EX.2 王と王妃の二日間物語

 これは、テラスとエクラのシュトラール城への帰還を見送った夫婦のその後の物語。








「…行って、しまったな。我の、テラスだけを先に城へと返すという判断は間違っていただろうか。ロアよ。」


「…そうね。この国の王族としては正しい判断なのでしょう。ですが親としては、失格なのでしょうね。」


「そうだな…。」


 夫婦は、離れていく馬車を見送りながら、そんな会話を寂しそうにする。


 なお、その横に居るヴェルデは完全に空気だ。








 馬車が見えなくなると、大使館へと戻った父スルンツェ王は、一刻も早く城へ帰るために、すぐに仕事を始めた。


 母ローアル妃は、夜に備えて睡眠を取っている。


 仕事とは、人族の貴族と、ドワーフ族が起こした騒動を収める事だ。






〜スルンツェ王のターン〜




(まずは、今回の事件についての書類に目を通すか…。全く、どうして精霊国ムートはいつも問題を起こすのだろうか…。)




 誇り高き龍族の我であるが、正直あまり考える事が得意ではない!


(注意:お父様は、天才的な頭脳を持つローアル妃と自分を比べて、この評価を下しているんです。つまり、普通に頭良いです。byテラス)




 だが、我が妻ロアと仕事を交代した時、我が何もしていなかったら、ロアが凄く怒って恐いのだ。


 だから、我はロアが仕事をしやすい様に少しでも、今回の事件についてまとめねば。






 我は、大使館の執務室へと戻り、机に山積みの書類にため息を漏らす。


「王よ。私も手伝います。」


 ヴェルデか。休めと言うたのに。


「そうか。では、手伝って貰おうか。」


「はい。」






 今回の事件。やはりきっかけは精霊国ムートから来た貴族だったようだ。


 カプリス共和国は閉鎖的なドワーフの国だ。


 我が国との関係は良好で、頻繁では無いが、交易を行っている。


 特に、彼らのみが扱える特別な鍛冶技術で作られた武具は素晴らしく、我が国では、一級品は国宝とする程である。




 そんな国から、今回の世界会議の為にやってきたカプリスの代表者に対し、ムートの貴族が暴言を吐いたようだ。


「ええと?『貴殿の国の女どもは皆確か、縦に短く横に長い、だったかな?何とまあ、可愛らしい事か。まるで児戯用の人形であるな!』だと…。はあ。どこの誰だか知らんが、何とも馬鹿げた発言をしてくれたものだ。」




 その発言に対し怒りを顕にしたカプリスの代表者は、そのムートの貴族に対して、


「『貴様、どんなつもりで、んな事を口にしているんだ?…死にてぇのか?』と発言し、その後も口論が続いた…か。本当に、何のつもり何だろうな。なあ、ヴェルデ。」


 我は、理解が出来ないといった仕草をしながら、ヴェルデに問い掛けた。


「さあ…。酒に飲まれた勢いであったとしか思えませんな。」




 その貴族がムートの代表者であったなら、宣戦布告として取ることもできた。しかしその貴族は、舞踏会のみにしか参加していない。




 それに、自国が他国と戦争になれば、自分にだって何かしら被害が出てくるであろう。


 仮にも貴族だ、そんな事もわからない馬鹿ではないでは無いであろう。




 本当に、ヴェルデの言ったことが正解だとしか思えんな。


 それとも、何かしら別の目的が…?






 その時、コンコンっと執務室の扉が叩かれる。


 入室の許可を出すと、一人の近衛兵が、手紙を持って入室してきた。


 それは、精霊国ムートが、今回の事件との関連性を否定する内容であった。




 そして、その手紙の最後には、精霊様に誓って、と書かれてあった。


 これは、ムートにとって絶対の言葉であり、この言葉が書かれてあるこの手紙はある程度は信用に値する。




 やはり、酒に飲まれた馬鹿な人族がやらかしただけのようだ。








 だが、何故であるか。


 我の感が、そうでは無いと叫んでいるのだ。








 なので、気を抜かずに、我が側近の暗部が集めて来た情報に目を通し始める。




 暗部とは、普段は使用人や兵士に紛れ、情報を集め、今回の様に何か事件が発生すれば、詳しい情報を独自の技術で集める特殊部隊である。




(やはり多いな…。)




 一つ一つの情報に目を通していく。必要なものは右に、そうでないものは左に。






 む?これは…?


