ショッカー
ロッドユール
第1話 氷河期世代
「・・・」
世界は不平等で残酷だ。
そうじゃない。そうじゃない。
どこかに正義はあって、それが、いつか、悪を倒し、弱者を救う。
博史(ひろふみ)は、それを心の奥底で今も信じていた・・。
「ライダーパーンチ」
群がるショッカーが、次々と倒されていく。今日も仮面ライダーは強かった。
「ライダーキ~ック」
そして、いつものように、ライダーの必殺技が繰り出され、最後の最後には怪人が倒される。
「カッケぇ~」
「カッコぇ~」
そこで子どもたちの興奮は最高潮に達する。
「マジカッコいいな」
「ああ」
「俺は絶対に仮面ライダーになるんだ」
「俺も」
近所の子どもたちとテレビにかじりつく博史は、友だちたちと一緒に叫ぶように声を上げる。そして、そのことを固く誓った。
子どもの頃の夢は普通にみんなと同じ、正義のヒーローだった。仮面ライダーは、そんな子どもたちの絶対的なヒーローだった。
「い痛痛痛っ」
また、しくしくと腰が痛んだ。最近は、立っている時だけでなく、座っていても痛みが出るようになっていた。
「また怪人が出たらしいぜ」
「えっ」
警備員の帽子をとり、席に着いたとたん、同僚の山崎にふいに声をかけられ、博史は向かいのテーブルに座っていたその日に焼けた同僚の顔を見る。
「でも、仮面ライダーが倒してくれたんでしょ」
「ああ、まあな。いつものパターンだよ」
それは何十年も前から毎週のように繰り返される、もはや儀式のような戦いだった。
「今回は何怪人だったんですか」
「さあ、何だったかな」
山崎は首をかしげる。体は元気でも、やはり、七十を超えるとさすがに頭の衰えは隠せない。山崎は今年七十五だった。
「ああ、そうだ。確かカニだったかな」
「カニですか」
「ああ、確かそうだ。カニだよ。もっと強そうなのと合成すりゃいいのにな。サメとかワニとかさ。いくらでもあるだろうに。何でカニなんだよな」
「そうですね」
博史もそこには同意した。毎回毎回、悪の組織は新しい怪人をぶつけてはやられている。それはまるでわざとやっているのかと疑わしくなるほどに、毎回同じことの繰り返しだった。
「まあ、強いて言えば、ハサミぐらいなもんだよな、主な武器。ていうか、お前またおにぎりだけかよ」
山崎が、博史がバックから机の上に出した二つのおにぎりを見て笑いながら言う。
「いや、これからカップラーメン買って来ますよ」
山崎に笑われ、とっさに博史は答える。
「ああ、そうか」
その答えに山崎はすぐに納得した。
博史はまた痛む腰を癒す間もなく、施設内にあるコンビニへと腰を上げた。正直、カップラーメン代も浮かせたかった。貧乏人の味方であるカップラーメンでさえも、最近では安い食べ物ではなくなっている。二十年以上前、博史がまだ十代だった頃は、カップラーメンは一個百円ほどだった。消費税も三パーセントだった。それが今では、消費税を入れると、二百円近くする。当時の倍だ。コンビニのおにぎりもそうだった。昔は百円で大概のものが買えた。カップラーメンと合わせても二、三百円も出せばお昼など賄えた。それが今ではそんな貧しいお昼でも五百円は平気で超えてくる。
しかし、物価は上がっても賃金はほとんど上がっていなかった。博史の今している警備員のバイト、時給に換算して約千円。それは二十年前とほとんど変わっていなかった。
「そういえばラーメン食ってないな」
博史が呟く。外食でラーメンなど、以前なら気軽にできた事だった。でも、今はそれすらが贅沢なことになっていた。
博史が、派遣されている総合福祉施設内にあるコンビニで買って来たカップラーメンをすすり、自分で握ったおにぎりをかじる。博史は母と同居していたが、母に負担をかけたくなくてお昼のおにぎりは前の晩、自分で握っていた。その向かいでは、栄養管理士をやっているという息子の嫁がいつも作ってくれるという色とりどりのおかずの入った手作りのお弁当を開き、山崎が食べている。元警察官の山崎は、公務員年金で月二十万円ほどの収入があり、家も持ち家。さらに息子夫婦と同居。お金にはまったく困っていなかった。
「家にいると、なんか虚しくてな」
以前博史に山崎がぼそりと言った。働く理由はお金ではなかった。
山崎は悪い人ではなかった。人懐っこく、少し猥談が過ぎるところがあったが、おもしろく気さくな性格でとてもいい人だった。だが、山崎の話を聞く度、博史は、自分との生活の落差に愕然とした。
三十八。もうすぐ四十歳。博史はアラフォーという年齢だった。ロストジェネレーション。就職氷河期世代。そんな世代だった。バブル崩壊後、就職先がなく、非正規やフリーターにならざる負えなかった世代。
山崎のような、博史の親の世代のように、博史の世代は高度経済成長もなく、経済バブルもなく、国民総中流の社会でもなかった。人手が足りないからと、誰でもかんたんに正社員や公務員になれる時代でもなかった。経済は右肩上がりでもないし、労働組合も勢いがあるわけでもなかった。
百社二百社と就職活動しても、アルバイトすら雇ってもらえない世代。そして、やっと見つけた仕事のブラック労働で心や体を病む人間も多い世代。
そして、博史はそのロスジェネという存在にすらもなれない人間だった。学校でも職場でも精神疾患が元で人間関係に躓き、決して勉強ができないわけでも、仕事が出来ないわけでもなかったが、学校でも職場でも人とうまくやっていけず、高校も不登校で卒業できなかったし、職も転々とせざる負えなかった。学校を卒業して就職活動というそんな当たり前の流れにすらも博史は乗ることができなかった。博史は失う何かの立場にすらにも辿り着けなかった。そんな人間だった。
「おお、カップラーメンもうまそうだな」
山崎が博史の買って来たカップラーメンを覗き込み呑気に言う。
「・・・」
このカップラーメンの意味を山崎は絶対に分からないだろうなと思いながら博史はそれをすすった。
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