第三十五話 王女を取り巻くは狂気

『やあみんな!私だ!』




 …は?


 まーたあの夢空間に来たかと思ったら、突然何故かグリモワールがグッドサインを向けて来たんだが…。


『なんだよ。お前の前世の記憶を見ていた時面白い奴が居たから、せっかく真似してやったのに。』


 誰だよ…。


『…確かに。こいつ誰だ?』


 え、知らないの!?


『前世のお前が知らないんだ。私が知るはず無いだろ?』


 ……もういいや。










「それで?グリモワール。何でここに私を呼んだの?」


 せっかくの目覚めだったのに、と私は不満を漏らす。


 それに対しグリモワールは、そんな様子の私を気にもせず、


『ああ。お前が意識を失った後の事について、この!私が!教えてあげようと思ってな!』


 グリモワールの癖に偉そうなのは放っておいて、


『ぅおい!』


確かにそれは普通に気になる。


 ここで、一つ疑問が浮かぶ。私はその疑問を真っ直ぐグリモワールにぶつけてみた。


「てか何で知ってるの?」


 するとグリモワールは、その質問にカッコつけて返してきた。


『それは私の話を聞けば分かるさ。』


 …なんかイラッとくるが、黙って聞こう。
















『あれは、お前の父がお前にトドメを刺そうとしていた時だ……。』


「あなた!もうやめてちょうだい!」


 そう叫びながら、お前の母は父の攻撃を止めようとした。


 だが間に合わなかった。だって、玉座とお前の位置は結構離れていたからな。


 しかしだな、実際お前の父の攻撃はお前に当たる寸前で止まったんだよ。


 何故なら…。


「何故なら…?」


 そもそもお前の父は、お前にトドメなんか刺す気が無かったからだ。


「…は?」


 いや、その反応になる気持ちも分かるぞ。だって、殺意凄かったしな。


 …でもそれは偽りだった。


 ただ、王である前に父親であったと言う事だな。


 分かったか?お前は愛されていたっていうことだよ。






「……。」


 私は、グリモワールの言葉に何も返す事が出来なかった。


 お父様は、良くも悪くも真っ直ぐな方だ。


 だから、優しい時はとことん優しいし、悲しむ時はとことん悲しむし、怒る時はとことん怒る。


 そんなお父様は、一体どんな気持ちで私と戦ったのだろうか。


 話を聞いてくれないと思っていたが、本当に話を聞かなかったのは私なのではないか。


 そしてそれは、お母様も同じであったのではないだろうか。




 ……それは違うか。…え?だって、突然何の説明もなしに記憶消しまーすって言われてはいとは言えないよ!?


『まあ、確かに?』


 そう言いながらも、やれやれといった仕草をするグリモワールに少しイラッとした…が、別に不快では無い。


 グリモワールって何だか、何でも言い合える親友って感じがするよね。


『親友、か。』


 ん?どうしたの?


『…あ?何でもねえよ。それより、どうして記憶が消えていないか分かるか?』


 …何だかはぐらかされた気がするが…まあいいか。


 それより、何で記憶残ってるの?


『そうだな……。』










 お前の父を母が止めようとしたその後、母が父に事情の説明をしたんだ。


 そしたら、父も深刻な顔になって母と色々相談をし始めたんだ。


 そして結局、お前の記憶に処理を施す事が決まってしまってな……








「ロアよ。本当にこれで良いのか…?」


「ええ。これが、あの娘にとって最良の選択なのだから。」


 煮え切らないといった表情を浮かべる父に対し、何だか余裕の無い母。


 そして、お前の母は遂に巨大魔法陣を展開し、そして記憶の封印魔法というこれまた禁忌の魔法を発動した……!


した………!


した…!




 グリモワールの声が暗闇に反響する。


「…楽しそうだね。グリモワール。」


『あ?お楽しみはこれからだぜ?』


 あぁ、そうですか。






 母から放たれし記憶の封印魔法が、お前に迫る…!


 迫りくる脅威!そして遂にお前に命中…!


 …だが、それは無効化されてしまったのだ。


 そう!私にな!!!


