だったら、そちらと結婚したらいいでしょう？

怒鳴られたエレノア

「き、気になるわけがないでしょう？　あの二人は、決して怪しい関係ではないのよ。そう見えるかもしれないけれど、絶対に違うわ」

　エレノアは、ベッカムに余裕の笑みを浮かべようとするものの、涙が滲んで前がよく見えない。

「実は、偶然あの二人が一緒にいるところを見かけたんだ。騎士科の実習で街の治安を守るために先輩たちと巡回している最中にね。なんというか……非常に親密そうな様子だった」

「絶対に、人違いよ。デラノ様が私を裏切るわけがないもの。だって、私が彼をあんなふうに格好良くしてあげたのよ？　この私のおかげでしょう？　デラノ様には私が必要なの」

「まぁ、必要だろうな。平民のデラノにとって、エレノアは地位と富を与えてくれるからね。でも、最近のデラノは、あの男爵令嬢に構いすぎだと思う。尽くされてなお感謝する男もいれば、尽くされて図に乗る男もいる。デラノをよく観察した方がいいよ」

　「偉そうに！　なんでそんな意地悪を言うのよっ！　デラノ様はベッカムとは違って、私の言うことを素直に聞く頑張る人なの……」

　エレノアは自分の言葉に、一瞬疑問を抱く。

（私の言うことを、素直に聞いてくれたのはいつだったかしら？）

　思い返してみればそれはかなり前のことで、最近のエレノアはデラノから怒られたり言い返されたりしている。だが、ベッカムの前で泣き言は言いたくなかった。ベッカムは自分を振った男だ。だから、もう自分の人生には関係ない。

　「とにかく、放っておいてよ。ベッカムには関係ないもの」

　エレノアはベッカムから離れると、教室にはいりデラノとキャリーのもとに向かった。ふたりはニコニコとエレノアを迎え、彼らの表情に後ろ暗いところはない。

（ベッカムの嘘だわ。そうに決まっている）

　エレノアはそう決めつけながら、ふたりの会話に加わった。話題はランチの話だった。学園内のカフェテリアでローストビーフとクリームパスタ、肉団子のスープを注文しようと、ふたりは相談していたようだ。

「だめよ。今日も屋敷から料理を用意してきたのよ。デラノ様は中庭で私といつものお料理を食べましょうね」

「たまには別の物が食べたいんだ。今日ぐらい構わないよね？　エレノア様も一緒にカフェテリアで食べようよ。持ってきた料理なんて捨ててしまえばいい」

「そんなのダメよ。エジャートン公爵家のコックが心をこめて作ってくれたのよ」

「いい加減にしてくれよっ！　もう、エジャートン公爵家の味気ない料理は飽きたんだよ。ランチぐらいは好きな物を食べさせてくれよっ！」

　強い口調の大きな声に、エレノアの体は思わずビクリと震えた。その様子に気づいたデラノは、しまった、という表情を一瞬浮かべ、慌てて優しい声色に変えながら言い直す。

「僕の食生活を管理しすぎるエレノア様がいけないんだよ。まるで束縛されてる気分だ。僕はエレノア様のオモチャじゃないんだ」

「オモチャだなんて思ったことは一度もないわ。デラノ様は私の未来の夫、大切にしているつもりよ」

「だったら、今日から好きなものを食べてもいいよね？」

「せっかく屋敷から持ってきた食材があるのよ。もったいないわ。明日からにして、今日は我慢したらどうかしら？」

「しつこいなぁ……。公爵令嬢なんだから、もったいない、なんて言わなくてもいいだろ。たかが、油もバターも控えめの薄味の肉や野菜だけじゃないか。珍しいフルーツはあるけど、もううんざりだよ。あんな料理なんて誰も食べたがらないよ。無駄にしたって、エジャートン公爵家にはなんの影響もないさ。あれだけ金持ちなんだからさ」

　言い争いに辟易したデラノは、キャリーを誘い、さっさとカフェテリアへ向かってしまった。