ヘルダイブ・サンサーラセクター

浜彦

第1話 ボーディングアクション(1)

 私は、戦争が好きだ。


 ああ、誤解しないでくれ。私は暴力的な性格ではないし、血を好んで戦いを望んでいるわけでもない。破滅を願っているわけでもなく、誰かを引き裂きたいという渇望もない。平和で安定した日常がどれほど大切か、戦火や牢獄を経験しなくても、想像することは簡単だ。


 私が言いたいのは、人間としての本能的な、少なからず内に秘めた「戦いへの憧れ」だ。おそらくそれは、古代から続く人間の遺伝子に刻まれ、生存本能の一環として今も残っている。


 少なくとも、私はそう考えている。そうでなければ、今日に至るまでなぜこれほどまでに戦いに関連したエンターテイメントが溢れているのか説明がつかない。アクション映画で悪党を倒す場面、少年漫画で強敵に立ち向かう主人公、あるいはネット小説で魔王を倒す旅が始まる物語――これらは決して特異なものではない。私は、人々の遺伝子が戦いを欲していると信じている。


 もしかしたら、古代のアリーナのようなものかもしれない。観客席で安全に座りながら、間近で剣戟の響きや肉体がぶつかり合う音を感じ取りたいという欲求だ。金属の音、叫び声、飛び散る血肉。その安全が保証される一方で、戦いの息吹を肌で感じたいのだろう。


 あるいは、戦記小説を読むことや、ボードゲームで戦略を練ることも同じだ。壮大な戦の叙事詩が、名誉、悲歌、絆で彩られている。それもまた、人々に長く愛されてきたエンターテイメントだ。東アジアの三国が鼎立する物語や、宇宙世紀で地球とコロニーの争いを描く物語。あるいは神々が率いた偉大な遠征とその後の分裂。冷酷で暗い未来において、人々の想像の中に戦争しかない時代――そんな物語。


 だが今日では、紙の上で物語を読むよりも、闘技場よりも、戦記やボードゲームよりもリアルで、迫力ある体験が可能だ。


 精巧なグラフィック、圧倒的な物理エンジン、広大で自由な世界。そのすべてが、リリース当初から高い評価を受け、多くのプレイヤーを魅了してきた。そして今なお、絶え間なくアップデートされ続けている最も人気のあるゲーム。


 それが、VRMMO。大人気SF系作品『サンサーラセクター・オンライン』だ。


 このゲームの世界観設定は、古代のソウルライクゲームを継承しつつ、名作の世界観を参考にしているようだ。プレイヤーが手に入れられる情報は断片的だが、それがかえって考察厨たちの興味を引き、プレイヤーたちの心を掴んでいる。すべてのプレイヤーが知っているのは、自分がどこかの宇宙に降り立ち、唯一無二の人生を体験できるということ。そして、死んでしまえば育てたキャラクターが失われるというハードコアな設定も、意外なほど人気を博している。


 危険で広大な宇宙で自分の第二の人生を生きる――


 これが、戦いを渇望する私の、このゲームを楽しむやり方だ。


「おい、本当に情報は正確なのか?ここに大物が通るって確信してるんだろうな?」


「ああ、間違いない。この辺りで評判の一番いい情報ギルドから、独占情報として高額で手に入れたんだ。理論上は外れないはずだ。」


 私の思考を引き戻したのは、男たちのしゃがれた声での会話だった。


「チッ。そうだといいがな。もうここで伏せて一時間近くになる。そろそろ情報の時間を過ぎそうだぞ。」


「待つしかないさ。この襲撃のために、俺たちは大金を注ぎ込んでいるんだ。無駄に引き下がるわけにはいかない。」


「わかってる。くそっ、もし情報が偽りだったら、今回は大損だな。」


 男たちは不満げに呟き続けている。私はというと、少し視線を動かして、自分がいる空間を確認した。暗がりの中、赤いランプが照らし、スクリーンや指示灯がちらちらと点滅している。HUDの右下には、緑色のシステムメッセージが表示されていた。



 ======

 BUFF:ニコチン

 - 神経系の伝達および反射速度をわずかに増加 (2%)

 - 終了時、神経系の伝達および反射速度をわずかに減少 (2%)

 残り時間:02:03:16

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 私は長く息を吐き出し、白い煙が船内の暗闇に溶け込むように消えていくのを見つめた。窓の外には、漂う無数の船の残骸と石塊が見える。私たちの艦艇は、古戦場の小惑星帯近くに潜伏している。数秒間、外の様子を確認し、いつもと変わりないことを確認した後、私は吸い殻を床に投げ、足で踏み消した。


