第三十三話 王女と母
「……?テラス?どうしたのかしら?」
お母様は、私が王座の間に入るとすぐに私を優しく向かい入れてくれた。
だが私が一切動かないため、不安げにそう聞いてきた。
何故私は動かないのか。
それは、私が未だ葛藤をしているのだ。
私は、ディセプションバースによって造られた存在だ。
前世の記憶の一部が欠けていて、この世界に転生する前の事は一切覚えていない為断言は出来ないが、私は考えてしまったのだ。
もしかすると、ディセプションバースに前世の私は巻き込まれたのではないのだろうか、と。
禁忌の魔法。その代償は本当に呪いだけであるのだろうか…。
それはきっと、お母様に尋ねる事が出来たら分かることだ。
だから話したい。話したいのに…。
……躊躇ってしまっている。
私は別に、ディセプションバースによって造られた事に関しては、怒っていない。
こうして大切にしてもらって、皆に慕われ、そしてエクラに出会えたのだから。
なら何に躊躇っているのか、それは…もし私がディセプションバースの存在を知った事をお母様が知ったとき、私達の親子という関係が終わりを迎えてしまいそうで恐ろしいのだ。
だって、私は偽物の奇跡なのだから。
だったら、この場から元気になりましたーって伝えて逃げ出す?
……はは、あり得ない。
例え偽物だとしても、エクラが信じ、そして慕ってくれるというのなら。
私は!テラスだ!!
「お母様!!今日は、お母様に尋ねたい事があって参りました!!」
私は俯いていた顔を上げ、そして覚悟を視線に込めてお母様を見つめた。
突然大声を上げてしまったせいでお母様は少し驚いていたが、私の真剣な眼差しを受け、
「どうしたのかしら、テラス。話してご覧なさい。」
と、お母様も真剣な面持ち……ではなく
「テラス!!顔色も悪くないわね!!良かったわ!!私、ずっっっと貴方の事が心配で仕方が無かったのよ…?それで、どうしたのかしら?」
と、お母様は私の様子を見て大喜びしていた。
(お母様…本当に私の事を心配してくれていたんだ…。)
私は感激のあまり涙が出そうになる。
だが、泣いている場合ではない。
…まずは。
「エクラ。そしてレミア。」
「え、はい!どうかしましたか?テラス様?」
「はい、姫様。如何なさいましたか?」
私達のやり取りを、嬉しそうにニコニコと眺めていたエクラとレミアに告げる。
「ここからは、お母様と二人だけで話がしたいの。だから、レミアとエクラには外で待機していてほしいのだけれど…。お願い出来るかしら。」
それを聞き、久しぶりに家族水入らずで会話がしたいのだろうと察したのはレミアだ。
すぐにお母様の許可が降り、エクラと共に退室する事になった。
エクラは、
「分かりました。…テラス様。約束、守ってくださいね…?」
と、私に不安げに伝えてきた。
「……エクラ?」
「…いけませんね。何だか、胸騒ぎがしたのです。忘れてください。それでは。テラス様。」
そうしてエクラとレミアは王座の間から出ていった。
これで、王座の間には私とお母様の二人だけだ。
二人だけの王座の間には緊張感が…
「テラス。おいで。きっと、私に甘えるのが恥ずかしかったのてしょう?これで、安心して私に甘えられるわよ。」
と、何故か変な方向に勘違いされているため、緊張感など皆無だ。
だから、仕方なくお母様の言葉を遮るように話し始めた。
「お母様!そうではありません!今日は、とある魔法について尋ねるためにここに参ったのです。」
すると、お母様は頼ってくれた事自体が嬉しかったのか、
「あらそうなの…!それで、何が聞きたいのかしら?」
と、聞き返してくれた。
だから答えた。その魔法の名を。
……答えて、しまった。
「私は、ディセプションバースについて聞きたいのです。」
その瞬間、先程まで無かった緊張感が一気に私に重くのしかかった。
そしてお母様は、今まで聞いたことのないような低い声と恐ろしい顔で、
「その魔法を、どこで知ったの……テラス!!」
と、私に怒鳴った。
