それぞれの想い①

2044年2月9日

雪が降り、所々に数cm積もる。

吐く息は白く冬を実感させる寒さだ。


今日は異世界から飛ばされて来た春斗達の住処、通称宿り木に行く理由ができた。

春斗が退院した。

1週間前、アカリからそう聞かされた時は今直ぐにでも向かおうとしたが、まだ安静にしないといけない状態らしくもう少ししてからと待ったをかけられてしまった。

面会すら出来ない状態だと聞いたときは、背筋が凍る思いだったが割と元気になっているとのことだ。

友達に会える、それだけで足取りは軽い。


宿り木のインターホンを鳴らすとフェリスさんが出迎えてくれた。

「待ってたわ、ハルトは中にいるからどうぞ」

アカリと共に扉をくぐると、なにやら楽しそうな会話が聞こえてくる。

「もうすぐカナタくんが来るから待ってろって」「いや!今直ぐにでも会いたい!!俺から会いに行く!!」

どうやら春斗も僕に会いたかったらしい。

リビングの扉を開け、開口一番に春斗へ声をかける。

「退院おめでとう!久しぶりに会えたな」

「カナタ!来てくれたか!!」

溢れんばかりの笑顔で僕を出迎えてくれた。

もうだいぶ快復ようで、入院していたとは思えないほどに元気が溢れている。

「心配したんだぞ、大怪我を負ったって聞いて」

「いやー思ったより強くてな」

豪快に笑い飛ばすが、入院するほどの大怪我を負っても治ったら笑い話にするのは異世界特有の文化なのだろうか。

皆をみても笑っているし、死と隣り合わせの世界ではこれが普通なのだろう。

「てことは僕の護衛に復帰するってことか?」

「いや、それがな……アカリの方が適任だってことで俺は外された。」

寂しそうにレイさんの方へ振り向く春斗だが、追加の説明をしてくれた。

「アカリはよくやってくれているわ、それに戦闘能力という点をみてもハルトよりアカリの方が護衛に向いているのよ」

アカリが勝ち誇った顔を春斗に向け、ピースサインをしたせいで悔しがり悲しそうに俯く。

命がかかっている以上、春斗より強い者が護衛に就くことは必然と言える。

春斗も決して弱くはないが、四天王を討伐しているアカリの方が数段上だ。

「今後も私がカナタを守る、ハルトは寝てていいよ」

煽るアカリ。

そこまで言わなくてもいいのに。

とにかくこれでいつもの日常が戻ってきそうだ。



アレン・トーマスは生まれた時から魔法の才に恵まれていた。

10歳で既に冒険者として名を馳せ、16歳の時には誰も彼の名前を知らない者が居ないほどに。

しかし常に彼は独りだった。

ソロでのダンジョン攻略、護衛任務、魔族討伐の旅、いつどこであっても1人だった。

もちろん彼も何度かパーティに誘われ複数人で動いていたこともある。

しかし、彼は突出した強さのせいで魔族討伐では仲間とうまく連携が取れず、護衛任務では戦力差がありすぎて気を遣う動きしかできず、結局ソロでしかまともに活動はできなかった。

いつしか、ソロで1度も敗北を経験したことがない、魔物を狩るときは肉片1つ残さない彼を周囲は殲滅王と呼ぶようになった。


そんな時、1つのパーティが彼に声を掛ける。

レイ・ストークスを筆頭に4人で構成されたパーティだ。

レイはアレンの圧倒的強さに惚れ込み自分のパーティへと誘ったが、アレンも今までソロで活動することが殆どだった為首を縦に振らなかった。

それでもレイは何度も手を差し伸べる。

ほとんど毎日のようにアレンの所へ押しかけては、パーティへ誘う。

そんな日々が半年も続き、ついにアレンが折れた。

1度だけなら……とパーティへ一時的に加入し魔物討伐任務を請け負う。

1度だけのつもりが案外気楽でいられる空気で、なによりレイや他のメンバーもかなり腕が立つようだ。

いつの間にか、パーティーと行動することが当たり前になってきてアレンが思いの外接しやすい存在だと認知されだすと、パーティー加入希望者が出てきた。

人数も15人を超えるかと思われる頃レイからある提案がされる。

「アレンさん、私達で旅団を作りませんか?」

旅団。

それは魔族の討伐を主とする精鋭集団を指す。

「是非アレンさんに団長を努めて欲しいんです。」

旅団を作ることに異論はないが、団長となると話は別だ。

「ボクには人を率いる才能はないよ」

丁重に断るがレイはそれでも食い下がる。

「貴方は自覚がないだけで、統率力はかなり高いんです。実際貴方が入ってくれたお陰で重傷を負うメンバーはほとんど居なくなりました。」

実績がモノを言う世界では、強い魔族と戦った事がある、しかし勝てなかった。では誰にも認めて貰えない。

アレンは実際に強敵と言われる魔族を何体も屠っている実績がある。

パーティメンバーはそれを間近で見てきた為、アレンへの信頼は厚い。

「貴方が団長となり、私が副団長として貴方を支えましょう。」

「でも……いや、分かった。そこまで言うなら引き受けようじゃないか。」

この時、黄金の旅団は誕生した。


宿り木の自室で雲一つない空を眺めながらふと懐かしい記憶が思い出される。

この科学の発展した魔法のない世界に来て、数年は経っている。

何時からか数えなくなりこの世界で生きる覚悟を決めかけていたその時にあのニュースを見た。

[異世界へ渡る方法]