 これで、六本目だ。


 少し離れたところで、男たちはまだ話し続けている。


「どうする? 探索でも始めるか? ただ待ってるよりマシだろ?」


「でも、情報屋はここで待機しろって言ってたんだ。動くと見逃す可能性があるってさ。」


「はぁ? 何だそれ?」


「少しおかしいとは思うけど、あいつは本当に念を押してそう言ったんだ。」


「信用できるかよ。位置を指定しておいて、こんなに待たせるなんて。まさか、俺たちを罠にはめようとしてるんじゃないか?」


「さすがにそれはないだろう。しょぼい情報ギルドに、星系最強の海賊団を敵に回す度胸があるとは思えない。」


「……じゃあ、やっぱり情報が間違ってたか。くそ、ワープに使った燃料棒だってタダじゃねぇんだぞ。それに今回のターゲットは大物だって聞いて、他の船長を説得して定例任務を放棄させて来させたんだ。賠償金も払うことになるのか? しかも、保険のために『強襲姫』まで雇ってるんだぞ。」


「ああ、大損だ。まぁ、金の半分は姫に払っちまってるんだがな。」


 男たちの視線が一瞬私の顔に向けられるのを感じたが、私は気にせずやり過ごした。数秒後、彼らの視線は再び外れ、また囁き合いを続けた。


「大したことじゃないさ。あと五分だ。情報が間違ってたら、その時は新たに艦隊を編成して情報ギルドに攻め込めばいい。警告を兼ねて、そいつらからちょっとばかり金を引っ張って損失を埋めるんだ。命を惜しむ連中だ、きっとすぐに降伏するだろう。人質でも取って身代金を要求すれば、穴埋めはできる。」


「ハハッ、さすが大海賊。情報ギルドを襲撃するつもりか。」


「まぁ、俺が砦を持ってるのは伊達じゃない。これくらいの度胸はあるさ。それに俺の超大型レールガンも血を浴びたがっているからな。」


 ハハハハハ。男たちは下卑た笑い声を上げた。


「……ちょっと待て。何かがワープしてきたぞ。これは。」


「ああ、間違いない。コスモス帝国の輸送艦隊だ。護衛艦が四隻、中央に一隻の輸送船。情報通りだな。」


「最後の最後で現れやがったか。よし、腕の見せ所だ。おい、他の船にメッセージを送れ。出番だぞ。」


 男たちは手際よくパネルを操作し、船体がわずかに震えた後、ゆっくりとその進路を変えていった。


「おい、姫。俺たちが防護シールドを破ったら、お前が飛び込むんだ。契約通り、輸送艦にいる戦闘員は全部お前の好きにしていい。CQCが得意だろ?伝説の強襲姫が本当にその価値に見合うか、見せてもらおうじゃないか。」


 私は無言で頷き、立ち上がった。それを見たリーダーの男はにやりと笑みを浮かべた。


「よし!それじゃあ帝国のボンボンどもに俺たちグラ海賊団の力を見せてやろうぜ!」


「おおお!」男たちは雄叫びを上げた。


 私は艦橋を後にし、下の階に続く階段を降りて発射口へ向かった。そこには黒く流線型の、まるでミサイルのような形をした乗り物が置かれていた。私が近づくと、HUDに再び信号が表示された。



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【ボーディングトルピード iBreatCh MK-II 特装型】

 -登録所有者:イチジクドットコム

 -解錠済み

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 私はボーディングトルピードの中に置かれていたヘルメットを装着し、身に着けたパワードスーツの各数値を確認した。問題がないことを確認すると、狭い魚雷の内部に腰を下ろした。ハッチを引き下ろすと同時に、通信チャンネルが一気に騒がしくなった。


 男たちの咆哮、戦況報告、交戦指示が次々と飛び交う。私はHUDに接続した遠隔監視画面を起動した。そこには、海賊艦隊がすでに輸送艦隊を完全に包囲し、護衛艦との激しい砲火戦を繰り広げている様子が映し出されていた。シールドに命中する砲火の閃光、迎撃された魚雷の爆発が、静かだった宙域を明るく照らしていた。


「全砲門、一斉射ッ!目標は輸送艦のシールドジェネレーターだ!撃てッッ!」


 コイルが回転する音とともに、隕石群の陰から大量の砲火が放たれた。砲火が護衛艦を掠めて輸送艦の中央に命中した。強烈な閃光の後、輸送艦の防護シールドが一瞬輝き、次の瞬間にはその圧力に耐えきれず、無数の光点となって砕け散った。私は操縦桿を強く握りしめた。


「シールドが破られたぞ!行け行け行け!全弾発射だ!あとは任せたぞ、姫!」


「了解。イチジクドットコム、出撃する。」


 G力に体が後方へと押しつけられ、私は戦場へと飛び込んだ。

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