婚約破棄しましょう-3

「そ、そんなはずはありません。だって、母さんは私の父親はクロネリー男爵だと、はっきり私に言いました。亡くなった母さんを侮辱するなんて、酷いです!」


「確かに、私はマリーの母親と結婚する前に、メイドのルイーズと恋仲だった。綺麗な優しい女性だったよ。しかし、突然私の前から姿を消した。その同じ時期に辞めたドナというメイドもいたのだが、それがキャリーの母親だ」

 青ざめていくキャリーを見つめながら、クロネリー男爵は話し続ける。

「ふたりは友人同士で一緒に暮らしていたらしい。やがて、ルイーズは難産の末に子供と共に命を落とした。程なくして、同じく妊娠していたドナが、父親不明の娘を出産した。それが君、キャリーだ」

 

「違う! 母さんの名前はルイーズよ。ドナの話なら、母さんから何度も聞いたことがあるわ。難産で亡くなった親友だって言っていたもの。身寄りがなかったから、母さんがドナのために墓まで建ててあげたのよ」

 

「あぁ、私の父がルイーズに身を引かせるために渡した金で建てたのだろうな。そしてドナは、その金を自分のものにするため、ルイーズになりすましていたのさ」

 

「それは無理よ。別人のふりなんて、できるわけがないわ。私の母さんは確かにルイーズよ。クロネリー男爵と愛し合っていたって、何度もその思い出話を聞かされたわ。お父様にも話したでしょう? ふたりしか知らない思い出の場所とか……」

 

 ルイーズとドナは、何でも話し合えるほど親しい間柄だった。背格好も似通っていて、雰囲気までそっくりだったため、クロネリー男爵家の使用人たちでさえ、よくふたりを間違えることがあったのだ。平民であり、天涯孤独の身であったふたりにとって、一方が亡くなった際にもう一方が入れ替わることは、決して難しいことではなかった。


「ルイーズが妊娠していたことや、父がお金を渡して彼女に身を引かせていたことを、私は知らなかったんだ。その罪悪感があったせいで、キャリーが名乗ってきたときに、深く調べもしなかった。ルイーズとの思い出の場所や、ふたりで考えた合い言葉、他愛のない会話までも、キャリーが正確に話してくれたからね。だから、君がルイーズの娘だと信じ込んでしまったんだ」


「じゃぁ、私のお父様は誰なの? 母さんは誰の子供を生んだの?」

「さぁ、それは私にはわからない。ただ、ドナはクロネリー男爵家の馬丁と仲が良かったそうだ。その馬丁にはすでに妻子がいたがね」

「馬丁? 嘘だわ。平民なの? しかも馬丁……底辺の人間だわ……信じない、私は信じない」


 エレノアはキャリーの言葉にムッとした。

「キャリー様。馬丁だって立派な仕事ですわ。馬の世話や馬車の管理をしてくれる、なくてはならない存在です」

「そんなのわかっているわよ。でも、自分の父親にはしたくないわ。エレノア様だって、父親が馬丁なんて言われたらどんな気持ちよ?」


 今まで事の成り行きを見守っていた貴族たちが一斉にキャリーの発言を非難した。

「平民が公爵令嬢になんてことを言うんだ。これは不敬の極みでは?」

「エジャートン公爵を馬丁と比較するなんて……あり得ないですわ」


「静粛に! つまりは、デラノはキャリーと恋仲で、エジャートン公爵令嬢を裏切っていた。加えて、キャリーはクロネリー男爵の娘ではない。こういうことでよいか?」

「はい、国王陛下。ですから、私はデラノ様に婚約破棄を宣言しました。改めまして、デラノ様。私エレノア・エジャートンは、今この場で婚約破棄を言い渡します!」


 今まで混乱していたデラノは、頭の中で必死に考えていた。平民の嘘つきキャリーと一緒に断罪されてはたまらない、と。


「僕はこの嘘つき女に騙されていたんだ。キャリーが僕を誘惑したんだよ。エレノア様を裏切る気はなかった。でも、たまに会っていただけで、手を繋ぐとか腕をくむぐらいしかしていない。これからは絶対しないと誓うよ」


「デラノはありませんわ。もう、充分あなたは私を幻滅させました。あのカフェの前で、あなたがキャリーとキスしていたところも、ちゃんと見ていました。それに、私よりもキャリーといる方がずっと落ち着く、と言っていたのも全部聞いていたのですよ」


 エレノアはデラノに、ふたりを尾行していたことを告げた。

「え? 尾行? なんで、そんなことをするんだよ。わざわざ、そんなことをしないで僕に聞けばいいだろう? 人をこそこそ尾行するなんて卑劣だよ」


「いや、逆ギレもここまでくると清々しいね」

 ベッカムが見かねて、国王に向かって口を開いた。

「国王陛下、このふたりはエジャートン公爵夫妻やエレノアが事故で亡くなれば、爵位も財産も全て自分たちのものになると話していました。デラノ君は、エレノアと結婚さえすれば、全てが手に入ると勘違いしていたようです」


「ぶはっ。 なんてことだ……あり得ん……なんたる勘違い。エレノアよ。そなたは被害者ではあるが、自業自得な部分もあるな。このような愚か者を婚約者にしたいと、エジャートン公爵に我が儘を言ったのだろう? これに懲りたら、次は自分に見合った相手を選ぶことだ」 

 次の瞬間、厳しい面持ちで国王は声を張り上げた。

「余は、エレノア・エジャートン公爵令嬢からデラノへの婚約破棄を承認する! ついては、エジャートン公爵家からデラノに渡された金品があるならば、相応の利息をつけて返却し、さらには慰謝料をエジャートン公爵家に支払うことを命ずる」


「嘘だ……利息もつけてお金を返す? 慰謝料? こんなことで? ただ、手を繋いでキスしただけなのに? 愛人を複数囲っている高位貴族の当主だっているのに」


「デラノよ。それができるのは、高位貴族に生まれた嫡男だけだ。ちなみに、私はそういった男は好かん。私は妻一筋なのでな」

 エジャートン公爵はデラノを睨みつけながら続けた。

「私と妻をどうやって事故死させるつもりだったか。その楽しい計画を聞こうじゃないか? エレノアも亡くなると好都合だと、そこの女狐と笑っていたそうだな? さぁ、国王陛下の前で洗いざらい話してもらおう」

 

 今や、断罪劇場の観衆となっている貴族たちも、興味深げにデラノの言葉を待っていた。絶体絶命の瞬間、デラノの背中に冷や汗がつたった。彼の心臓は速く鼓動し、逃げ道を探すようにあたりを見回すが、もはや逃げることはできなかった。

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