祠構文読み切りまとめ
やみお
ミステリアスなおじ様は好きですか?
昔々のお話。この地には天候を操る神様がおったそうな。名前は…何だったかねー。まぁいいや。その神様は村人によくこう話し掛けていたそうな。
「のう、遊びに付き合ってくれんか。なぁに、手間は取らせんよ。事は単純。儂の立てた枝を夕刻までに折ったら勝ち。な?簡単じゃろ?」
老若男女問わずそう持ち掛けていたそうな。土地神。しかも、天候を操る神。怒らせて作物が育たず飢饉、年貢を納められずに死罪などという災厄が起きては困ると人々はその妙な遊びに付き合ったそうな。子供は容赦なく枝を折り、村を散歩している神を探し出し、連れてきて勝利宣言をしてやったそうだが大人や頭の回る者はそうはいかない。勝ってしまって機嫌を損ねたらどうしようかと頭を抱えたそうな。当然だね。だが、どんな結果であろうと神は上機嫌。勝ち誇る子供には大袈裟に悔しがって喜ばせてやったり、怯えて枝を折らなかった者にはその反応が愛いくてたまらないと笑ってやったそうな。愉快な神様だね。時が経ち、村は市となった。そして、他所からの人も増えていき、発展していくと人々は神の存在を忘れていった。今でも神社や祠は残っているが所詮は壊したら恐ろしい事が起きるというアニミズム的な観点からの保護対象でしかないのだった。何それ?あー、簡単に言うと神は自然に宿る。八百万の神って考え方。で、それらと交信出来る場所が神社とかって訳だよ。分かった?なら良し。参拝者はいるんじゃないのかな?程度の無人の寂れた神社でさ、本当に地域の人々が最低限綺麗にしてる程度の扱いなんだよね。…ん?実話?そうだけど?神様が人間に馴れ馴れしく話し掛ける訳ないだろ!って怒られてもねー。そういう話だもの。
―
へー興味深い話と聞き耳を立てていた私はしがない女子大学生。一時的に実家に帰省していて、何の論文を書こうかとボンヤリしていた。そんな折りに隣のベンチにやってきて話し始めたのが中学生男子と中年男性。土地神。良いかもしれない。論文にこの話を書いて提出すれば教授も満足してくれる筈。興味を持った課題が民俗学なんて頭良さそうに思える。決まりだ。私は男性に声を掛けた。
「すみません、その話を詳しく調べられる場所ってどこかあります?」
顔に横一文字の大きな傷、垂れ目で日本人にしては珍しい深緑の瞳で無精髭を生やした白髪かつ長髪の男性はひとしきり笑うと軽く私をあしらった。
「お嬢さん。若いんだからスマホ使えばいいじゃない。足を使って調べる姿勢は良いけどねー。そもそもおじさんの与太昔話なんて面白くもなんともないよ。な?坊っちゃん」
「なだっちゃんの話はこれの為だけに聞いてる。さぁ!職業当てさせろ!今日こそは当ててやる!自衛官!そうだろ!」
「大外れ。そんな大層な仕事の奴がこんな暇してるもんかね。前の富豪で遊んで暮らしてるの方が近かったかもよ。はい、また今度な」
「マジでなだっちゃんの職業なんなんだ?今度はぜってぇ当ててやるからな!」
「頑張んなー。やれやれ、景品も出ないのによくやるねー。くだらない与太話聞かないと挑戦出来ない職業当てクイズなんかに興味を持つなんて現代っ子の事、おじさん分かんねーや」
なだっちゃんと呼ばれた男性は捨て台詞を吐いて駆け出す中学生に手を振っていた。姿が夕暮れに消えるとその手を振るのを止めた。
「で?図書館の場所でも教えればいいのかい?もうそろそろ閉まっちゃうか閉まってるかだよ。足で調べるなら神社に行けばいい。でも、おっかないから明るい時に行きなよ。そして…」
