お隣の社会人は女子高生の娘を買う

久瀬

0話 誰も照らさない太陽

なあ、知ってるか———淡々とした口振りに思えた男の声色は、もしかしたら震えていたのかも知れない。何かに衝撃でも受けたのか、悲劇でも心をえぐったか、あるいはその両者か。


話の出出でだしとは如何に難しいものであるかと男は痛感した。オチまでは辿らないにしても連想ができてしまう話の出出しに、オチまで辿り着いてもいまいちピンとはこないものだってあると思う。それだから、整理をし順調に言葉を並べてみるけれど、積木のように一度崩れてしまえば、立て直すのには時間がかかった。


男は、咳払いを繰り返した。誤魔化すように。

そうしてついに、オチに辿り着いた———


藍沢雪あいざわ ゆきって役者の子、憶えてるか」


男は頷いた。———憶えてるよ、と言う。まぁ、そうだよなと男が返した。一時期、実力派の役者としての評価が目立ちその結果、名を知らないのは生後間もない赤ちゃんか、それか動物くらいだと思う。


若い子人気は凄まじいものだったけれど、それだけに飽き足らず、たくさんの年代に知れ渡った。


「……その役者が、自殺…らしい」

「え?」


一時期———つまり今ではもう売れっ子とは程遠い、地に落ちた役者となった。問題を起こしたわけでも、炎上があったわけでもない。

それでも芸能界に足を踏み入れている者にとって「オワコン」と世間から心許こころもとない言葉を投げられることはもう死んだも同然だ。


少なくとも、一人の役者にとっての致命傷———

なのかも分からない。


「まじかよ、好きだったんだけどな」

「だなー なんで死ぬとか思うんだろうな、金なら稼いでると思うんだけどな」


友情も、愛情も、お金では買える代物だと思う。

幸福感だけは———お金ではどうにもならない。


「いつか、誰かがそう言ってたな」

「あ……藍沢雪って、妹がかなり推してるんだよ。きっと知ったら悲しむ。」

「まぁ、男女ともに虜にする演技だもんなあ…」


男たちにはちょっとした悲しみも、絶望も、あったと思う。それでも空を見上げれば自然と笑みが零れるのが、不思議に思う。

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