第二十八話 王女と少女と

 私は名も知らぬ社会の先生に感謝を伝えながら、早速提案していく。




 それは簡単な話で、いくつかの建物群と建物群との間に、広めの道を作るというだけだ。


 しかしこの効果は絶大だろう。


 今までは、すべての建物はメイン通りの広い道を除き、殆どが密集して建っていた。


 その為、一軒で火事が発生したら、一瞬でそこら一帯に火が移り、大火事になる。


 しかし、建物に一定の区切りをつける事で、燃え広がる範囲を狭める事が出来るだろう。


「…と言う訳です。どうでしょう。」


と、私がセリーヌさんに説明すると、セリーヌさんはそのウサ耳をピンと伸ばし、


「なるほど!これなら、大火事になる事はかなり減るでしょうね。流石はテラス様。」


と、めっちゃ褒めてくれた。


 昔から、セリーヌさんからは近所のお姉さん感を感じていたので、こんなに褒められると何だか照れくさい気分になる。






 しかしまだ、私のバトルフェイズは終了していないぜっ!!






 …すいません。言いたくなりました。


 まあ、それはさておき。


 もう一つ思いついた事をセリーヌさんに話す。


 それは、前世日本で言う消防士。


 今世風に直して命名すると、消火兵かな。


 街に一定の感覚で、消火兵の駐留施設を設置し、街で火事が発生したら現場に駆けつけ、消火活動や救助活動を行う。


 そんな、専門の部隊を編成して見てはどうだろうか、といった感じで。


 するとセリーヌさんはポンッと手を叩き、


「なるほど!以前テラス様が作った、コウバンの様なものですね。良いと思います。」


と、納得し、肯定する。




 実は昔、お父様に提案して、前世の交番を再現した施設を街に配置してもらった事があるんです。


 交番って、街の治安の向上に非常に効果的なんですよ?


 実際、交番を設置した結果城下町の治安は良くなり、犯罪数も激減したんです。


 あの時はすっごく褒められて、前世の技術を横領した事の罪悪感に少し苦しんだっけ。












 その後私達の話し合いに、エクラとカリンさんも参加した。


 そして、数時間かけて街の復旧設計図を完成させた。


 一定量の建物群同士の間に広めな道を多く挟む設計な為、建設出来る建物の量は以前よりも減ってしまったが、それでも大火事を未然に防げるなら良いと判断した。


 消防署も、城下町の各地に設置予定地を決めたので、ひとまず私達の仕事は完了……してないんだなぁ…これが。


 まあ、本当ならこれをお父様かお母様に見せて許可を貰わなきゃ駄目なんだけれど、今は私に全権限が与えられているから、私が許可を出したらそれで良いから少しだけ楽だ。


 …少し、だけ。








 さて次は、この目の前に大量に積まれている書類に目を通していく作業だ。


 …何だこの量は!A四サイズぐらいの紙が五十cmぐらい積まれている。これ今から全部見て、許可出したり、駄目って言ったり、話し合ったりしないといけないの…?


 改めて、お父様とお母様の大変さと偉大さに気付かされるな…。


 まあ、立ち尽くしていても無くならない。


 始めるとしますか…。








〜数時間後〜








 だあああ!!!終わらん!


 あれからもちょくちょく書類が追加されていって、結局全然減ってない!


 しかも、適当に読み飛ばせない、かなり大事な内容のものが殆どで、精神がすり減る。


 テントの入り口から射し込む明かりが減ったという事は、今は夜なのだろうか。


 ちなみに、私以外の他三人はこの数時間、何をしていたかというと、エクラ以外私と同じ作業だ。


 本当なら全て私が目を通さないといけないのだけれど、そんな事をしていたらいつまで経っても書類は減らない。


 本当に私が目を通さないといけない書類以外は全部、私の目を通さないで処理していく。


 そんな中エクラは、新しく上がってきた書類を受け取り、種類ごとに分け、それが終わると私達の仕事を見て学ぶという仕事を任命していた。




 一生懸命学ぶその姿に、私達は癒やされながら仕事を頑張った。






〜更に数時間〜






 終わらん!!


 まあ確かに、最初よりかは減ったよ!


 五cmぐらいはね!