 




「…へー、すごいねー。」


『ぅおい!何でそんなに冷めてんだよ!せっかく守ってやったのによぉ。』


 まあ、感謝ぐらいはしとくか。


「ありがとありがと。」


 私は実に心を込めた感謝を、グリモワールに伝えたのであった。


『どこがだよ!!!』










 …さて、おふざけはここまでにして、此処からは真面目な考察の時間だ。どうせ、現実の私が目覚めるまでここから出られないし。






 まず、何故そんなにもお母様はディセプションバースについての記憶を消したがるのか。


 これに関しては、謎が多過ぎる為考察のしようがないのが現状だ。


 …あ、そういえばお母様はお父様と相談したんだよね?


 だったら、まずはお父様と話すべきかも。


 私の記憶を封印する事に何だか躊躇いを覚えていたらしいし。






 次。そもそも何故グリモワールが記憶の封印魔法を無効化出来たのか。


「どうして無効化出来たの?」


 私は、そこで暇そうにしているグリモワールに質問してみた。


 するとグリモワールはさも当然かのように、


『あ?どうしてって、そりゃ私の方が上だからに決まってるだろ?禁忌魔法なんかに大罪魔法は負けねえって事だよ。』


と、答える。


 なるほど。そういえば精神魔法系統の効果は、より上位の力によってかき消す事が出来るとか何とか、どっかに書かれてあった気がする。


 要するに、レベル一の雑魚魔法使いがレベル二の相手の精神を乗っ取ろうとしても、一切効果が出ないって事。


 それと同じなのかな。


『同じだ。多分。』






 最後。これはかなり重要だ。これによって今後の私の動きが変わってくる。


 私は意を決して、グリモワールに質問をする。


「ねぇ、グリモワール。お母様は、記憶の封印魔法を無効化された事に気が付いているの?」




 さあ、どうだ…?




『あー、恐らく気が付いていないはず!』


 え、曖昧…。




『だ、大丈夫だ。私は上手くやった。まず初めは、しっかりと魔法を食らったんだ。だから実際、一度お前の記憶は封印されたんだ。そして、それから私がゆっくりとバレないように無効化していったんだ。な?完璧だろ?…な?』


 んー、まあいいか。


 取り敢えず目を覚ましたら、記憶が消えているように演出するか。


 そこから、色々と質問をしたりしてそれで、お母様の反応を見よう。










 その後も、色々グリモワールと話をしていると、


『あー、そろそろ時間のようだぞ?エクラがお前に呼びかけてる。早く行ってやれ。』


と言われた。


 ならば最後に、言いたかったあれを言ってやるか。


 私はグリモワールの方にくるりと振り向くと、


「ありがとね、グリモワール。」


と、満面の笑みで本心を伝えたのであった。












 誰も居ない暗闇で黒き大罪の天使は微笑む。


 それはまるで、別人の様に。


『まったく。もうここに来ては駄目よ。……私はずっと、……の側に………。』
















 目を覚ますと、そこはいつものベッドで。


 姫なだけあってかなり豪華なベッドだが、元ただの日本人な私にとっては、少し負担であった。


 そんなベッドだが、今は三人によって囲まれていた。




「良かった…。目を覚ましたのですね…。本当に…良かった……。」


 まずは私の足に泣き付くエクラが一人。


「テラス…。」


 何だか気まずそうなお母様で二人。


「うぉぉぉぉ!!すまなかったテラスよぉぉぉぉ!!!」


 叫びながら号泣しているお父様で三人。






 私は身体を起こし、エクラの頭を撫でながら、無言でお父様とお母様を見つめる。


 実はさっき目覚めた時、勝手に祖龍の加護が発動したおかげで、既に身体を起こすぐらいは出来るほどまでには回復していたのであった。




 そんな私に、最初に話しかけて来たのはお母様であった。


「その…テラス…?何があったのか覚えているかしら…?」


 心底気まずそうだ。しかしまさか、いきなりこの質問が来るとは。


 お母様の反応を見て、魔法が無効化された事を知っているのか見る私の作戦が…。


 お母様は気まずそうだが、その目はしっかりと私を見定めていた。


 不味い、どうする?


 あまり悩み過ぎても怪しまれるし、ここは一旦無難な返しをするしか…ない!


 私は自身の頭を手で押さえ、


「ごめんなさい、お母様。私、まだ目覚めたばかりで、何だか記憶が混乱しているみたい


と、答えた。


 私の全力の演技。


 ……どうだ…?










