第7話
女をソファーに座らせて心音などを調べた。特に異常はない。おそらく風邪だろう。
俺が『今週』と言ったから、今日までに来ないとダメだと思ったのだろうか。こんなことなら連絡先も教えといてやればよかった。
「あんた、家はどこだ」
俺のジャンパーを羽織らせながら尋ねたけど、女はぐったりして答えない。
ここに泊めたりなんかしたら、さすがにヤバいよな。
「悪いけど鞄見るぞ」
そう断って、中から財布を取り出した。
保険証発見。
『相川莉音』
これがこの女の名前らしい。裏返すと、綺麗な字できちんと住所が書いてあった。ここから五キロほど離れた場所だ。
「そういや、飲んじまったな、俺」
車で送るわけにはいかない。
そもそも、こいつはどうやってここまで来たのだろう。財布の中を探したけど、運転免許証は見つからなかった。
「おい、家に誰かいるか?」
女の肩を揺すって問いかけると、
「母と妹が……」
と、ふにゃふにゃの口調で返ってきた。
安心した。一人暮らしだったら、放っておけなくてズルズルと手を出してしまいかねないところだった。
さっき女の鞄から財布を取り出した時に、『高等学校卒業程度認定試験』と書かれた紙が入っているのが見えた。通称、高卒認定試験。俺とは住む世界が違う人間なのだ。俺なんかが汚していい女じゃない。
女が住むアパートの前までタクシーで行って、女を抱き上げて三階まで上がった。
出てきた母親らしき人は、俺が勤務先の病院とともに名乗ると、なぜか俺のことを睨みつけて、娘を引き取るや否や、礼も言わずにドアを閉めた。
待たせていたタクシーで家に帰る途中、とても大きな魚を逃したような喪失感が、頭から全然消えてくれなかった。
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