ドナドナされるキャリー

「あっ、あの……どうやって、と聞かれても……僕にはなにもいい案なんて浮かびません。『一番いいのは、エジャートン公爵夫妻とエレノア様が一度に亡くなってしまうことよねぇ』と言ってきたのはキャリーです。僕はうなずいただけです」


「笑いながら同意していたと思いますけど?」

 エレノアがにっこり笑う。


「違うよ。キャリーがあんまりしつこく言ってくるから、適当に『そうだね』と相槌あいづちをうっていただけさ。だって、事故死を装うなんて僕にできるはずがないだろう? それに、そんなことをしたらすぐにバレてしまうよ」


「まぁ、そうだろうね。デラノ君とキャリー嬢――平民だからキャリーさんと言い直そうか――の頭は残念だものな。キャリーの成績はもともと最下位だし、デラノ君の成績も急激に落ち込んでいた。犯罪にも知能が必要だから、それを実行に移す力はないだろうね」

 ベッカムはわざとニヤニヤしながら、小馬鹿にするような口調で言い放った。


 それにまんまと反応したのは、やはり自爆的な性格のキャリーだった。

「最下位なんかじゃないわよ。私の下に、まだふたりぐらいはいたもの。私は頭がいいのよ。知能犯って言ったら、まさに私のことなんだからっ! あのクロネリー男爵夫人が寝込んでいるのだって、この私が毎日毒を飲ませ……あっ……」

 キャリーは話の途中で、ふと自分の口から出た言葉に気づいたのか、しまったという表情を浮かべ、青ざめた。その瞳に瞬間的に焦りが走る。


「なんだと……妻に毒を盛っていたのか? お前を引き取った当初から、妻はずっと優しく接していたはずだ。マリーと同じように可愛がると言っていたし、実際にそうしていただろう?」


「そんなことないわ!」キャリーは声を荒げた。

「わざと地味なドレスを押しつけてきたし、頼んでもいないのに礼儀作法を教えられて、間違い探しみたいに注意ばかりされたわ。料理だって、私の嫌いなものばかり出してきたのよ!」


「まったく、性格が歪んでいるとはこのことですね。奥様はとても優しい方ですよ。使用人の私たちにまで細やかな気配りをしてくださって、意地悪など一度もありません」

 年配の侍女はクロネリー男爵家の侍女頭であり、確信に満ちた表情で言い切った。その眼差しには、長年仕えてきた者だけが持つ揺るぎない自信が宿っていた。


 実際のところ、クロネリー男爵夫人はキャリーを虐めていたわけではなかった。だが、キャリーはそうは思っていない。キャリーは頭の中でクロネリー男爵夫人にされた数々の意地悪を思い出していた――。

 

「これを見て、キャリー。あなたにぴったりのドレスよ!」

 クロネリー男爵夫人が明るく声をかける。手に持つのは淡いクリーム色のドレス。しかし、キャリーの目にはその色合いが地味に映った。

 

 キャリーの心の中で不満が渦巻く。

 「私の好みなんて全然考えていないのね。あの人は私が目立たないようにして、自分の娘、マリーの方が華やかに見えるようにするつもりなんだわ」


 クロネリー男爵夫人はキャリーに優しい笑顔を向け、ドレスの特徴を説明した。

「この色はあなたに似合うと思って選んだの。デザインもシンプルだし、とても上品だわ。試着してみて? 綺麗な桃色の髪がいっそう映えると思うのよ」


 キャリーはその言葉に反発し、心の中で叫ぶ。

「私の好みを無視して、わざと嫌がらせをしているんだ」


 

 クロネリー男爵夫人から礼儀作法を教えてもらった場面では――

「さあ、今日は礼儀作法の復習をしましょう。まずは、正しい座り方からよ」

 クロネリー男爵夫人はキャリーに向かって優しい声で言う。

 

 キャリーは深いため息をついた。


「座り方なんてどうでもいいじゃない。あの人は私がバカだって言いたいだけよ。マリーはいつも褒めるくせに、私にはミスを探して注意ばかりしてくる。私をわざと傷つけたいんだ」


