マッドネスシャッター

aki

第1話 不思議なカメラ

 俺は知らなかった。自分が通りかかったあの場所で殺人事件があったなんて。自分がその場所に惹かれたのは、何かの間違いだった。全てが偶然で、全ての行動を、軽率と考えるべきだった。


 今日は自分の勤め先から田舎の同業者までご挨拶に行って、その帰りだった。バスが二時間に一本しか出ておらず、車を停めてある駅まで徒歩で帰るしかなかった。

「廃墟だらけ、不気味な場所だ。」

 途中通った場所の一つは、マンションやホテルなどの廃墟が並び、まだ近くに人はいるらしいが、おおよそ人の住む場所ではなかった。俺はそういうのに疎く知らなかったのだが、実は心霊スポットなどでも有名らしい。

「治安もくそもないな。不法投棄だらけじゃないか。おや?」

 普通に通り抜けてしまう予定だったが、ごみが山積みになっているゴミ捨て場、いや、それから溢れて全く違う所に放棄されている様々なものが目に入ってしまった。中でも、新品同様の一眼レフのカメラがあり、俺の興味を突いてしまった。

「全然動くぞ。これは…ラッキーと思うべきか。」

 普通の神経なら汚いや気持ち悪いという負の感情が先に来る。俺もそういう一般的な感受性が欠如しているタイプではなかった。しかも、こういうガジェットに目が無いというわけでもない。たまたま宝石を拾ったかのような背徳感が、俺の手を動かしたんだと思う。

 試しに一枚撮ってみたが、フラッシュも健在で故障のような箇所は見当たらない。しかし、写真に関してはその限りではなかった。自分が立っている位置と、映写された場所の角度が違う。自分が瞬間移動でもしたかのように、目に見えてズレている。

「ん?まあ、良いか。貰っておこう。」

 勿論、大きな違和感があった。それなのに、俺は大したことではないと片付けて、帰ることにした。明日も仕事があり、のろのろと自分の時間を設けると響くからだ。 

 次の日の仕事終わり、俺は一人寂しく自分の家に戻り、リビングの床に腰を下ろした。ふと、昨日のカメラのことを思い出し、起動させてみることにした。過去の写真にも目を通してみることにした。前の持ち主がどんな人相だったかもわかるかもしれない。

「まあ、そりゃ捨てるか。」

 写真はどれもブレブレ。センスがない以前の問題で、どれ一つまともに映っておらず、何が撮りたいのかまで伝わってこなかった。

「まだ俺の撮った写真の方が…こんなもん映ってたか?」

 写真を最新の方まで進め、俺が撮った写真に切り替えたが、変なものが映っている。誰かの顔と手。これは心霊写真と言うやつではないか。それもやけに生々しく、くっきりと映っている。

「うわあああ!」

 俺が言ったのではない。俺も驚きのあまりカメラを落としそうになり、声の在処を考えたが、どう考えてもカメラからだった。写真の中の人影は女性で、こちらに気づいて驚いた風に見えた。何しろ、普通に動いている。俺は思考が固まり、動画も取れる代物なんだろうとも思った。しかし、自分が撮った写真でそのようなことが起こりようもないし、完全に目が合ってしまってあちらも反応を示していることからもそれはなかった。

「何だ、お前は霊なのか?」

 お互いが驚っきぱなしで事が進まないので整理することにした。こういう時、人は意外にも冷静で、声の一つくらいは出るものだ。

「多分そうです。えっと、これはどういう事なんでしょうか?」

 写真に写る霊?はきょとんとした表情で、首を傾げていた。役者だと思わされるくらいに、死ぬほど肌白い以外はピンピンとしていた。別に白装束を着ているわけでもなく、五体満足でそこに居たのだ。

「知るか、気持ち悪い。消すか。」

 これが呪いのなんたらだというのなら大変だ。早々に処分してお祓いでもしてもらうべきだと考えた。この不気味な現象に徐々に恐怖が沸き立ってくる。

「ままま、待ってくださいよ。の、呪いますよ?せめて、何があったかくらい聞いてくれても良いじゃないですか。」

 俺の言葉を聞き、こいつは動揺しだし、こちらに近づいてきた。俺の撮った画角はそのままで、その範囲でしかこいつは動けないらしい。

「じゃあ、聞こう。」

 霊になんかに疎い俺は、呪いとかの概念がどう影響するか知らないため、穏便さを重視した。それにしたって、おどろおどろしいイメージは香って来ていなかった。

「えっと、私なんで死んだ…あ、そう、事故やったわ。工事現場かなんかで、不慮の。死んでましたわ。」

 剽軽な奴だ。急にこてこての関西弁で話しだし、自分が死んだわけを話し出した。本当に霊なのか疑わしく思えてくる。でも実際、こいつがそうなのだとしたら、人類の謎に大打撃が与えられることになる。堂々と存在し、話もするのだから。俺から怖さが抜けていくのが感じる。怖いとかよりも、興味のようなものが出てきたのかもしれない。それでもだ。

