お題:なし 38分 ①

「あーしにてー」

「わかるー」


同じような会話を何度繰り返しただろう。

もはや「死にたい」は、私にとって「おはよう」などの挨拶と同じような立ち位置になっていた。


本当に死にたいのかは疑問である。


「その命、交換してみませんか?」

「…誰ですか?」

「先ほど『しにてー』と仰っていましたよね?」

「え、あ、はい…」

「その命、有効活用できる方法があるんです!」

「あ、そっすか。」


悪質なセールスか何かだと思い華麗にスルーをしかけたその瞬間、胸に痛みが走った。


思わずその場に倒れ込む。


「信じてもらえなさそうなので、死にかけているお方と命を交換してみました」

「え…は…?どゆこと?え?えまじで苦しいんですけどやめて?」

「まだ喋れてるなら平気ですよ。もうちょっとだけ体験しませんか?こんな機会そうそうないでしょうし。」


くるしいくるしいくるしい。尋常じゃない呼吸のしづらさと、胸の痛み。

さっきこいつ命を交換とか言ってたよな?どういうことだ?というか友人A、お前逃げたな?友達が死にかけてるっていうのになに逃げてんだよ。所詮上辺だけの付き合いだったってことか…つら。しにてー、って今自分死にかけだったわ。いやまってそんなこと考える暇ないくらい苦しい。


「どうですか?今回はお試しなので死ぬ直前には解除しますから、どうぞご安心を」


ぱちん、と男が指を鳴らす。


その瞬間、体が一気に苦しさが何処かへ行った。


「どうですか?初回お試しコースは?」

「あのさ、」

「はい?」

「誰?」

わたくしですか?私はしがないセールスマン。命を交換しております。いまなら50%OFFなんであなたも交換してみませんか?」

「あー」


こいつたぶんやばいやつだ。適当に話合わせて逃げよう。


「えっとですね、今日たまたまとてもいい命が入荷しまして、なんと!明後日に安楽死を控えている難病の30代女性の命です!いつ死ぬかもわかっているし、苦しさが比較的少ない命でございます!」

「あーそうなんですね!すごーい!でもお高いんでしょう…?」

「今ならな、な、なんと!50%引きの***円でございます!」

「えーー!」

「しかもこの、『来世はセレブ猫!ハッピー輪廻転生セット』もついてきます!」

「えー!お得ううう!」

「さらにさらに、こちらから『走馬灯のBGM』をお選びいただけます!」

「えーーー!すごーい!…って、この茶番やめません?」


適当に話を合わせていたらテレビショッピングになっていた。


「茶番って酷い…私も仕事なのに…しくしく…。」

「あ、なんかごめん…」


流れる気まずい空気、セールスマンの止まらない涙、そしてよくわからないアタッシュケース。



その地獄みたいな空気を切り裂くように、救急車のサイレンが鳴り響く。


救急車は、私の前で止まった。


「ここら辺で、死にかけている人がいると通報を受けたのですが…」

「あ、私っすかね?」

「生きてるじゃないすか」

「そっすねー」

「あー一応病院行きましょか。同乗される方とかは…いないっぽいですね。じゃ乗ってくださーい」

「あ、はい。あのー変なこと聞いていいですか?」

「どうぞ」

「命の交換…って知ってます?」

「は?知らないですねえ」

「あれ?そういえばさっきまでここにいた、スーツ姿の男性を知りませんか?」

「え、あなた1人で道に立ってましたよ?」

「ええ…」

「白昼夢…いや今は朝だから白朝夢?でもみたんじゃないですか?」




あの痛みは、嘘じゃなかった。


でも、なぜかあのセールスマンの顔や声を思い出せなかった。

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