「……そう。」


 …そう!?反応それだけ!?


 何も分からなかったよ…。


 あ、お父様…は泣いているんだった。


 どうしよう。


 ……あ、ならこっちから質問すればいいn


「なら、少しでも覚えている事があったら、ゆっくりで良いから話してご覧なさい。」


 …っ!出遅れた。


 私は取り敢えず悩んでいるって感じの仕草をしておく。


 まあ、実際悩んでいるのだが。


 あぁ、どうすれば!


 肉弾戦が終わったと思ったら今度は心理戦ーとか辛いって!!






 …あ、そうだ。


 こうすれば、良かったんだ。






 私は悩みの仕草を解き、スンとした表情になる。そしてそのまま力無くお父様の方を向き、


「……そういえば、どうしてお父様は泣いておられるのですか?」


と、お母様の発言の全てを無視した。




 …この発言を受けたお母様の反応。


 それで、私はきっと全てを見透かせる…はず。


 ついでに、嘘が苦手なお父様の反応を見て判断も取れる。


 お父様には悪いが、犠牲になって貰おう。


 さあ、どうだ…!?










 泣きながらも、何かを発言しようとするお父様に割り込むように、


「こ、このひとはね、テラスが何日も寝込んで心配していたのよ〜。…ね?」


とお母様は発言した。そして、お父様になんか圧力をかけていた。


 お父様は、


「そ、そうだぞ、テラス。我は、ずっと心配をしていたのだ!」


と、まあ嘘では無いのだろうけれど明らかに動揺しながら発言していた。


 そんな二人を見て私は、


(勝った。…肉弾戦では負けたけど。)


と、心の中でほくそ笑んだのであった。












 完全に勝利を確信した私は、その後は記憶喪失なお姫様モードとなり、そして二人から情報を得る事に成功した。




 曰く、悪魔との戦い中に精神攻撃を受けた私は、その悪魔の残した精神魔法によってお父様とお母様に襲いかか…『ろう』としたそうな。


 しかしそこで、悪魔の精神魔法を跳ね除けようと私が頑張り、大暴れしながらも遂に悪魔の精神魔法に抵抗する事に成功した…!


 だが、その反動で私は気を失ってしまった…。




 という創作ストーリーらしい。


 このストーリーを、お母様は私に自信満々に話し切った。


 そして、このストーリーに対し何も違和感を感じないといった様子のエクラを見る限り、恐らくエクラにも記憶の封印魔法が施されたのだろう。


『許さない……必ず……♡』


 ぅおっと、何だ!?


 私の中で何かが…、まあそれは置いておこう。


 それより、なるほど悪魔のせいにしたか。


 このストーリーなら、例え外部に漏れたとしても、誰も真実を知る事は出来ないな。


 何故なら悪魔族は、昔に滅んだ種族だと今まで言われていた種族。


 悪魔さんに、


「そういう魔法ってあるんですかぁ?」


とは聞けないよね。








 一通り話し終わり、私に情報の整理時間をくれたお母様は、私が顔を上げたのを見て別の話を始める。


「それでね、このひとと考えたのだけれど、テラスにはしばらく公務から離れてもらおうと思うの。」


 …そうきたか。


 お母様は話を続ける。


「貴方はもう充分この国の為に頑張ってくれたわ。だけど、少し休養が必要だと思うの。だから、しばらくの間ヒュディソスの街で療養するのはどうかしら。」








 ヒュディソスとは、我が国シュトラール領内にある海辺の港街だ。


 豊かな自然、静かで美しい街並み、美味しい海産物、あまり忌物の湧きにくい周辺環境…!