「この貴族の男、名をセルドと言うらしいが、何でも幼女のみしか愛せぬ男らしいぞ。」


 気味が悪いな、と我はヴェルデに笑いかけた。


 しかし、ヴェルデは笑わず、何かを考え込んでしまった。


「セルド…?何処かで聞いた名前ですな…。」






 その後もそのセルドという男について様々な気味の悪い情報があがってくる。


 様々な奴隷制が廃止されていない国から、幼女のみを集めている、だとか。


 その幼女達を監禁し、玩具のように扱って、成長すれば、再び奴隷として売り捌くという商売をしている、だとか。




 欲しいものがあれば、どんな手段を用いてもそれを手に入れようとする癖がある、だとか。




 確か、ムートは奴隷制が廃止されていなかったな。やはり、気味の悪い事を廃止しない国の貴族など、その程度と言う訳か。






 我は、セルドのこの所業を裁けない。何故なら、我の国に危害を加えた訳ではなく、世界の平和を脅かした訳でもないからだ。










 さて、今度はカプリスの代表者のほうであるか。


 カプリスは、共和制の国であるから、国王ではなく国民が決めた代表者が統治をしている。




 そんな代表者だが、情報を見ても、特に悪い噂はない。


 そして暗部も、何か悪事を働いている様子も確認できなかったようだ。




 やはり被害者であるな。










 なら今度は事件が起きた状況について見るか。


 事件は、あの獣王国デゼルトのサプライズ中に起きたのか。


 皆があの花火とやらに目を惹かれていたときに、セルドがカプリスの代表者に接近し、初めは友好的に話していたようだ。


 しかし、花火が終了する直前に、突如態度を変え、事件を引き起こし、その後逃げる様に会場を去ったようだ。




「ふむ…。この男、本当に何がしたかったのだ。意味が分からん。」


「ええ、全く、その通りですな。」




 我はそんな事をぼやきながら、その時の状況についてまとめていく。




 考える事は、ロアに任せよう。我は、ロアの補佐をするのだ。


 決して、段々と面倒くさくなってきたからロアに丸投げする訳ではないぞ。






 そして、ヴェルデの協力もあって、早く情報の整理が完了した。


 これならば、ロアに怒られることもないであろう。


 そう安心した我は急に眠気を感じ、ヴェルデに仕事の引き継ぎを任せ、寝室へと向かうのであった。










〜ローアル妃のターン〜




「ふぁぁ…。良く寝たわぁ…。」


 と言いつつ、そんなに寝ていないの。


 最近は何かと忙しくて、あまり寝れていないのよね、私。


「さて…。仕事をしなくちゃねぇ…。でもやっぱり眠たいわねぇ…。眠っちゃおうかしら。…駄目よ、私。可愛い娘の為にも、頑張らないと。」


 そう言って、両頬を叩き気合を入れた私は、使用人を呼び、身支度を済まして、執務室へと向かった。






 そこには、ヴェルデだけが居た。


「こんばんは、ヴェルデ。あのひとは何処?」


「ローアル様。おはようございます。スルンツェ様は、お眠りになりましたよ。…あ、しっかりと仕事はなされてあるので、ご心配なく。」


「そう。それなら良いのだけれど。じゃあ、此処からは私が引き継ぐから、貴方は休みなさい。」


 そう言うと、ヴェルデは私に挨拶してから部屋を去った。






 じゃあ早速、あのひとの仕事振りを見せてもらおうかしら。










「なるほど、このセルドという男、かなり気持ち悪いわね。対してカプリスの代表者は、特に何もなし、か。…セルドがただの酒に飲まれただけの馬鹿にしか見えないわね。でも、あのひとが、『我の感が、それだけでは無いと言っている!』とここに書いていると言う事は、何かありそうね。」




 あのひとの感は信頼できるもの。




 にしても、最初は友好的であったセルドが、花火の終盤になって突然態度を変えたのかしら。


 それに、酒に飲まれただけの馬鹿であったなら、最初は友好的なんて行動が取れるかしら?