 ぬわぁぁぁぁ………と私がとけていると、


「姫様。今日はこれぐらいで辞めにしておきましょう。今日全てを終わらせる必要はありません。ゆっくりと終わらせていきましょうね。」


と、セリーヌさん。


 ああ、ようやく開放されるのか…私…。


「エクラちゃん…。きょ、今日のお仕事は、ど、どうだったかにゃぁ…?ハァハァ…。」


と、カリンさんと、少し引いてるエクラ。


 この後セリーヌさんに聞いたが、彼女はどうやらいわゆる発情期とやらが来ているらしい。


 獣人の宿命だから仕方がないと言っていた。














 そうして、私の書類処理生活は始まった。


 朝起きて、朝食を食べ、すぐ出かける。


 民の歓声に答えながらテントに入り、昼食、そして夜食の時間以外はずっと書類処理。


 数日が立つ頃にはエクラも慣れ、書類処理作業に参加するようになった。


 エクラはそんな事無いと言うが、正直この短期間で王族の生活に付いていけるようになり、勉強も追い付き、所作も綺麗になりなど、正直エクラは天才だと思う。


 彼女の努力量も凄まじいのだが、元々才能があった様に感じるのは私だけだろうか。




 そして二十二時まで書類を処理し、その後は城に帰って寝る。




 そんな生活にも慣れ始めていたある日の事だった。






(今日も残業お疲れ〜私…。)


 そう呟き、フラフラしながらエクラと共に部屋に帰ってきた。


「お風呂、入って来ますね。」


 そう言って、部屋のお風呂に向かうエクラ。


 いいな…。私、夜は入浴禁止だからな…。


 夕食後、王族専用浴場でソフィによる私の洗浄が強制だから、夜に一人のんびり入浴がうらやましい。






 そんな事を考えながら、ベッドに大の字でうつ伏せになっていると、コンコンっと部屋の扉がノックされる。


 こんな遅い時間に訪ねてくる+ここが王女の寝室と言う事を考えると、思い当たる訪問客は二人。


 一人はソフィ。たまに、何か伝言や文を預かって来る時がある。


 そしてもう一人は…


「こんばんは、テラス。私だけど、起きているかしら?」


 そう、お母様だ。










 私はベッドから飛び起き、お母様を部屋に招き入れる。


 取り敢えず紅茶を準備し


「ああ、大丈夫よ。長居する気は無いわ。」


 …止められてしまった。


 仕方なく、何も用意せず対面してソファに座った私とお母様。それにしても、こんな時間にどうしたのだろう。


「どうして、って顔をしているわね。大丈夫よ。何か緊急の用事だとか、そういった事の為に来た訳ではないわ。単に、仕事を頑張る娘を労いに来ただけよ。」


 良かった。何か私、やらかしたのかと思った。結構、思い当たる節があるから。


「貴方の働きぶりは、既に報告に上がってきているわ。よく頑張っているわね。特に、街の復旧計画図。あれは良かったわ〜。あの設計は、今回の火事で焼けなかった場所にも是非導入したいわね。」


「あ、ありがとうございます。」


 その後も、私の働きぶりについてしばらく褒め続けてくれた。






 そして、お母様が私を褒め続けてしばらく経つと、今度はエクラの話になる。


「あ、そうそう。エクラちゃんの働きぶりについても、報告が上がってきているわよ。あの子も、素晴らしい働きをしてくれているわね。これなら、正式に貴方の秘書として任命してもいいかもしれないわ。」


「秘書、ですか…。」


 うーん、秘書、かぁ…。


 エクラとは絶対に結ばれたいと考えている以上、それじゃあ駄目だ。




 てか、お母様に私達の関係について打ち明け、そして認めてもらうチャンスは今なのでは…?




 今言うか?言っちゃうか?…いや、まだ早いか?


 なんて、考えていたのが顔に出ていたのか、お母様はそんな私を見て静かに笑った。


「フフ。その反応を見るに、やっぱり秘書と主人という関係は嫌なのね。」


 うわー。やっぱりお母様にはバレてるかー。




 …なんてね。計画通り。


 うわ、恥ず!でも、一度言ってみたかったの。


 お母様が私達の事に気が付いている事なんて、ずっと前から知っている。


 そして、それを一切止める気配が無い事から、マイナスの意識を持っていないと予測していた。


 ヨシっ!後はしっかりと言葉にするだけ!








「その、お母様。」


 私はたいそう言いにくそうな演技をする。


「なあに?」


 それに対し、お母様は余裕の笑みだ。


「…私は、その、エクラの事が…!」


「あら、それは知っているわよ。…で、どうしたいのかしら?」


 これは…!子供の背中を優しく押す母の問いかけだ!勝った!


