬車は豪華な門を通るとやがて停止し、馬車の扉が開かれた。
私はエクラの手を引き、馬車を降りる。
追従するソフィを尻目に一歩前に出ると、そこに広がるのは、巨大なお屋敷と噴水、そしてその前に整列し私達の訪れを歓迎する使用人達の姿であった。
そう。ここは町長オーロスの屋敷である。
「ようこそ姫様、それにエクラ様。」
私達の少し前を行っていた馬車から既に降りていたオーロスは、私達に笑顔で挨拶をする。
私達もそれに応えると、
「先程のとても見事な演説にこのオーロス、感服いたしました…!ささ、わしの屋敷で旅の疲れを是非とも癒やして下され。」
と、私達を屋敷へと招き入れたのであった。
「ええ、では。」
オーロスの屋敷は、前世で例えると……そう、県庁のような役割も果たしている為、屋敷のエントランスホールには、事務所のような場所、受付、休憩室までもが存在していた。
「驚きましたかな?このように、わしの屋敷はただ寝泊まりするだけの場所では無いのです。そしてこの相談窓口は、この街の住民ならば誰でも利用可能なのですぞ。」
オーロスは自慢げにそう語った。それに対し私は、
「誰でも、ですか!それは素晴らしいですね!」
と答える。
実際、誰でも使用可能な相談窓口が、王制や貴族制、つまり階級制度のあるこの国に存在している事にはかなり驚いた。
これも、住民と支配者の距離が近いからこそ出来る事なのだろう。
そんなオーロスの屋敷はさておき、私達はそのままこの屋敷の三階へと歩みを進める。
どうやらこの屋敷は、三階以上が町長オーロスのスペースとなっているようだ。
終始周りを見つめる可愛いエクラを眺めながら進み、辿り着いたのは、談話室と書かれた看板が掛かっている部屋であった。
私は、私を護衛する為に付いてきていた近衛兵達に待機の命令を出すと、エクラ、そしてソフィと共に談話室へと入室した。
中は落ち着きのある装飾と、多分偉い誰かの肖像画が飾られてあり、談話室というよりも校長室のようであった。
「ささ、こちらへどうぞ。」
「ええ。」
私はオーロスに勧められたソファに座る。オーロスは私の机を挟んだ対面に座り、エクラとソフィは私の背後に立ったまま待機する。
先程までの祭典とは違う重い空気。
私は、先程よりも強く龍の威圧を発動させながら微笑んだ。
「さあ、始めましょう?」
…と、何だかカッコつけてみたが、やる『べき』事はただの打ち合わせと情報のすり合わせだ。
ならば何故あのような小芝居をうったのか。
それは、ただの打ち合わせで終わらせる気が無いから。
あとは、エクラの前でカッコつけたかったからです…。
…まあそれは良いとして、早速色々と話を始めようか。
「改めまして、オーロス様。私はテラス・テオフィルス・シュトラール。この様な美しき街に歓迎していただき、誠に感謝致しますわ。」
「こちらこそ、この様な辺境の地にお越し下さり、感謝してもしきれませぬ。…そうでした。わしの呼び方はオーロスで構いませぬ。」
へぇ。オーロスって結構気さくな方なのかも。
「わかりました。では、オーロスと呼ばせていただきますね。」
「ありがとうございます、姫様。」
オーロスは、ゆっくりでそれでいて威厳たっぷりな喋りをする。
何だろう…、絵に描いたような紳士って感じがする。
…おおっと、今はそれより話に集中!
「ではオーロス。まずは、この街での私の療養計画について話を始めましょうか。」
「こちらの計画はこの様になっています。まず……。」
と、早速話し合いが始まったのだけれど、内容の再確認の為にも、脳内でまとめ資料を作成していこう。
えーまず、私の滞在期間だが…今の所未定。
これについては、今回の一連の騒動が落ち着くまでと(お母様が勝手に)決めたので、こればかりはどうしょうもない。
オーロスも、この事には既に同意済みなので、特に問題は無い。
次に、私の滞在中、国からこの街にどの様な補償が与えられるのか、だ。
これはこの街への出立時、大量の馬車群と共に出立した事で分かるとは思うのだが、いわゆる貢物を与え済みだ。
荷馬車の五割は貢物だ。そして残りの五割の内、二割は食料や衣服や生活必需品、残りの荷馬車には、私がお願いして持ってきてもらったものが積まれてある。
貢物を与えては、何だかこちらが下の立場のように感じるかもしれないが、これには意味がある。
この街は、国王からの貢物を受け取った。となると、この街はそれ相応の働きを返す必要が出てくる。恩を売りつけたみたいな感じだ。
これでこの街は、私に対し絶対の安全を約束しなくてはならなくなる。私に逆らう事が出来なくなる。
…でも、そんな物私は望んでいない。
絶対服従なんかいらないし。
なので、私はこう言っておいた。
「安全の保証は必要ですが、服従は必要ありません…が、一つだけ。演説の内容は本心であり、あの内容を尊重する事を唯一の命令とします。」
次は私の居住場所だ。
ここで、少しだけオーロスとの話し合いが揉めた。
先程服従の必要は無いと話した結果、段々オーロスの遠慮が無くなり、色々と意見が出るようになったからだ。
勿論これは良い事で、私が望んだ事なのだが…。
「わしは反対ですぞ。」
この通り、話し合いは難航していた。
その理由は単純で、私の療養計画当初は、私の滞在場所はこの町長オーロスの屋敷であったのだが、その後私が個人的に文を送り、滞在場所の変更を打診していたからなのだ。
安全性の理由から、この屋敷に滞在する事がベストなのだが、そうなると私に待ち受けている生活は、城での生活とあまり変わりはないだろう。
それでは意味が無い。せっかくエクラとのバカンスの為にここまで来たのに。
勿論姫パワーで強引に押し通す事は出来るがそれでは意味が無い。
というわけで、私はとある計画を持ち込んでいた。無策で突っ込んできた訳ではない。
私はソフィに持たせたカバンから、いくつかの紙を取り出す。
それには、この街で私が滞在可能な場所がいくつか書かれてあった。
「ほほう…。」
これにはオーロスも圧巻といった様子であった。
畳み掛けるには今しか無い…!
そう私が思い、行動に移そうとしたその時であった。
突然、勢い良くこの部屋の扉が開かれ、そしてそこには、町長オーロスの妻、ランレンの姿があった。
髪は乱れ、荒い呼吸のその様子を見るに、かなり焦っていた。
「姫様、申し訳ありません!ですが、あまりにも緊急事態でして…!」
ランレンは、緊迫した表情を浮かべ、必死そうに私に伝える。
「許します。何があったのですか?話してください。」
本当はかなりの無礼なのだが、元一般日本人の私からすれば、割と何とも思わない事なので流し、それより何があったのか気になり過ぎるので、催促をしてみる。
それは、あまりにも異質で。
「それが……、世界樹国ヴェデーレの女王が、真っ直ぐこの街に向かってきているという情報が入って来まして…。」
「「え?」」
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