最初は目を疑ったが、調べていくうちに城ヶ崎彼方という男が編み出した技術らしい、ということが分かった。

まずは本人とコンタクトを取らないとと思っていたが意外にもその男は身近に居た。

ハルトの学校に居るというではないか。

警戒されないように探ってくるよう伝えたその数日後には協力を取り付けてきた。

友人と言われるまで絆を深めていたハルトには感謝しかない。

それからの日々は激動でしかなかった。

魔族の襲撃やハルトの負傷。それにカナタに魔法を教えることにまでなってしまった。

うまくいけば、あと数ヶ月で元の世界に帰ることになるが少し寂しさもある。

なにせここで数年過ごした為、第二の故郷とでも言えなくはないくらいには愛着が湧いていたからだ。

「カナタくん、君もボクらと共に来てくれないかな」

想像していた以上の好青年であり、アレンは彼方を気に入っており出来ることなら共に異世界へ行きたいと考えながら、空を見上げ一人呟いた。



「ただいまー」

「おかえりー!!」

夕方になり帰路に付くと姉さんが出迎えてくれた。

久しぶりに今までの日常に戻った感じがするが、今までと違うのは僕の隣に1人の女の子がいるってことだ。

「今日少し聞きたいことがあるから、後でカナタの部屋に行く」

アカリがいつもと変わらない無表情で僕に話し掛けてくる。

「お風呂上がったらでいい?」

「それでいい」

いつもと違うのは1つだけ。何か決意したような目をしている、何を聞いて来るのか少し身構えてしまう。


晩御飯は冷蔵庫にある有り合わせで作り風呂も入った。

後はアカリを待つだけだが、なかなか来ない。

もしかして話があるって言ったことを忘れたのか?と考えていると扉を叩く音が聞こえた。

アカリが来たみたいだ。

「どうぞ」

扉に向かって声を掛ける。

彼方の声が聞こえたのか、ゆっくり扉を開けて入ってきた。

「ずっと聞きたいと思っていた事がある」

来たな、いきなり直球か。

「どうした?」

少し目を瞑り2秒ほど間を空けて口を開くアカリ。

「何故カナタは異世界とこの世界を繋ごうとしているの?」

やっぱりそれか、なんとなく想像していたが馬鹿にされそうで言いたくなかった内容だ。

「そうだな、事の始まりは8年前。」

ゆっくりと丁寧に言葉を間違えないように説明する。

「8年前、いきなり夜中眠ると悪夢を見たんだ。地球が崩れていく夢を。」

アカリは黙って僕の話を聞き、続きを促すようなことはしない。

「最初はただの悪夢だと思った、でも違ったんだ。

8年前から毎日欠かすことなく同じ夢を見る。もちろん今日も眠ると見るだろうな。」

毎日同じ夢を見る、それも悪夢を。

明らかに普通じゃない事象に、彼方は自分が可笑しくなったと思ったが、病院で診察を受けた限り何もなかった。

次第にこれは何かの啓示かもしれないと思うようになり、正夢になる可能性を少しずつ考えるようになった。

打開策はないかと勉強に一層励み、先進科学の知識を吸収し続け天才と呼ばれるまでに至ったが、何も解決策は見つからない。

しかし、1つの可能性を見つける。

違う空間、違う星への避難。

それは考えるだけで、途方もない技術、知識が必要となる。

大学1回生となる年。

遂に彼方は異次元空間へと渡る方法を理論上とはいえ見つけ、最初の論文発表に繋がる。

長い説明が終わると、アカリはタイミングを見計らったように話し出した。

「その夢……詳しく教えてもらっていい?」

地球が崩れる瞬間、大地が割れ空から降り注ぐ太陽光線。地獄絵図とはまさにこの事と言わんばかりのクオリティの夢。

事細かに伝えると神妙な顔つきになる。

「少し調べておく。まだ確実じゃないから言えないけど、もしかしたら……魔法?」

語尾に近づくに連れて声が小さくなっていった為しっかり聞き取れたか分からないが不穏な言葉が聞こえた気がする。

アカリは部屋を出ていくが、僕としては気になって仕様がない。

最後に聞こえた魔法というワード。

初めて見た夢は8年前だ、魔法なんて存在はファンタジーでしかないと思いこんでいた頃なのに魔法が絡むはずがない。

自分にそう言い聞かせて、眠りについた。

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