第25話 追い込み
水曜日の夕方。
文化祭は今週の土曜に開催されるため、俺達は追い込みに掛かっていた。
三上さんから借りてきた衣装を纏い、本番と同じ条件での練習に励んでいる。
「宗二くん、舞ちゃんの足踏んでる!今の貴方は革靴を履いてるのよ!」
「はいっ!」
「舞ちゃん!もう少し宗二くんに体を預けて!信頼してればもっと大胆に踊れるはずよ!」
「はいっ!」
「宗二くん!もっと静と動を意識して!貴方は体が思い通りに動かないことを思い出して!」
「は…はいっ!」
「舞ちゃん笑顔!心から純粋に踊ることに対して喜べてない!観客がじゃなくもっと貴方の心で笑って!」
「えっ…は〜いっ!」
「ラストよっ!」
峰先生の掛け声と共に、俺は関口さんにより物のように投げ飛ばされる。
被っていたシルクハットはどこかへ転がり、俺は手足を不自然な方向に投げ出し、横たわる。
関口さんはスッキリとした表情で去り、峰先生の拍手によって終幕となった。
「良い!良いわよ貴方達っ!私のイメージした通りの出来映え!」
俺は起き上がり、転がったシルクハットを被り直す。
「…本当、ですか?途中も先生から、大分修正点をおっしゃられてましたけど…」
踊って直後なこともあり息も絶え絶えな俺に、峰先生は首を横に振る。
「実際に見て、もっと良くなると思ったから言ってるだけよ。最初に私が想定していた貴方達の舞台の完成度を、今の貴方達はもうとっくに超えてるの」
「本当ですか…!」
上達出来ていることを教えられ、俺は純粋に嬉しくなる。
「さぁさぁ、このあとすぐにもう一本あるんだし水を飲むなり休むなり休憩しなさいな。舞ちゃんは既にそうしてるから」
見てみると、関口さんは水を飲むためか部屋の隅に行っていた。マスクを着用しながらの運動は、やはり大変なものなのだろう。
「それにしても…」
俺は休憩に入り、自分が着ているタキシードを見下ろしながら言う。
「黒い色で目立ちにくいとは言え…練習で何回もこれをやってれば汚れが目立ってきませんか?」
「そうねえ…せっかくの衣装が本番に汚れていたらいけないし、練習では投げ出すところで終わりにしておきましょうか」
そう言うと峰先生は、部屋の隅で休んでいた関口さんに声をかける。
「舞ちゃん!次の練習では最後に宗二くんを投げ出さずに終わるから、そのつもりでいて」
関口さんは座りながらも、手でオーケーのサインを出す。
そして二分程経つと休憩が終わり、俺も関口さんも立ち上がる。
「じゃあ二人とも、さっき私が言ったことを意識してのもう一本、行けるわね?」
「「はいっ!」」
「二人ともお疲れ様。全体通して良い出来になってきたわね…」
俺はその場に座り込む。一日中ギクシャクした動きをしたからか、体が自由に動かせることに違和感を感じてしまう。
「後は舞ちゃんのソロパートの練習だし、宗二くんはここまでね」
「はい…今日は、ありがとうございました」
俺は立ち上がり、更衣室に向かおうとする。
「…あっ!宗二くん、着替えた後でいいからここに戻ってきてもらえる?」
「…?わかりました」
俺は峰先生が一体何の用で戻らせるのかはわからなかったが、とりあえず着替えに向かう。
「戻りました〜」
俺はタキシードをを脱ぎ、普段着に着替えてレッスンルームに戻ってきた。
「来たわね宗二くん」
峰先生はそう言うと、部屋の隅に置いてあったいつかのマジックペンを入れていたバッグから、何かを取り出した。
「じゃあ舞ちゃん、これ」
峰先生は、取り出した長四角い箱を関口さんへ手渡した。
「…?これは…?」
「開けてみて」
関口さんは言われるまま、箱を床に置き中身を取り出そうとする。
「…!」
出てきたのは、赤いレースにキラキラ光る金属が装飾された布だった。
関口さんがそれを箱から取り出して手で広げると布の端から紐のようなものが伸びており、その布が顔を隠すための布だとわかった。
占い師や、それこそ踊り子が着けていそうなものだった。
「これって…フェイスベールですよね」
関口さんの言葉に峰先生は頷く。
「普通のフェイスベールだと透けて見えちゃうけど、これはそこらのものよりもレースが濃くなってるのよ」
「それって…関口さんのためのオーダーメイドってことですか…?」
俺が横から入れた言葉に峰先生は横に首を振る。
「本当は私もそうしたかったんだけどね…。流石にドレスと合う赤色にしたかったから、間に合わなかったのよ。それでも…これは東京から取り寄せたものだけど」
「東京…!」
俺が驚いている間ずっと、関口さんはフェイスベールを嬉しそうに見つめていた。
「綺麗…しかも、これっ…!ありがとうございます!」
喜ぶ関口さんを、峰先生は笑顔でウンウンと頷きながら見つめていた。
「そろそろ宗二くんも帰らなきゃいけない時間だし…着けた姿をお披露目してあげられる?」
「はいっ!」
元気に返事をした彼女は廊下に出ていく。
部屋に峰先生と二人きりになり、フェイスベールについて気になったことを質問することにした。
「あの…あれって激しく踊る上で外れたり、捲れたりってしないんでしょうか…?」
俺の心配を、峰先生は笑い飛ばした。
「フフフッ…大丈夫大丈夫、もしもの時の保険はあるもの」
「…?」
そう話しているとレッスンルームの扉が開かれ、赤いフェイスベールを着けた関口さんが入ってきた。
「あの…どうでしょうか…?」
「うんっ…良いわね、現代的な白マスクを着けてた時よりも衣装全体に纏まりができていてグッと良くなってる」
峰先生が感想を述べた後、二人の視線が俺に集まったのを感じた。
「ほらっ宗二くんも、舞ちゃんの格好をどう思う?」
「えっ…!?」
感想を述べずにいる俺を、関口さんは真正面から見つめている。
一月前に劇場で衣装を決めた時のことを思い出す。
あの時とは違い今回は『意見』ではなく『感想』なので、思ったことを口にすることにした。
「なんていうかその、凄く…似合ってるよ…!」
言い終わったあと、横にいた峰先生先生は俺の言葉に「それだけ〜?」とでも言いたげな表情をして見ていた。
これじゃ悪いのかと思い視線を横から正面にいる関口さんに移すと、俺の目を見つめていた視線が少しだけズレたような気がした。
「…ありがと」
そして少しだけ、笑ってくれた気がした。
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