第26話 葵の過去③
「しかし、中2の2月に起こってしまったのですよ。正真正銘の事件が。」
「私は、それまでは特に親以外の人間は善良だと思っていました。それに私は環境だけ見ればかなり恵まれている方だと自覚もしています。家には、ハウスキーパーがいて、一通りの家事や教養、勉学に至るまでのすべてを教育してくださいましたし、マンションは何不自由ない生活ができる、1人暮らしには勿体ないレベルの広さがありました。しかし、中2の2月、私は聞いてしまったのです。仲の良かった、いえ、正確に言えば仲が良いと思い込んでいた相手から、お前なんか友達だと思っているわけないだろ、と。」
酷い話だ。いや、酷いどころの話ではない。
俺がその場にいたら、ビンタしてるな。
「それ以外にも容姿や性格などボロクソに言われて、塞ぎ込んだわけです。その頃には、ハウスキーパーも来なくなっていましたので、1人で乗り切るしかありませんでした。でも、まだ幼い私には酷な話です。そのため、こっちに引っ越してきたのですよ。
さすがにきついよな。それは。
「親は何か対応してくれなかったのか?」
「今日の反応を見て、してもらえると思うのですか?」
うっ。確かに。してくれるような気配は少なくとも母親からは感じなかった。しかし…。
「父親は?」
「私の父は、絶対に私に興味ありませんよ。仕事人間ですから。」
「……そうか。」
厳しいって…。
「そんな泣きそうなのを我慢したような面してるくらいなら泣けよ。見ないふりしてやるから。」
「へ?」
戸惑う声をスルーして頭にブランケットをかける。すると
「……肩をお借りしてもいいですか?」
「へ?」
こっちが戸惑う番である。
何も答えなかったことを肯定と看做したらしい。
俺の肩に頭を預けてきた。ほんのり甘いようで爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
意識しないようにしなきゃ。折角俺を頼ってくれたんだ。
正直抱きしめたい。しかし、俺たちは恋人ではないので、するべきではないだろう。とか考えていると、葵の方から手が回された。
「へ?」
再び混乱する。だって推しから今抱きしめられてんだよ!?平静を保てるか!
堰を切ったように葵は泣き出した。決して大きくはないが、確かに聞こえる嗚咽の声。これは、正真正銘、彼女から出ている声だ。できることなら、泣かせたくはないが、この顔で帰っても1人で泣くだけだろう。それくらいなら、寄り添ってあげたかった。
どのくらい時間が経ったのだろう。時計を見ると一刻ほど経過していた。
そろそろ夕食の時間なのだが、どうするかな…。
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