 私は勝利を確信しながら、ソファから勢い良く立ち上がり、お母様に全身全霊をぶつける様に、この気持ちを伝える!!


「私とエクラが、恋仲になる事を認めてください!!!」












「駄目よ。」












 …ん?気のせいかな?


 ああ、きっと疲れていて幻聴でも聞こえたのだろう。そうに違いない。


 だって、あんなに止めなかったんだもん…。


 今更私を止めるはずが…。




 計画は崩れ、背中を押された先が崖だった私は、あまりの絶望に血の気は引き、視界もどんどんと狭まっていく。


 きっと、顔面も手足も真っ白だろう。


 先程、ソファから勢い良く立ち上がった私は現在、その姿勢のまま硬直している。








 そんな、凍った世界に飛び込む一筋の光が現れた。


「お待ちください!王妃様!」


 エクラである。


 エクラは脱衣所から飛び出すと、お母様に近付いて、そしてかしずいた。


 それはまさしく、王家と平民の差を体現していて。


 でも、エクラはそんな身分差を跳ね除けるかのように、お母様に訴えかける。


「確かに私は平民、しかも身元すら不明です!そんな私と、王女様であるテラス様が不釣り合いなのは承知です!そんな私が、テラス様のお側に居させて頂けている、それだけでも奇跡な事も承知です!」


 エクラは息を切らしながら、震えながら、それでも必死に言葉を繋ぐ。


 ああ、推しにこんな事をさせて、なんて不甲斐ないのだろうか。


「ですが、こんな私に、テラス様は対等を求めてくださった!だから、私もそれに応えたい!王妃様に認めてもらえる為なら、私は何でも致します!努力も、決して怠りません!だからどうか、どうか……!」


 そこで、エクラは涙を流して喋れなくなってしまった。


 ごめんね、エクラ。私が不甲斐ないばかりにこんな目に合わせてしまって…。


 推しを泣かせるなんて、人間失格だ。






 かしずいたエクラに、そっと近付くお母様。


 そして、エクラに向けて右手を伸ばした為咄嗟に守ろうとしたが、その心配は杞憂に終わった。


 お母様は、優しくエクラの頭を撫でた。


 そして、優しくエクラに語りかける


「エクラちゃん。貴方の気持ち、しっかりと伝わったわ。私は、エクラちゃんの努力をこの数年間ずっと見てきました。そして、その努力が全て私の娘の為である事もしっかり分かっていました。エクラちゃん、貴方は二つ誤解をしているわ。私はね、既に貴方の頑張りは認めているのよ。そして、貴方達の身分の差なんて一切気にしていないのよ。」


 驚きで顔を上げたエクラは、


「え…?では、何故…?」


と、お母様に問う。


 まさしく同意見だった。


 既に、お母様はエクラの事を認めていた。それに、身分差も気にしていないと言った。






 ならば一体、何が『駄目』なのか。






 お母様はエクラからの問に答えた。


「それはね、テラスがエクラちゃんを愛していないからよ。…テラスはいつも、エクラちゃん越しに別の誰かを見ている、そういつも感じるの。」




 その答えは、まさしく核心を突くもので、私は、ぐうの音も出す事が出来なかった。
















 その後、非常に重たい空気になった部屋から、お母様は去っていった。


 最後に、


「エクラちゃんの気持ちは伝わったから、今度はテラス、貴方が気持ちを伝えに来なさい。」


と言い残して。








 私が、エクラ越しに、別人物を見ている…?