男性は座り直してから真剣な眼差しで此方の目を見て言った。
「祠には近寄るな。分かったね?」
その深緑の瞳に光はなく、言葉の冷たさに背筋がゾクリとした。
「ご忠告…あ、ありがとうございます…」
「普通の事言ってるだけだよ。どこまで聞いてたか分からないけど神社は人気ないし、祠なんて手入れされてるか怪しい。もし、もしだよ?祠を壊したらさ…責任取れるの?」
私は黙って首を横に振った。
「ゴミみたいな祠でも壊したらそれなりに色々言われるんだって。お役所の仕事とかお巡りさんの仕事増やしちゃいけないよ」
「はい」
「良い子だ。僕は
子供に好かれる中年男性。ダンディだったりイケている感じではないけれども不思議な魅力のある方だ。
「あの。灘本さんって普段どちらに?」
「お?お嬢さん、僕をナンパかい?趣味が良くないよ。そうだねー、この公園とか現代でもしぶとく残ってる煙草屋、
ごもっとも。しっかりした方だ。言うまでもなくナンパ目的ではない。どうしても土地神の話を聞きたいからという理由で彼の居場所を聞いた。それにここで何も聞かずに別れたら彼と縁が切れる予感がし、自然とそんな事を尋ねていた。私の予感なんて当たる筈もないのに妙に不安になった。
「じゃあ、僕は行くよ。送ってあげられなくてごめんねー。こんなに胡散臭いおじさん連れてたら職務質問されちゃうからねー。お嬢さんに迷惑掛けたくないのさ。バイバイ」
彼は煙草に火を付けて歩き出した。背中越しに手を振ってくれる。見えないだろうけれど手を振り返す。…あ、私と一緒にいたから煙草吸えなくてストレス溜まってたりしたのかな?それだったら申し訳無い事したかも。そんな事を思いながら彼と逆の方向に歩いて、家へと向かう。土地神の名前だけでも知りたかったな。検索しようにも出来ないじゃんと思ったのは家に着いてからだった。
―
「こんにちは、お嬢さん。まだ調べているのかい。ご苦労様。熱心なのは結構だけどお肌と精神の健康の為にしっかり八時間睡眠とらないと駄目だよ」
瀬甕山。手入れはされているが人気がない静かな場所。粗の目立つ手の入り方だが美しくて厳か。素敵な場所だと思うのに、地元住人が散歩位してそうなものなのに物悲しさを感じる。目的は土地神が祀られている神社。自然の美しさを満喫しながら歩いていると山道の岩に腰掛けて煙草を吸っていた灘本さんに出会った。声を掛ける前に煙草を消して携帯灰皿にしまう姿に気遣いが出来る大人だなとほんの少しだけ感動を覚えた。
「こんにちは、灘本さん。休憩中ですか?」
「そんな所だねー。神社に行くなら足元には気を付けなよ。大まかにしか手入れされてないからねー」
のんびりとした口調の彼にある話を持ち掛けた。
「灘本さんの職業当てさせてくれません?」
そう。彼に土地神の話を聞かせてくださいと直球的に頼むよりもこうやって話を振った方が口を開いてくるだろうという自信があった。ソースは昨日の彼の発言。与太話を聞かせるのが好きと言っていたがむやみやたらに絡んでくるタイプではないだろうし、行動一つ一つが大人だ。異性ならそれが尚更なのは察せる。彼は予想通り、口を開いてくれた。
「将来は探偵なんかが向いてるかもねー。お嬢さん。お望み通り、現地に赴く前に軽く土地神の話をしてあげようねー」
―
かつて村だった。そう、この山の名前と同じ。
―
悲しいお話だと胸を痛めた。好きだった人間に忘れ去られるなんてと。昨日の話でもあんまりな扱いをされているなって思ったけど。消えちゃったんだ…。でも、地名として残ってるならまだ救いはあるのかな?