「ご愁傷様です。元居た場所に帰すから、どうか成仏してくれ。」

 触らぬ神に祟りなし。未知のものには安易に踏み込むべきではないだろう。これが最期の会話になってみろ、笑えたものではない。

「でも、あの場所結構曰く付きっすよ?私、連続殺人事件を追ってて、あの場所で死んだんでしたわ。私の未練ですわ、未練。」

 あの場所。お前が居るところではないのか。残留思念なんて言葉があるのだとしたら、こいつはどこに居ることになるのか。カメラの中か現場なのか、不思議が過ぎる。

「恐ろしいことを言うな。俺は何も知らない。悪いが、他を当たってくれ。」

 俺に託すなんて言いたいのだろうが、そんなことはごめんだ。俺は探偵でもないし、サスペンスやオカルトチックな話にも首を突っ込みたくなかった。

「そんなこと言われましても。せや、あなたの撮った写真て一枚だけっすか?次の写真に見覚えあるんすか?」

 急に、この霊はおかしなことを言い出し、左の方向を指差した。どうやら次の写真に行けという事らしい。つまり、俺が撮ったものより新しい写真だ。眉間にしわを寄せ、俺は言われた通りに次の写真に移った。こいつはあの写真の中にしかいないらしく、次の写真には居なかった。写真はあの場所のどこかのマンション一室と思しきもので、ぼんやりと人影のようなものも映っていた。俺は更に眉間にしわを寄せ、再び俺の撮った写真に戻った。まだ、霊は居た。

「お前、何をした。どう転んでも俺を巻きこむ魂胆か?」

 いくら怨念だとしても、どうしてこちらが低い腰を保たなければいけないのだ。俺だって社会と言う苦しみに今も揉まれている身だ。死んだのは残念極まりないが、未練なら他で発散して欲しいものだ。

「誤解っす!私、なんもしてません。これ、カメラっすよね?ここにある写真のことなら、私も解るみたいなんす。それにしても、変じゃないっすか?さっきの写真。」

 こう言われ、もう一度俺は更新された最新の写真に戻って確認した。部屋が散らかっているが、変だという意味が解らない。この人影のことなのだろうか。それとも、俺が撮っていないっていう単純なことか。写真を変えると霊の声はぱたりと止み、カメラから聞こえることもなく、会話はあの写真を呼び起こしているときだけできるみたいだ。

「どれのことを言ってるんだ。それと、お前は誰なんだ?」

 もう普通に会話してる。こいつが死んだってことは未だ信じがたい話だが、不思議な現象に見舞われているというのは確信している。

「あの時間、誰もあそこに居なかったはずでは?私は知りませんが。そもそも時間帯も…。私っすか、「橘 玲奈」(たちばな れいな)って言うんすけど、死んだし、「霊子」でいいっす。」

 未練があるとか言っているくせに、ここまで呑気で明かるげなら、親族も悲しみに支配されることはないだろう。

「俺は「香山 敦」(かやま あつし)。一応な。いつの写真かお前は解るのか?」 

 友人に霊感がある奴がいるし、またそいつを訪ねよう。意外にこういう者が、とんでもない呪いの権化だったり、なかったり、オカルトの世界だとあるかもしれない。

「じゃあ、かやっち。そこまでは…でも少なくともあの日ではないと思う。」

 自己紹介を終えるとため口になり、フレンドリーな感じを出してきた。と思っていると、真面目な考えに走る顔になった。

「かやっちはやめろ。敬語を使えとも言わないから。まあ、変だとは思ってきたが、だからなんだって話だ。」

 目の前にいる存在以上に奇妙なことがあるとは思えない。こいつのインパクトが大きすぎて、些末な違和感しか覚えなかった。

「ええと思ったんやけど。これから何か起きる?的な?」

 また明るい表情に戻り、こう返した。こいつの未練とは如何ほどか。連続殺人事件。それを追っていたことが未練。この時点でそれに触れるのはやめた方が良いだろう。

「聞かなかったことにする。霊子、成仏できるといいな、今日は寝る。」

 出会ってしまったものは仕方ない。明日にでも居なくなってるかもしれないし、これを理由にわざわざ捨てに行くというのもバチが当たりそうだ。霊的な話は忘れない方向で、今は置いておこうと思った。

「ありが…ちょ、折角親睦を。」

 彼女が言い終わるまえにカメラの電源を落とすと、案の状残響もなく声は止んだ。

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