【SS】サブスクリプション

ずんだらもち子

【SS】サブスクリプション

「――今日楽しかったぁ」

 先を歩いていた彼女が振り返る。宵闇の星空の下では白いワンピース姿は浮かび上がってるように目立っていた。

「俺も楽しかったよ」

 青年は照れくさそうに鼻の下を擦りながら答えた。

「良かったぁ」

 女の方もまたほんのり頬を染めた。「それじゃあ、またねサカイくん」

 男は女が住宅街の奥に消えて行くのを手を振って見届けた。

 時刻は午後六時を一分過ぎたところだった。

「腹減ったなぁ……誰か時間ある奴いるか? タケシとかどうかな」

 男はスマホの画面を操作し始める。しばらくスクロールしていく中で件の人物をようやく見つけたようだ。

「――……あ、もしもし? ……そうそう、俺、サカイ。うん。あのさ、急なんだけど今から晩飯食いに行くの付き合ってくんね? ……あ、そうなの? 先約あったか。じゃあ仕方ねえな。…………いや、いいよいいよ。大丈夫。こっちで探すから。うん。じゃあまた。――……ちぇっ。やっぱりいきなりは無理か。どうすっかなぁ。めんどくせえな」

 男はデニムのポケットにスマホを滑り込ませると、外灯の下踵を返して繁華街の方へと歩き出す。

 電信柱を5本通り過ぎた頃、男のスマホが鳴る。

「ん?――おっ」

 男は画面を見るなり気だるげだった瞼を持ち上げた。

「はい、サカキっす。……あぁ、いいっすよ。ちょうど暇してたっていうか、デートも終わったところだったんで。……え?…………そうそう。あるあるっすねそれ。あ、どこ行くか決めてます? 特にこだわりないんなら回転ずし行きません? 俺それもサブスク入ってるんで。…………そうなんすよ。無理して払ったのに案外行かないんすよね。でも解約はめんどくさいんすよ。これもあるあるですわ。……はい。…………はい、そうっすね、町田なら十分余裕だと思うんで。はい、じゃあ6時ぃ、」

 男は一度スマホの省電力モードを解除し、時計を確認する。「……半、6時半からということで。……はい。じゃあよろしくお願いしまえっ?…………あ、大丈夫っす。色々ありますから、それはこっちから言っておきますんで。はい。じゃあ」

 男は通話を終えると、すぐにスマホの操作を始めた。

「まぁ人間は音楽や映画みたいにはいかないからな。――あ、もしもし。あの交通費の申請って何時まで……――あ、すんません。えっといいっすか言っても? 俺の登録番号はA79・・・」


 男は夜の街へと消えて行くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【SS】サブスクリプション ずんだらもち子 @zundaramochi777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