 まるでこの事件が、何か別の目的の為の地盤作りであったかのような…。










 その後も私は書類を読み、そして考えた。


 が、結局一晩立ってもこの事件の目的がわかることは無かった。










 そして次の日、私は眠たい目を擦りながら、起床してきた夫と話し合っていた。


 しかし、結局何も進展はなかった。


 というより、私達は、セルドがただの馬鹿であったという結論を既に出していた。






 ただ、一つ気がかりな情報が浮かび上がる。


「そういえばな、ロア。そのセルドという男は、舞踏会の中盤まで、貴族にしてはあまりにも品が無いお供を連れていたようだぞ。」


「…そんな情報、アナタの纏めた資料の中には無かったのだけれど?」


「なっ!?わ、我は特に重要では無いだろうと判断したのだ!」


「どう考えても重要じゃない!」


「ぬわああ!す、すまん!ロア!」








 夫を結構叱ったあと、私は考える。




 貴族は、自分の名声が大切。そんな、自身の格を下げる様な、品の無い男は普通、側に置くはずがない。


 私は、部屋に待機しているメイドに指示を出す。


「その、セルドが側においていた男について情報を集めなさい。」


「御意。」


 そう返事したメイドは、すぐ様姿を消した。




 そう、暗部の一人である。




 因みに、今私の娘テラスと共に居る使用人や護衛兵にも、何人か暗部が混ざっている。








 さて、もうそろそろ眠気が限界の私は、さらなる情報のまとめを夫に任せて、寝室へと向かうのであった。










〜スルンツェ王のターン〜




 結局、ロアに怒られてしまった…。


 まあ良い。それより、また怒られないように情報の整理をしなくては。




 情報の整理中に、ふと気になった事があった。それは、我が寝ている間にロアが書き残したメモに書かれてあった。


(別の目的の為の地盤作り…?ふむ。)


 我も命令を暗部に下す。


「精霊国ムート、それにカプリス共和国で最近何か事件でも起きていないかでも調べておいてくれ。」


「御意。」








 数時間後、ロアが命令した情報収集を、暗部が無事に終えて帰ってきた。




 そしてその情報を見て驚愕した。


「そこのメイド!今すぐにロアを起こしてきてくれ!そして、至急執務室へと来るように伝えてくれ!」


「は、はい!」


 そう返事し、廊下を走っていくメイド。


 もちろん、彼女も暗部である。








 その後すぐに駆け付けたロアは、勢い良く執務室へと入ってくる。


 急に起こされて、機嫌が悪そうだ。


 だが、こんな情報を前にして、そんな事を気にしている余裕は無かった












〜二人のターン〜




 私は、すやすやと眠っていた。さしぶりのしっかりとした睡眠。嬉しい。






 しかし、私の幸せ睡眠は、突然部屋に押し入ってきたメイドによって奪われる。


「申し訳ありません!ローアル様!しかし、国王様からローアル様に、至急執務室へと来るように伝えよとの命を受けまして。」


「…何かあったのね。分かったわ。貴方の全てを許しましょう。そして、すぐに駆け付けるとあのひとに伝えなさい。」


「御意。」




 はあ…。せっかく心地良く眠っていたのに。




 私は、使用人達を呼び、急いで身支度を済ます。


 化粧はせず、服だけ着替えて、急いで執務室へと向かった。












「来たか、ロア。早速だが、これを見てくれ。」


 我はロアにそう言って報告書を突き出す。




 私は挨拶すら無かったことで、より緊急である事を感じ、夫から突き出された書物を読む。




「これは…。」


 その書類には、私が命令し集めさせた、セルドのお供についての情報が書かれてあった。




 その男の名はストム。とある犯罪者ギルドのリーダーで、集団を率いての強盗や、拉致を得意としている。






(そんな男が何故…?いや、セルドの情報には、どんな手段を用いても欲しいものを手に入れようとする癖が書かれてあった。…であれば、何かしらの接点を持っていても、不思議では無い…のかしら。)




「そして、ロアが来るまでの間に、我が命じて集めさせた情報も届いた。これにも目を通してほしい。」


 私は、その新たな集められた情報の名を見て、感心した。


「アナタ、やるじゃない!」


「そ、そうか…!」


 我、褒められた!これで、朝の事を帳消しに出来たな!