「信仰を失った神は消える。これが理だよ。信仰は血液であり、栄養。身体に血液が流れなかったら死んじゃうだろう?栄養がなければ血液も作れないだろう?そういう事さ。土地神だけじゃなく神様全体の理なんだってねー。この与太話。お嬢さんのお役に立ったかな?」
メモを取っていた手を止めて、首を縦に振る。最初は賢く見える民俗学ガールになれるかも?という浅ましい理由で食い付いた話だけれど土地神の境遇に胸を打たれ、この話を残したいという意思に変わった。彼はニッコリと笑って岩から降りた。
「じゃあ、僕は行くよ。時間は有限だからね。昨日の公園にいるだろうからさ。そこで職業当てを受け付けるよ。それと、成果も聞かせてくれたら幸い。おっと、おじさんと連絡先交換は駄目だよ。僕はそういう活動に荷担する気はないんだ。お嬢さんが誠実なのは分かるけど警戒しないとね。現代は物騒だから。バイバイ」
彼は昨日と同じく煙草に火を付けて歩き出した。また背中越しに手を振ってくれたので見えてなくても振り返した。紳士的ではあるのかな?それとも警戒心が強いのか。どれにしろつくづくキチンとした大人だとは思える方だった。私は彼が見えなくなってから手を振るのを止め、神社に向かって歩き出した。
―
うーん、本当に最低限。残ってるだけマシといった様相。境内を歩き回ったりしたけれども伸びてきている草が鬱陶しかったという感想しかなかった。歴史を書き残した代物もなし、お賽銭箱すらない。社と鳥居だけという寂しい場所だった。土地神様をこんな扱いするなんて悲しいという気持ちになってから早々に神社を後にして山を散策する。祠…。無意識に祠を探していた。気になる。近付くなと言われても見てみたい。見るだけならば何も起きない。大丈夫と言い聞かせているといかにもな祠を見つけた。苔とかは生えていないけれども長い歴史を刻んだであろう脆そうな祠。木製のそれを手を伸ばせば触れられそうな距離から眺めていると凄まじい突風が吹いて足元の石に躓いて転んでしまった。バキバキッ!嫌な音がする。顔をあげると祠は無残に壊れていた。あ、あぁ…あぁぁぁぁぁぁっ!すんでのところで叫びはしなかったものの灘本さんのあの顔を思い出して、冷や汗が流れ出す。もう神様はいないんだ。消えてる神様が何かする筈がない。どれだけ理由を並べても動悸が止まらない。私は逃げるように走り出した。
―
私は公園にいた。事の顛末を震えながら話した。真っ青な顔の私を見て小さく笑った灘本さんが口を開く。
「あー、あの祠壊しちゃったの。もう駄目だね、お嬢さん。そのうち目も当てられない逝き方するよー。今の子って敬いとかないんだねー。おじさんはねー。そっちの方が怖いよ」
違う!あれは事故!故意じゃない!それに敬いがない訳じゃ…。
「でも、消えた神が害なす訳がないとか思ったりしてないかな。どう?」
図星。私は擦りむいた膝を抱えてさめざめと泣く事しか出来ない。彼は伸びをして立ち上がり、絆創膏を手渡して言った。
「忘れてたけどさ、おじさんの職業当ててくれるんでしょ?解答を聞かせて?」
この人おかしい。でも、すがる様に今望む職業を口に出してみた。
「祓魔師…」
「面白いねー。答え合わせは明日しよう。壊した祠においで。待ってるよ」
彼は煙草に火を付けずに咥えただけで歩き出す。いつも通り背中越しに手を振ってくれているのだろうが顔を上げられなかった。死にたくない。死にたくないよぉ。気が済むまで泣いてから細心の注意をはらって家に帰った。顔色が悪い事や怪我をしている事を聞かれたが首を横に振って放っておいて欲しいと態度に出したら、それ以上は何も問われなかった。彼にもらった絆創膏は消毒などを済ませてから御守り代わりに膝に貼っておいた。
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場所なんて正確に覚えてる訳がなかったが歩いていると自然と祠に辿り着いていた。しかし、祠は何事もなかったかの様にそこに鎮座していた。どういう事と手を伸ばすと背後から声が聞こえてきた。
「昨日ぶり。あ、儂の事分からない?そりゃそうか。その答え合わせは後にしよう。祠が直ってる?当然よ。直したもの儂が。声聞いてたら思い出した?」
灘本さん…?と振り返ると鋸の様にギザギザで弧を描いた角が二本生え、眉間に勾玉の様な赤色の入れ墨。垂れ目に蒲萄色の瞳。白の着物を身に纏った黒髪に長髪。そして、見間違えなければ灘本さんにもあった横一文字の傷。私は人ならざる存在の登場に腰を抜かしてしまった。