私がこの魔法を知ってしまった事、それによって悲しまれるとは思っていたが、まさかこんなにも恐ろしく豹変するとは夢にも思っていなかった。
私は、恐怖に震える。
「テラス…答えなさい…!」
何故、お母様は激怒しているのかが分からなかった。
無知から来る恐怖は、そう簡単に消えるものでは無い。
だが、例外はある。
恐怖を打ち消す一つの感情。それは、
怒りだ。
私は、貴方達によって殺された可能性だってある。
「お母様?その怒鳴りは、あまりにも理不尽ではありませんか?」
私がこの数日間、貴方達から受けた仕打ちにどれだけ悩み苦しんだか。
「……そう。それはつまり、もう全部知ってしまったようね。」
何がお母様だ。
お前がやった事は、私の前世の両親から私を奪う行為。
「……それに、どうやって知ったかも話してくれないようだし。これはもう、あれしか無いわね。」
お前のおかげで得られた幸せだってある。
だが、失った幸せだってあるのだ。
「テラス。悪いけれど、貴方には全て忘れて貰うわ。…残念よ、テラス。」
ああ、もういい。
「……黙れ。」
「…この私に今、何と言ったのかしら。…もう一度言ってご覧なさい。」
「黙れと言ったんだよッッ!!!!」
そうして、戦いの火蓋が切られた。
「拡散魔法・アイス!」
私は手に水球を作り、そして超高圧水をそこから放出する。
そしてそれはお母様に飛来していく最中、氷の粒となりお母様に襲いかかる。
だがそれらは、瞬時に母の唱えた拡散魔法・ストーンによって相殺された。
「破壊魔法・ダークフレアストーム。」
母は自身ほどのサイズの魔法陣を即座に展開し、そして黒き炎の渦を生み出す。
そしてそれを私に向けて放つ。
私は瞬時に避けた。だが、髪の一部だけが一瞬だけかすり、その部分は溶けてしまった。
これだけで、その炎がどれだけの温度なのかわかるだろう。
あの時の戯れとは違う。本気で、私を消しにかかっている…!
ならば!
「龍魔法・炎昇龍!!」
私は、龍の形の蒼き炎を母に向けて放つ。
それはまるで鯉の滝登りのように力強く。
母の足元から上に向かって喰らうように昇った蒼き龍。
しかし、母は赤き槍を生成し、龍を一刀両断した。
くッ…!私の龍魔法も効かないか…!
「その程度?…使血魔法・ブラッドボーンレイン。」
母が真紅の魔法陣を展開すると、そこから無数の血に濡れた骨が現れた。
…これが、吸血鬼族の固有魔法…!
「四重結界!!」
私はすぐ様防御結界を展開した。
だが、この骨は何と防御結界をすり抜けたのだ。
「なっ!?」
そして、次の瞬間には無数の骨の雨によって私の姿は埋め尽くされてしまった。
「……つまらないわね。」
母はそう呟き、我が子の上に積もった無数の骨を消した。
そして、母はニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「そんな盾、一体どこに隠していたのかしら?」
…結界が無効化された時、私は即座に頭の髪留めに手を伸ばした。
そして、大きな盾に変形させ、自らの身を守ったのだ。
それでも、いくつか傷は受けてしまったが。
私もニヤリと笑い返すと、手に持つ盾を大きな鎌に変形させた。
「そんな玩具、与えた覚えは無いわ。」
そう言う母を無視し、母に向け私は魔法を唱えた。
「龍魔法・水氷龍!」
魔法陣から放たれた極寒の水龍は、真っ直ぐ母に突っ込んでいった。
またしても、母によって一刀両断されてしまったが、先程のように魔法は消えなかった。
一刀両断され真っ二つになった水龍は、無数の氷の弾丸となり母に襲い掛かった。
「素晴らしいわ。とても芸術的ね。…使血魔法・ブラッドバースト。」
だが、母がその瞬間放った紅き波動によって全て砕かれてしまった。
「でもそれだけね。」
…やはり、純粋な私と母とでは、力の差があり過ぎて勝てる訳が無かったのだ…。
「それで?もう終わりかしら?なら、もう諦めてそこで大人しくしていなさい。」
……それでも、負けるわけにはいけない!
