プロローグ

第1話

プロローグ



誕生日には特別なことがおこる。

毎年そう期待していたけれど、今年の、私の十二歳の誕生日は、今までの人生の中で一番! 特別なものになったのだった。





私の名前はリゼル・アッシュベリー。

今日が誕生日で、十二歳になった。可愛いものや綺麗なものやメルヘンが大好きな、小学六年生の女の子。甘い甘いスイーツも大好き!


今日はママが最近見つけたばかりの、新しいスイーツショップで、ケーキを買ってきてくれると言っていた。

どんなケーキだろう? 楽しみだな。

そんなことを考えながら、私は帰り道を急いでいた。


甘いクチナシの香りが漂ってきて、意識が、そちらへいく。


友達と別れたばかりの私は、ケーキのことからクチナシの花へと、ぼんやりと考えながら歩いていた。


「危ない!」


交差点で、信号が変わったから歩き出したのに、横から猛スピードの車が走ってきたのだ。


とっさに誰かの腕が伸びてきて、背中から抱きしめられた。車は止まることなく、そのまま行ってしまった。

まわりの人も驚いたように、私と車とを交互に見ていた。


あまりにびっくして、そのまま動けなくなり、声も出せなかった。


「危なかったね。気をつけて」


頭上から聞こえた声は艶やかで、男の人のものだった。大人なのだとわかり、安心して首をめぐらせた。


その人はすぐに片膝をついて私の目線になり、優しく笑ってくれた。


「今のはあの車が悪い。君は悪くないよ。でも、まわりをよく見て、気をつけるんだ」


「……ありがとう……ございました……」


なんとかお礼を言うと、彼はうなずいて、そのまま立ち去って行った。


長い金髪が風に揺れていた。後ろ姿はやせて見えたけれど、力強い腕だった。

命を、助けてもらった。


名前を聞いておけばよかったと、後悔した。同じ時間に同じ場所にいても、もう会えることはないのだと思った。

こんなに大勢の人が、こんなに知らない人がいるんだもの。それは無理だ。無謀だ。

そう思った次の瞬間には、なぜか心の中で叫んでいた。


ーーううん。これは奇跡なんだ。今のは、誕生日の奇跡!


あの人には、きっとまた会える。もしかしたら、一年後か二年後かもしれない。それでも、私にはすぐにわかるはずだ。


だって、絶対に、忘れるはずはないもの。




☆☆☆




その夜、夢を見た。

よく知っている、裏の通り。なのに、まったく知らない場所だった……。


裏の通りだということはわかるのに、景色はぼやけていき、薄暗くなっていった。


前から、男の子が歩いてくる。大人ぽくも見えるけれど、子どもとも言えるような。高校生……中学生くらい?

その人は私の前で立ち止まり、片手を差し出してきた。


私は当たり前のように右手を出し、それを受け取る。


二粒の砂……のようなもの。淡いピンク色で、きらきらとしている。ローズクォーツだとわかった。


彼の顔は、よくわからなかった。知らない人だから?


「預かっていてくれる?」


その人が言った。あ、好きな声だな……と思った。


こんな小さなものを、どうやって? なくしそうだと不安に思ったけれど、彼は「大丈夫」だと言い、私の手のひらに手を重ねてきた。


小さな小さな、砂のようなローズクォーツは、私の手のひらの中へ入っていった。

「えっ?」と思ったときには、彼も消えていたーー。

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