「この傷は分かりやすいよね。そう、あのおじさん。あれ、儂。滑稽だったよお前さん。クククッ。今から祟ってやってもいいけども…楽しんだから許す。敬いは忘れちゃ駄目よ。現代人」
か、神様。土地神様!消えた筈じゃないの!?それに普通に見えて会話出来るだなんてあり得ないと恐怖で後退ると面白げに近付いてくる。
「儂が怖いかい?当たり前か。祠を壊したせいで出てきたんだ!キャー!祟り殺されるー!って感じかな。祟らない許すって言ったよ。それに…ね」
灘本さんに似ているけども二十代の青年にしか見えないそれは顔を近付けてニタリと笑う。蒲萄色の瞳の瞳孔は人のそれじゃない横に長いもので気味が悪かった。
「いや、ネタばらしはもっとゆっくりしよう。久々の人間だ。与太話、聞いてくれる?」
私は頷く事しか出来なかった。人ならざる者に逆らったら何をされるか分からない。物の怪の方がまだマシな位の相手。話が正しければ天候を操る。目も当てられない死に方なんていくらでも用意出来るだろう。変死をしてオカルト雑誌のネタになんてされたくない。
「昔々、あるところに瀬甕村という小さいが豊かで平和な村があった。その平和と豊かさはその村人を愛する土地神の
山程言いたい事はあったが私が絞り出した言葉はこれだけだった。
「遊び…?遊んでただけ?あんなに怖い思いをしたのに…?」
「そうよ。祟りはあるがそんなものは儂の気分しだい。神の掌で転がされるのが人間よ。時代が進んでも儂はおる。クククッ…アッハッハッハッ!」
私は声を上げて泣いた。色んな気持ちでごちゃごちゃだ。だけれども、本音を吐き出した。
「私…最初は…教授に…褒めてもらいたくて…インテリぶりたくて…この話に首…突っ込んだ…。でも…聞いてるうちに…土地神様が…淵覗様の話を…本気で後に伝えたくて…人が好きな神様の扱いがこんなのでいい筈がないと…思っ…て…こんなに…こんなに…調べてたのに…あんまりだよ…」
淵覗様はしゃがみ込んで私の頭を撫でる。振り払おうかと思ったがやはり、怖くて出来ない。
「知ってたよ。浅い娘が引っ掛かったと嘲ってた。それが本気の目をし始めた時は驚いた。でも、信用出来ないのと始めた事はやり遂げんとなという理由で壊させた。祠で転んだ時の突風。勿論、あれは儂の所業よ。普通なら姿すら現さんし、ネタばらしなぞしないよ。特別さ」
私は問い掛けた。
「やっぱり、人間に裏切られたから…そんなに人を信用してないの?最初はガードが固い人なんだと思った。でも、話を聞いて思った。本当は事を甘受出来る神様だった筈。違う?」
彼は手を離して、立ち上がる。そして、自嘲気味に笑った。
「それはあるね。お見事。その観察眼は素晴らしいね。君こそ祓魔師になった方がいい。安全かは保証出来ないがやっぱり探偵もいいんじゃないかな」
涙を拭って軽口を受け流し、立ち上がってから淵覗様を見つめる。
「私はこの事を書く。絶対に。でも、祠の話は何と言われようと伝えない。だって…」
私は勇気を振り絞って笑った。
「土地外の情報は動かしにくいし、タネが明かされた祟りの話なんて誰も食い付かない。結果的に淵覗様が退屈しちゃうなんて嫌。それに私が書きたいのは忘れ去られた人間大好きな土地神の話であって退屈で死にそうだけど死ねない貴方の話じゃないもの」
彼は大声で笑った。豪快で愉快に心から楽しげに。
「良いね!良い!そういう態度の人間なんて初めてだよ。お前さんとの記憶さえあれば五百年は愉快に生きれそうだ。感謝するよ」
そして、彼は一言だけ残して消えた。
「また帰っておいで。いつでも待ってる。灘本かは保証出来ないけれども。どんな姿だろうとお前さんなら見つけられるさ」
一陣の風が吹く。無意識に流れていた一筋の涙を拭っていく様なとても心地の良い風だった。
―
書き上げた論文はそれなりの評価を受けた。良い寄り程度の評価。友達からは変わった物を提出するじゃんと笑われた。何を言われたって良い。私自身が満足出来ている本気の論文が書けたのだから。信仰になるかは分からないが淵覗様の顔を思い出したり、やり取りを思い出したりする。血液に、栄養になれてたらいいな。
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