「これ以上、私から過去を奪うなぁ!!」
私はそう叫ぶと、あの魔法をっ…!
その時、脳内に突然良く聞いたあの声が聴こえてきた。
『あー。これは、あんだけ忠告したのに早速使おうとしているバカの為に録音した音声だ。もし、お前が使わなかったらコッソリこれは消してお前に直接伝えるつもりだったんだがな。』
この声…グリモワール…?
『いいか、忠告だ。絶対に、大罪魔法・嫉妬だけは使うなよ。いいか、絶対にだ。もし使えば、お前は凄まじい力を得る代わりに、前世の全てを失う事になる。嫉妬以外は、少しなら使ってもどうにかはなるからほか使え。わかったか。それじゃあな。』
そこで、グリモワールの音声は途切れてしまった。
いや、絶対に伝え忘れてて、後で気が付いて急いで録音したやつだよね、これ。
…全く、バカはどっちだが。
まあ、今回はそのバカの言う事を素直に聞きましょうか。
…なるべく。
私は、発動する魔法を変えた。
「龍魔法・聖光龍!!龍魔法・常闇龍!!」
私は同時に二つの魔法陣を展開し、光り輝く白き龍と、黒く光る闇の龍を呼び出し、そして母に向かって放った。
母はまたも両断しようとしたが、母の一閃を聖光龍が止めた。
そしてその隙を突いて、常闇龍が闇のブレスを母に向かって放った。
聖光龍は守護の力を持つ。だから、母の一撃を止める事が出来たのだ。
だが、聖光龍は攻撃が得意では無い。
だからこそ、攻撃に特化した常闇龍を同時に召喚したのだ。
現在、やはりこちらが押されているものの、それでも先程よりかは善戦している。
ならば何故、もっと早く召喚しなかったのか。
理由は簡単、ここが室内だからだ。
いくら広大な王座の間とはいえ、室内である以上限度がある。
さて、龍たちが善戦してくれている今、私が次の一手を打たなければならないのだが…。
…もう、品切れです。
この龍魔法以上の威力かつ、室内で使用しても建物に被害が及ばない魔法がもう無いのだ。
…どうしたものか。
そうこうしている間にも、龍たちは母の猛攻を受け、その命を削られていっている。
何か…何か無いか……。
……あ。
「これで止めよ。使血魔法・ブラッドエッジ。」
そして遂に、紅き刃によって二体の龍は塵となった。
「少しは面白かったわ。それで?もう記憶を消される決心はついたかしら。もう充分時間を与えたわよ。」
決心…か。まあ、心に決めた事はある。
…ぶっつけ本番で試してみるという事を。
私の眼が赤くなった時、つまりグリモワールによって母の魂の力が解放された時、私は大罪魔法以外にもいくつかの新たな力を手に入れていた。
ディセプションバースで造られた私は、母の吸血鬼族の固有魔法は使えない。
…筈なのだが、吸血鬼族の固有魔法はその血を元に発動させる為、私に流れる吸血鬼の血を使えば、私も使えるのでは…?
祖龍の力を借りて、存在しない龍魔法を完成させたように。
「使血魔法・ブラッドブースト!!」
私は魔法によって自身の全能力を上げる。
「へえ、テラスも吸血鬼族の固有魔法を使える様になったのねぇ。」
母はそう言い頷く。
…あれ?ディセプションバースの効果を知らない…?
でも、狡猾な母の事だ、ハッタリかもしれない。
「これは、私の魔法だ!!」
私はそう叫ぶと、前に疾走した。母との距離を詰める為。
手にはしっかりと鎌を持っている。
「使血魔法・ブラッドファストアロー!」
「使血魔法・ブラッドレイ。」
私が牽制用の紅き矢を放ち、それを迎え撃つように母は紅きレーザーをいくつも放つ。
レーザーに当たった矢は即座にかき消される。
そして、レーザーはこちらにも飛んでくる為、私は必死で避けながらも少しずつ前に進む。
私は考えたのだ。遠距離での魔法戦で、母に勝てる訳が無いと。
ならば距離を詰め、近距離での魔法戦に持ち込もうと。
そして、母まであと少しというところで私はそれが間違いであった事を知らされる。
足元に突如魔法陣が現れたと思った次の瞬間、足元から紅きサメのような何かが現れ、そして私は、下半身を飲み込まれてしまった。
両腕もサメに噛まれてしっかりとロックされている。
鎌は、遠くに飛んでいってしまった。
えーつまり今どんな姿かと言いますと、サメの口から女の胸元から上だけが出ている状態です。
これは多分トラップ魔法の類だ……あぁ…やらかしたぁぁ…。
「それは使血魔法・ブラッドイーターよ。魔法使いが敵の接近を許す訳が無いでしょう?」
それなっ!…何て言ってる場合じゃない!
