深淵と羊

巴氷花

第1話

 十二月の中旬、ボクに一通のメールが届いた。確認すると「仕事を頼みたい」と熊太さんからだった。そのメールを見た後、自宅を二十分ほどで出発し、アルタイルの本社を目指した。最近よく炭酸飲料のCMやセールの広告が多かったので何かあるのかな?と思っていたところ、向かっている途中に気がついた。あと数日でクリスマスなのだ。ケーキを御母様に差し上げたら喜ぶかなと思いながら目的地に到着した。


 「よく来てくれたね。嬉しいよ、有栖。」

「お久しぶりです。一ヶ月前の治療以来ですかね?」

「あの時は酷い目にあった。内宮がいなかったらどうなっていたことやら。」

「内宮…………あの新人ですか。噂はかなり耳にします。能力なしで一級相当の化け物だって。」

「ああ、彼はいずれ進や廻に並ぶ能力者になる。」

「へぇーー。けど、あなたの能力なら問題なくあの状況は逃げれたのでは?あなたは本当はあの出来事を利用してその新人を追い詰めたかっただけなのでは?最高の演算装置である熊太さん。」

「ははは。そんなわけないだろ。あの場にいた全員を守る能力は誰にもなかったから僕が犠牲になろうとしただけさ。そうしたら勝手に部下が強くなっただけ。計算とかそういうのは何一つやってない。」

「そうですか。まあボクにとってはどうでもいいので早く仕事の話を聞かせてください。」

「そうだね。本題に入ろう。先日咲花学園で二十三人目の死亡者が出た。」

「そんなただの殺人事件ために呼んだんですか?失望しました。帰らせていただきます。」

「おい、ちょっと待ってよ。二十三人は全員同じ理由で死んでるんだ。面白くないかい?」

「ちょっと興味が湧きました。詳しく教えてください。」

「死因はある宝石を飲み込んだことによって起こる魔術式のデメリット。まあ目的のための手段とも言えるけどね。」

「全員がなんで宝石?を飲むことで死んでるんですか?普通飲まないでしょ。そんな怪しいもの。」

「いやいや、有栖。それが誰もが欲しがるものなんだ。宝石の名前は転生石。魔術院で高額で取引されるものだよ。」

「は?!あの転生石ですか?それが本当なら魔術院がそこに兵を出す可能性まで出てきますよ。」

「ああ。だから有栖にはそこの調査を頼みたい。助手には先に捜査している境華達をつける。一月になるまでには解決して欲しい。」

「わかりましたよ。まあ、ボクにかかればこんなのチョチョイのチョイですよ、熊太さん。」

「お前、若くなった?」



「転生石が関わってくるとなるとやはり悪魔関連でしょうか?」

「その可能性がある。しかし魔術師の一人が転生石を量産する手段を作って、その実験のためにこの学園を選んだ可能性もゼロじゃない。」

「だからボクを呼んだってことですか。そんなに腕がたつ魔術師に対抗できる人で手が空いてるのなんてボクしかいないでしょうし。」

「そうなんだよ。廻と仙は遠出の仕事なのをいいことに観光もしてくるとか言ってるからしばらく帰ってきそうにないんだ。お前だけが頼りだ。」

「わかりましたよ。契約書どこですか?早くサインさせてください。」

「あ、やべ。」

「どうかしました?」

「すまん。書類下の階に置いてきた。下の階に行って書類はもらって来てくれて。」

「くそ上司め………。」

「何か言ったか?」

「いえ、なんでもないです。」



 ボクは依頼を正式に受けるために書類を受け取ろうと階段を降りた。

どうして熊太さんが持ってないんだ?しかも同じ階にすら書類ないし………

ーーーーーーーもしかしなくてもこの組織は書類管理能力が低いのか?

「あ、アリスリーさんだ。眼鏡の制作の方はどうだい?」

ボクは声がした方向に顔を向ける。そこには最近眼鏡のスペアを作って欲しいと注文してきた神代君が立っていた。

「そこそこってところです。以前と比べて、大量に機能をつけてる予定ですからあと二日はかかります。というか、その呼び方やめてください。むかつくので。」

「そう……なんだ。ごめんね。僕はいい呼び名が見つかったって思ったんだけど、君が嫌がるならやめておくよ。君だってストレスを溜めて変なミスしたくないでしょ。」

「ハイ。そうしていただくとありがたいです。ボクは前作のようには絶対なりませんので。」

「……そっか。うん。期待してるよ。ところで僕、今は仕事なくて暇なんだよね。その仕事、手伝ってあげようか?」

「あなたが暇なのは仕事を部下に押し付けているからでしょう。そんな人の手は借りたくないです。」

「おいおい。僕は別にサボりたいわけじゃ………まあいいや。言ってもこの状況が改善されるわけじゃないし………お礼がしたかったけど、また今度にするよ。」

「お礼?そんなのボクにはしなくていい。ボクは代理で直したに過ぎない。しかも金はもらった。だからボクにはお礼をしなくていい。」

「そう生きるの辛くないの?誰かの言いなりのまま、誰かの代用品のまま生きる。君の場合は産みの親か。そんなのの言いなりの人生なんて辛くない?」

「刃向かっても捨てられるだけですよ。御母様はそこら辺の判断は早いんです。それと、御母様の悪口はやめてください。」

「そっか。ごめん。……けどあの人なら何かデカい功績でも立てれば独り立ちさせてくれそうだけどね。」

「物事そんなに上手くいかないですよ。神代さん。この話はもうやめましょう。」

ボクは憤りを飲み込んでボクの仕事の書類の話をする。

しかし急に話かけてきただけのこの人が、書類について知るわけがなかった。

やはり、無駄な時間だった。生きるという行為は非効率すぎて御母様が嫌いになるのも頷ける。

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