 それはきっと、エクラを前世の推しとして見ている事を言っているのだろう。


 お母様…。一体、どこまで鋭いのか…。






 静かな部屋。


 見るとエクラは、確実にショックを受けており、その口から響くのは、余りにも弱々しい声であった。


「テラス様……。今日は…、お先に眠りにつきますね……。おやすみなさい……。」


 そう言うとエクラは、ベッドに倒れるように横になった。




 そんなエクラに、おやすみと私も弱々しい声で返し、私はソファに横になった…。














 目を覚ますと、そこはいつものブラウン管テレビが並んでいた。


 そして、その上には黒い天使が座っていた。


 ああ、久しぶりの夢の世界だな…。






 私はその場で大の字になって寝転んだ。


 どこまでも続く闇の世界、その空を眺める。


 星などの輝きは無く、有るのは虚しさだけだ。


 でも、今の私には心地が良かった。


 そんな私を、黒い天使は黙って見つめる。


 でもどうでもいいや…。








 私は、エクラが好きだ。


 でもその気持ちは、前世のもの。


 今世の私テラスは、果たしてこの世界のエクラを愛しているのだろうか。


 もし今、私の前世の記憶が全て消え去ったら、その時もエクラを愛し続ける事が出来るのだろうか。








『おい、お前。』


 ボーッと空を眺める私に、黒い天使が話しかけてくる。


『何度だって言うが、私はお前だ。だから、お前が知っている事は全て知っているし、お前の知らない事は全て知らない。だが、私とお前で違う点は、私はお前を客観的に見ているという点だ。』


 …それが、どうしたというのか。


「…うるさい。」


『うるさいとは何だ。…まあ聞け。私はお前を客観的に見て分かったが、どうやらお前は分かっていないようだから教えてやるよ。…お前、既に今世のエクラの事を好きになっているぞ。』


 …は?一体どういう…


『どういう事って、そのままだよ。お前、本当にまだ前世の推しのエクラと、今世のエクラが同じだと思っているのか?馬鹿か?』






 …はは、そうか…。…そうだよ!何故今まで気が付かなかったの!?


 前世のエクラは、ただ画面の向こうからずっと同じ事だけしか喋らず、同じリアクションしか取らず、自我など無かった。


 でも今世のエクラは違う!全然違う!


 毎朝違うおはようをくれて、毎朝違う朝食とリアクションを取り、一緒に仕事を頑張って、一緒に帰ってきて、そして一緒に眠る。




 そこには前世とは違い、温もりがある。




 確かに前世の私は、推しの為に生きた。勿論推しには感謝しているし、愛も感じる。


 だが、今の私はテラス・テオフィルス・シュトラールだ。


 そして今世のエクラも、推しによく似た外見の少女エクラではなく、一人の少女なのだ。




 前世なんて関係ない。


 私は、テラスは、エクラを推しでは無く一人の少女として愛している!




『よーやく気付いたのかよ。バーカ。』


 そう言いつつも、嬉しそうに微笑む黒い天使なのであった。(顔は見えないけど。)










「ありがとう、グリモワール。また、貴方には助けられてしまったね。」


『感謝はいい。それより、起きたらさっさと伝えてやれよ?』


「勿論。」


 そう言って笑う私。


 ああ、早くエクラに会いたいな。そして謝って、その後ちゃんと気持ちを伝えなきゃ。


『まあ、それはお前が起きてからな。それより、暇だからなんか雑談でもしようぜ。』






 その後、グリモワールとはエクラについて語り合った。流石は私の写し鏡。エクラへの愛も完璧だ。


 今は、エクラと出会ったときの話をしていたのだが、不意にグリモワールが黙った。


 一体、どうしたというのか。


『いや、な。今お前の記憶を辿っていたんだが、妙な事に気が付いてしまってな。』


「え、急に怖い話?」


『まあ、確かに怖い話ではあるな。』


 うわ、マジか。


 あんまり、怖い話とか得意じゃなかったんだよね。実は視界に幽霊が写ってましたとかやめてよ…?


『いや、そんなんじゃねえ。真面目な話だ。…なあ、妙だとは思わなかったのか?あの、人族がお前らを襲ったあの事件。あれだよ、お前が龍の力に目覚めたあれ。』


 ああ、あの。


 しかし、グリモワールが真面目な話って。


『うるせぇ。…じゃなくてだな、あの事件、人族の貴族がお前に欲情して暴走したって事になってるけどさぁ、おかしくないか?何故、その貴族は最初から自国の国宝である精霊遺物、その中でも魔族を行動不能にする魔封じの鈴なんて持って、あの世界会議に来ていたんだ?』


 …確かに。


 そんなの、まるで最初から魔族を襲うつもりだったかのようだ…。


『お前に欲情っていうのも、実は仕組まれた事だったんじゃ無いのか?最初から、お前に欲情する事が分かっていて魔封じの鈴を持って来させた、そんな感じか?だが、お前は世界会議に飛び入りで参加するとなったんだったよな。だから、他国にお前の参加の情報がそうすぐに広まるとは考えられないんだよ。つまりな…』












『お前の近くに、裏切り者が潜んでいるぞ。』

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