 つまり、療養地としては最高の環境な場所なのだ。


 …しかし、ただ一つその街にはある特別な決まりがある。




 それは、人族の絶対的不可侵条例。




 獣人族は良いのに、何故だが昔から人族の不可侵を掲げている街なのだ。


 港街だと邪魔にしかならないと思うこの条例だが、この条例によって、今回の人族の集団暴動事件の被害をほぼ受けずに済んでいたのである。


 あぁ。ほぼの部分は、他の街が崩壊して交易が滞ってしまったから。


 まあつまり、綺麗な街並みとかはそのままというわけだ。








 さて、長々とヒュディソスについて語ったが、お母様の狙いは恐らく私の隔離だろうな。


 今も、


「ヒュディソスはいい街よ〜。美味しい魚が沢山あるわよ〜。海もとても綺麗だし、住民達も良い方ばかりなの。」


と私に語っているが、その内心は黒い。




 今回の出来事によって、お母様は私を警戒し始めている。


 自分の強大な魔法を打ち破った未知の魔法。


 魔法の専門家でもあるお母様にとってそれは、脅威に感じただろうな。


 だが私は腐ってもこの国の姫でありお母様の奇跡の娘。


 そう簡単に無下には出来ない。


 そこで先程のようなストーリーをそこに差し込むことで、私を『国を襲う悪魔から身を挺して国を守った英雄』に仕立て、そしてそんな英雄を療養させる。


 そうすれば、公務を放って安全な街に逃げた姫ではなく、英気を養う偉大な英雄と国民の目には映る。


 これで、私という未確定で危険な存在を、外聞良く隔離する事が出来るというわけだ。






 いやーよく考えたね、お母様。


 私は全て見透かしたが、


「しかし…良いのでしょうか…?」


と、不安そうにしておく。


 そんな私に近付き、頭を撫でるお母様。


 あまりにも近い為、お母様の顔は見えなかった。


「……良いのよ。テラスはもう充分良くやってくれたわ。ゆっくりと、その心の闇を、浄化してきなさい…。良いわね?」


 そして私から離れると、ニコリと微笑むお母様。


「返事は、また後で構わないわ。だから、今はゆっくり休んでちょうだい。じゃあ私達は、公務に戻るわね。…行くわよ、あなた。」


「あ、ああ…。」


 しっかりしているな、お母様。その反面、お父様は何だか頼りない。


 そんな事を思っていたが、立ち上がりマントを翻しながら部屋を去るお父様は、やはり威厳たっぷりでカッコ良かった。






 そうして、心理戦は幕を閉じたのであった。










 さて、と。


 まずは何をすべきかな。


 先程お母様は、『返事は後で良い』と言った。


 だがそこに、拒否権などは存在しない。


 あれは、準備が出来たら教えろという意味だろうな。




 はぁ……………やっっっったぁぁぁぁぁ!!!




 え!?だって、もう仕事しなくて良いって事でしょ!?


 しかもそんなリゾート地に行ってもいいなんて、最高!!ホワイト企業バンザイ!!!


 さっさと身体直して、早くヒュディソスに行きたいなぁ…!


 私は嬉しさのあまり、足をバタバタと動かしたくなる。だがそこで、足の上の重みに気が付いた…というか思い出した。


(あ…、エクラ、私の足に泣き付いたままだった…!)


 どれくらい眠っていたのかは知らないけれど、きっとまた心配かけたんだろうな…。


 あぁ、私のエクラ……。


『もっと私で苦しんで……♡』


 っ!?また、この声…。一体何…?


 エクラに苦しんで…ですって!?エクラを苦しめるなんてy


『許せない……よね♡』


 …何なんだこの声!?気味が悪い。


 おい!誰だ!


 …


 ……


 ………


 …………しかし、返事が帰ってくる事は無かった。


 ああもう!…はぁ…また苦悩が増えるのか。


 もうこれは後回しでいいや。


 それより、今はエクラにかけられた記憶の封印魔法を解除する事から始めなければ。


 …だって、








 私のエクラに何かをして良いのは私だけなんだから……♡』




















〜???〜


「なぁ、ロアよ。…本当に良いのか…?我らの娘であるぞ…?」


「あなた。弱気になっては駄目よ。……ところで、さっき頭に触れて分かったのだけれど、あの娘、私の記憶封印魔法を自力で解除しているわ。」


「な、何だと…!それは真か…?」


「ええ。……私の記憶封印魔法ですら解除出来るなんて……。フフ。きっと今頃は、エクラちゃんにかけた記憶封印魔法を解除しているわね。」


 私の力を打ち砕く未知の力。


 私を殺すあの力。






 偽りの奇跡から産まれた、本物の奇跡。






 あぁ、本当に残念だわ。だって、












 娘でなければ、好きなだけ実験出来たのに。

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