ヤバい詰んだ。さっきからサメの体内に魔法を撃ち込んで見てはいるんだけど、びくともしない。
そして鎌もない。
「大丈夫よ、テラス。明日からは、もう何も悩まなくても良くなるわ〜。いつものテラスに戻るだけ。貴方は、何も知らなくていいの。何時までも、貴方は奇跡のままで居たらいいの。それが私達にとっても、貴方にとっても一番の幸せなのよ。」
そう言い、玉座に座ったまま何か大きな魔法陣を展開し始める母。
あれがきっと、私の記憶を消す魔法何だろうな…。
はぁ…全く。頑張って見たんだけどな。
ごめん。グリモワール。
「大罪魔法・暴食!!」
私がそう叫ぶと、私の周囲に黒き波動が現れ、そして瞬く間に私を捕食していたサメは消え去った。
「なっ!?」
母はそれを見て初めて動揺を見せ、そして展開途中の魔法陣を消した。
私は走った。ただ真っ直ぐ、母に向かって。
「っ!テラス!!」
母は叫び、そしていくつもの魔法を展開し撃ち込んでくる。
だが、
「大罪魔法・暴食!」
私がそう唱えると、私を包む黒い波動が全てを喰らい、そして消し去る。
焦る母に、好機と言わんばかりに突撃する私。
そして、母が目の前となったその時、
「テラス、警告よ。今すぐそのふざけた魔法の使用をやめ、そこで止まりなさい。それ以上近づいたら…」
「殺すわよ。」
母の冷酷な視線が私を刺す。
身体が自然と震えだす。
…それでも…それでも私は…!
私は自身の頭に手をやり、そしてもう一本の髪留めを取り、握り締めた。
そして、一歩前に出た。
目の前にある、理不尽に抗うように。
「…そう。それが貴方の答えなのね。…テラス!!!」
母の叫びが、始まりの合図となった。
私は再び走る。母は巨大な魔法陣を展開する。
私は感じていた。これがお互い、最後の一撃になると。
きっと母もそう感じたのだろう。
だが止まらない。止まるわけにはいかない!
私は高く飛び上がる。そして、空中で髪留めを巨大な鎌に変形させ、そのまま、母に向かって急降下して行く。
そして、私は魔法を唱える。
「付与魔法・大罪魔法・強欲!!!!!」
それに呼応するように、母も私に向かって魔法を唱える。
「究極使血魔法・ブラッドノヴァ!!」
極太の一本の紅き光線が、急降下中の私に向かって放たれる。
それは、まさに全てを破壊する最大級の破壊魔法であった。
迫りくる死の光線。それに立ち向かうは、一人の少女と、大罪纏いし死の巨鎌。
私は、持ちうる全ての力を込め、迫りくる光線に向けてその一撃を放つ!!
「巨鎌強撃!!」
罪の鎌と死の光線がぶつかり合う!
「はぁぁぁぁぁ!!!!!!」
私は、少しずつ光線に身を破壊される感覚を感じながらも光線を切り裂き、進む。
一心不乱に、ただ母だけを目指して。
切り裂いて切り裂いて、遂にその時が来た。
視界は晴れ、目の前には玉座から立った母の姿が。
「あり得ない!!」
そう叫ぶ母に
「これで終わりだぁぁぁぁぁ!!!!!」
と私はそう叫び、鎌を母の顔目掛けて振り下ろした!!!
そして、鎌は母の顔をかすめ、玉座に突き刺さった。
そしてゼロ距離で向かい合う母に、私はこう言ってやった。
「私の、勝ちです。」
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