第9話 痛かろう下手な鍼受けアザできる

「伊丹さん、真剣に走るのはやめましょうね」

「そうですね、お遊びですから」

と娘と同じクラスの怜奈ちゃんのお父さんと私は談笑している。

幼稚園の運動会で父親の徒競走のプログラムがある。

競争の順番待ちでお父さんたちは笑顔で「頑張らない」を連発しているが虎視眈々と一位を狙っている。

ついにスタートの順番が来た。

ピストルの号砲で一斉にスタート。

あれだけ真剣に走らないでおこうと約束したのにみんな猛ダッシュする。

私はロースタートで先発のお父さん達に引き離され、最下位確定だと思った。

ところが日頃の運動不足で足がつったお父さんたちが転倒していく。

私はマラソンのように走り一位でゴールした。

棚ぼたとはこの事だ。


「痛い、たいたいたい」

「ごめん…」

「めっちゃ下手やなあ鍼刺すの」

「ほんとに申し訳ない」

妻に鍼の練習のモデル患者になってもらっているがなかなか上手く行かない。

鍼灸学校ではまず、鍼管と言う筒に鍼を入れたり出したりする練習をする。

一分間に何回挿入できるか、と言うテストもある。

これは結構うまく行く私。

次にシリコン製の練習器で練習する。

その後、お互い学生同士で刺し合う。

その前に上手くなっておいてクラスメイトに迷惑をかけないように、妻には申し訳ないが練習台になってもらった。

「あんたが上手くなるためにはなんぼでも練習台になるよ、私は。そやけど痛い…青あざになってきた」

「頑張るわ」

としか私は言えなかった。


2年生の前期が終わると専門学校付属治療所の実習が入る。

治療を受けに来る人は半ばボランティアのような感じである。

鍼が痛くても症状が治らなくても文句を言う人は少ない。

「この辺が痛いんですよ」

「はい、わかりました。この辺に刺しますね」

「痛っ…」

「ごめんなさい。もう一回いきますね。どうですか?」

「さっきよりは痛くありません」

実習に入った私は毎回、冷や汗の連続である。

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