 …などと腑抜けた事を言っている場合ではない。




 その書類には、こう書かれてあった。


 


 カプリス共和国では、特に何か大きな出来事は起きていなかった。


 しかし精霊国ムートでは、とある出来事が起きていた。


 魔封じの鈴。それが何者かに貸し出されたと。


 




(…魔封じの鈴!?そんな危険で貴重な精霊遺物、誰にでも貸し出すはずが無い!それこそ、舞踏会に出席できるほどの大貴族でも無い限り。)




「…点と点がどんどんと繋がっていっているわ。」


 時刻はだいたい十七時ぐらいだろうか。




「ねえ、アナタ。私、書き残したメモに、何か別の目的の為の地盤作りって書いていたわよねぇ。」


「…ああ。」


「舞踏会で犯罪者ギルドのリーダーと出席し、ターゲットを覚えさせる。そして、一見馬鹿にしか見えない国際問題に発展する可能性のある事件を起こし、私達は城へ帰れなくなるが、開国祭直前である為、飾りだけでも王族が必要。だから、私達はテラス一人を送り出す。それを、強盗と拉致が得意なストムが、私の様な魔族を無力化する魔封じの鈴を持って追い掛ける。」


「…まさか!」






「…ええ。どうやら私達は、親としてだけでなくこの国の王族としても失格だったようね。」






 我は怒りに震えながら、執務室から出る。


 そして、叫ぶ。


「全兵士に告げる!今すぐに、出撃の準備をせよ!非常事態である!今すぐに、だ!!!」


 その叫びは大使館中へと広まり、動揺が走ったが、皆即座に行動を始める。




 使用人は兵士の食料を急いで準備していく。


 兵士は、即座に武器と鎧を装備し、大使館前へと整列していく。


 この動きが即座に取れるのは、日頃の訓練の賜物であろう。


 僅か30分で、出撃の用意は終了した。




 我は兵士達の前に出る。


「聞け!我が兵士たちよ!我が娘が今、人族によって危機に晒されている!既に攫われた可能性すら存在する!だがそんな事、この我が断じて許さない!我が娘に手を出した者どもに、地獄を見せてやろうぞ!!!」


 うおおおおおおお!!!!!!


「姫様に手を出した愚か者には死を!」


「姫様の為に!」


「姫様可愛い!愛してる!」


「姫様の敵は皆殺しだ!」


 と、大歓声が、夜中のこの街、ガラッシアに響き渡る。そして、我とロアを筆頭に、行軍が始まった。












 その行軍は疾風の如く。


 恐ろしい速さでシュトラール城へ向けて軍は進む。馬車で一日かかる距離を僅か四時間で踏破する。






 そして、その勢いのまま進んでどれほどたった時であっただろうか。


 前方から、我が国の兵士数名が馬で駆けて来ているのを発見し、我は行軍を一旦止めた。






「貴様ら!テラスはどうした!」


「国王陛下!姫様から文を預かっております。」


「何だと!」






 我は文を兵士から受け取ると、ロアとともにその文を読んだ。


 そしてその内容のあまりの濃さに、我々は消化にしばらくの時間をかけた。




「…ええと、取り敢えず、テラスは無事な様だな。」


「…そうね、アナタ。」






 しばらくの沈黙。






「…テラスは、そのままシュトラール城へと向かう事に決めたようだな。」


「…そうね、アナタ。」






 また沈黙。








「…行軍は辞めて、一部の兵士にその襲撃地点を調べさせる命を出し、我々は撤退するか。」


「…そうね、アナタ。」






「…ロア、頼むからしっかりしてくれ!我だって今すぐにテラスの元へ駆け付けたいが、既に解決している以上、後始末をしなくてはならないであろう!」


「…ごめんなさい。あまりにも、その、文の内容が凄すぎて。…そうよね。取り敢えず今すぐにセルドをこの手で捻り潰してやらないといけないものね。ここに来る前に、既に拘束の命令を出しているわ。」


「…流石はロアであるな。」


 …流石は元魔女王であるな…。






 その後、調査部隊を編成し、出撃させた我々は撤退した。






 そして街に着いた我らの前に引きずり出されたセルドの悲惨な最期については、もはや、語る必要はないであろう。










 こうして、夫婦の壮絶な二日間の物語は、一旦幕を閉じたのであった。

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