 クロネリー男爵夫人はキャリーの前に立ち、手を添えながら正しい姿勢を教えようとする。

「こうやって背筋を伸ばして、足は揃えて……」


「はい、わかりました」とキャリーは心の中で反発を覚えながらも答える。しかし、実際のところ彼女の身体は、クロネリー男爵夫人の指導どおりにはなっていない。


「キャリー、全然違うわ。背筋をもっと伸ばして……」

 クロネリー男爵夫人は温かい声で指摘するが、キャリーにはその言葉が耳に冷たく響く。

「しつこいわよ。いい加減にしてよ」と内心で悲鳴を上げた。


「マリーも最初はたくさん間違えていたけれど、少しずつ学んでいったのよ。あなたもきっとできるようになるわ」

 クロネリー男爵夫人は励ますが、その言葉はキャリーの耳には届かず、ますます彼女の心を傷つける。

「なんで私がマリーと同じようにできなきゃいけないの?  私の個性を潰そうとしている!」

 心の中で叫び、継母の言葉を受け入れられないキャリーだった。


 一緒に食事を楽しむ場面では――

 キャリーは皿を見つめ、目を細めた。

「またこの料理……」心の中で愚痴る。

「私が好きなものは出さないんだ。マリーの好物ばかり並んでいるわ」


 クロネリー男爵夫人は家族全員の健康を考えながら、栄養バランスの取れた食事を準備させただけだ。野菜スープに魚のムニエル、そしてハーブを使ったサラダが美しく盛り付けられている。しかし、キャリーは野菜と魚は苦手で、心の中で募る不満を抱えていた。


「私にはいつも我慢させて、私に嫌がらせをしてるんだ」

キャリーは皿の中の色彩を見て、ますます心が曇った。自分の好みが考慮されていないことに、嫉妬と怒りが渦巻いた。


「キャリー、このお魚はとても美味しいわよ。食べてみて」

 クロネリー男爵夫人が微笑みながら言う。キャリーはその言葉を耳にして、心の中で反発する。

「マリーの好きなものばかり並べているわ。あの人は、私のことをどうでもいい存在だと思っているんだ」


 だが、実際には魚料理が毎回出されるわけではなく、バランスを考えて肉料理もきちんと用意されていた。野菜を多く出すのも、あくまで健康を気遣ってのことであり、キャリーに対する嫌がらせなどは一切なかった。マリーも魚と野菜は好きだったが、肉料理の中には苦手なものも含まれていた。しかし、レディとしてのマナーを守り、出された料理に文句をつけず、黙って食べていたに過ぎない。

 マリーがどの料理も喜んで食べていたため、キャリーは「マリーの好物ばかり並んでいる」と誤解しただけだった。


「キャリー。お前はとんでもない罪を犯した。強制労働の場で奴隷として働け」

 国王の厳しい声が、キャリーの回想を無情に断ち切った。その瞬間、彼女ははっと我に返り、冷たい現実が容赦なく押し寄せた。身体が硬直し、胸の中に恐怖が広がっていく。


「え? 嫌です。だって、クロネリー男爵夫人は亡くなっていません。私は少し具合が悪くなって寝込む程度に加減していました。弱い毒なので、服用をやめればすぐに回復します」


「まったく反省していないな。労働期間を10年と言い渡そうと思っていたが、20年に延長する。その後は修道院へ行き、生涯、神に許しを請い続けるがよい」


「どうしてそんなことに!?  修道院だなんて、馬鹿げてるわ。そんな場所で一生を終えるなんて……あまりにも酷すぎる!」


「ふむ。ならば、一生、強制労働の場で身を粉にして働くがよい」


「ち、違います。 国王陛下、そういう意味では……」


「余はここに裁決を下す。キャリーは生涯、強制労働の場を住処とし、そこで勤勉に働くこととする」


「嘘……嘘よ、こんなこと、あり得ない。 私はエジャートン公爵夫人になるはずだったのに……デラノ様、お願い、助けて! あなた、エレノア様より私を選ぶって言ったじゃない?」


 デラノに必死に縋りついたキャリーは、彼から乱暴に振り払われた。その瞬間、キャリーの心に冷たい絶望が広がる。泣き叫びながら抵抗するも、王家の騎士たちが彼女を取り囲み、力強く捕らえた。まるで無力な子牛のように、彼女は強制労働の場へと引きずられていったのだった。


 いっぽう、デラノは……



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