第23話 練習
月曜日。放課後に図書室で時間を潰した俺は、峰先生の教室に向かっていた。
しばらく歩いていると、前の方向に見慣れた後ろ姿が見えてきた。
「こんにちは、関口さん」
俺は歩いていた彼女に話しかけた。
「こんにちは斑目くん、時間通りだね」
「うん、それじゃあ一緒に行こうか」
「そうだね」
そうして俺達は峰先生の家へ歩き出した。
「でもどうしたんだろうね、『夜の七時に二人で教室に来てほしい』なんて」
「さぁ…斑目くん昨日レッスン受けたんでしょ?なにか変なことあった?」
「変な…のはあったけど、アレかなぁ…」
「…?何があったの?」
「…まぁ、どの道教室に着けばわかることだから…」
「変なの…」
俺達は峰先生の教室の前まで来た。
「『教室に来てほしい』ってことはこっちなんだよね…?」
そう言って俺達は黒い壁のバレエスタジオの方へ歩いて行った。
ガラス戸を開け、レッスンルームに向かう。
部屋の中には、峰先生が教室の床に直接座り込んでいた。
異様な光景だが、関口さんは恐る恐る声をかけた。
「…峰先生?」
反応した峰先生は、こちらにゆっくりと顔を向けた。
「よく来てくれたわ…舞ちゃん、そして宗二くん…」
顔を上げた峰先生は、ひどく疲れた様子だった。
いつの間にか俺の呼び名が「斑目くん」から「宗二くん」になっていることに疑問を感じつつも、疲れの理由を聞くことにした。
「ひどく疲れてるようですが…どうしたんですか?昨日の関口さんみたく熱を出したとか…?」
俺の質問に峰先生は疲れた顔で「違う違う」と笑って返した。
「宗二くんが帰ったあの後、構成をどういうものにしようか考えてたら眠れなくてね…。徹夜で練っていたんだけど、満足いくものができたのは受け持ってる生徒さん達のレッスンがある一時間前になってて、今はほぼ寝れてない状態なの…」
話を聞いた関口さんが心配そうに声をかけた。
「体調が悪いなら日を改めた方が…」
「いいや、今日聞いてもらうわ。自信のあるものが出来たんだもの…」
そう言うと峰先生はおぼつかない様子で立ち上がった。
「さて…舞ちゃんはテーマとかは聞いてないだろうから最初から話すと、今回は『操り人形』がテーマよ」
「操り人形?」
関口さんは思わず聞き返した。
「そう。斑目くんが糸で吊られたように演技をして、舞ちゃんと社交ダンスのようなものをするの」
「演技…俺がそんな、演技をしながら上手く踊れるか…」
「違うわ斑目くん。飽くまでも貴方達がするのは社交ダンスでは無く、社交ダンスのようなものよ」
「「…?」」
俺も関口さんも、二人揃って首を傾げた。
「これからの貴方に大事なのは社交ダンスの上手さなんかじゃないの。私が求めるのは、吊られた演技の方ね」
「演技?」
「踊りが下手でも良い、歪で良い、むしろその方があやつり人形としてよりリアルに映るわ」
「僕に…出来ますかね…」
「実際に糸で吊る訳じゃないから、そこは要練習ではあるわね。だけど、片方素人の貴方達二人がバレエの真似事をする舞台より、完成度は高くより面白い舞台になるわ。そもそも、観客は高校生だからね。完成度の高いバレエや社交ダンスを見せたところで、努力に見合った反応は返ってこないわよ」
「それは…まぁ確かに…」
「だからこそ、短いけどストーリー性のある舞台にするのよ」
自信に満ちた声で話す峰先生に、俺は質問をする。
「それで…構成というのはどんなものに?」
「基本は二人の社交ダンス…全体として単調にならないよう、合間合間に舞ちゃんのソロパートを挟むわ。その間の宗二くんは、舞ちゃんから離れた時の体勢をキープするの」
「僕は体勢を変えずに動かないんですか?」
「見せ方一つで変わるものよ?舞ちゃんが触れている間だけ動けるように見せれば、観客もそう不自然な演出には思わないだろうしね」
「てことは…今から練習ですか?」
「えぇ…全体像を貴方達にも共有しておきたいもの。それに…今後は水曜と日曜は二人とも来てもらうし、七時以降に余裕があるなら」
「まずは社交ダンスから…だけど宗二くんには先に演技の方を練習しなきゃだし、まずは私と踊りましょうか」
「はい、よろしくお願いします!」
「舞ちゃんはそこで見てて、パートナーがどういう風に動くのかを把握するのは大事だからね」
「はい、わかりました!」
そうして俺は峰先生の手を取る。
「それじゃ、最初だしゆっくりとね」
「ハァッ…!ハァッ…!ハァッ…!」
「違うわ宗二くん!繋がれた糸をもっと意識して!」
「はい…!」
「上半身だけじゃ駄目!手首、肘、膝、足首の合計八つの部分にある糸を想像するのよ!」
「はっ…はい…!」
「ヨタヨタ歩きになってる!貴方の人形遣いはまだやる気満々のはずでしょ!」
「ハァッ…はぃ…」
駄目だ。本当にゆっくりだったのは最初だけで、あとは振り回されるばかりだ。
俺は峰先生の手を取っていたはずなのに、何なら手首を掴まれている。加速する上半身に足がついていけてない。
「まぁ、初日はこんなものね」
「はぁ…やっと…終わった」
練習が終わりその場に座り込むことしか出来ない俺に対して、峰先生は汗こそかいているが一切休む様子を見せない。
本当に寝不足だったのかこの人は。
「今後は水曜と日曜は必ず来て。練習が必要だと思った時はその都度、私から連絡するわ」
「れっ…連絡…?」
「あぁ、この三人でのグループラインを舞ちゃんに作ってもらったからそこで連絡するわね。招待メッセージ来てると思うからオーケーしておいて」
「わっ…わかりました…」
「まだ二人での社交ダンスの練習は難しいだろうし、時間はずらしておくわね。今日はお疲れ様」
「お疲れ様でしたっ…」
とは言ったものの、疲れ切った俺はまだしばらくは床で休んでおくことにした。
「さぁ舞ちゃん、今日は社交ダンスの基礎からビシバシ教えるからね」
「はっ…はいぃ!」
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